36 / 85
第17話 新春への賜物
㊿今夜、子供のことを打ち明けよう
しおりを挟む
午後六時を回った頃に家の駐車場の扉が開いて、亮介の乗った軽トラがバックで入って来た。家の中へ直接通じる洋間のガラス戸を引き開けて良美が彼を迎えた。
「お帰り・・・遅かったのね」
「おう、今帰った。仕事が一日延びて棟梁も兄弟子も皆一緒に帰って来たところだ」
「そう、ご苦労さん」
「ああ、腹減った。直ぐ飯を食おうか」
「先にお風呂にしたら?」
「おお、もう風呂が沸いているのか。流石に俺の嫁さんだな、真っ先にお身拭いをさせてくれるって言うんだな」
ゆっくりと汗を流して心身の疲れを解した亮介は、久し振りに差し向いの食卓で良美と向き合った。
「今回は年末ということもあって、随分と長いこと留守にしたな。どうだ、変わったことは無かったか?」
「うん、別にこれと言って取り立てて言うことは無かったわ」
「そうか、それなら良いんだが・・・」
「どうしたの?何か気懸かりなことでもあったの?」
「別に何も無いよ。ひょっとして、淋しくて泣いていたんじゃないかと思って、な」
良美は声を立てて笑った。
「何言っているのよ、私ももう子供じゃないわ。宮大工の嫁さんになってもう三年よ。頑張っているあなたのしっかりした奥さんに成らなきゃあと毎日必死でやって居るわ」
「毎日必死、とは大袈裟だな、はっはっはっはっは」
二人は顔を見合わせて笑い合った。
亮介は仕事の話を始めた。ふん、ふん、と相槌を打ちながら、良美は胸の中のしこりがいつの間にか消え、何でもない日常の暮らしが戻って来たのを感じた。
やがて、亮介は十時過ぎに二階の寝室へ上がって行った。
「疲れたから先に上がるぞ」
「うん。私はお煮しめを仕上げてから上がるから、先に休んで居て」
煮上がった煮しめ物を大鉢や大皿に盛りつけた時にはもう十一時を少し回っていた。
良美は風呂を追い炊きにしてエプロンを外し、不要な個所の灯を消して浴室に入って行った。程良い湯温のバスタブに身を沈めてゆっくり温まると、一日の身体のしこりが緩やかに溶けて行った。
浴室から出た良美は脱衣所の鏡に自分の身体を映した。鏡は父親の勝次が妻良枝の為に特注して作らせた全身大の三面鏡だった。その鏡の中に綺麗な裸身が映っている。色白の餅肌、豊かな胸、括れた腰、丸いヒップ、艶やかな恥毛・・・
この私の、何処が不足なのよ・・・
良美は自分の身体に見惚れながら、胸の中で呟いた。昼間に聞いた嫌な噂話が胸に蟠っていた。良美は秘かに、自分はそんなに悪い器量の女ではないと思っている。亮介も男っぽくていなせな男だが、結婚した時は似合いのカップルだと言われた。鏡を覗いて居ると、その自信が戻って来るのを感じた。
浮気なんかしたら承知しないからね。変な真似はしない方が良いわよ、あなた・・・
良美は胸の中でまた呟いた。
良美は丸い乳房を両手で掬い上げて鏡に映してみた。身籠ると乳首の色が変わると聞いているが、その印が仄かに表れていた。
月のものが止まっていた。二ケ月になる。良美は近頃、食欲が落ち、食べ物の好みも変わったような気がしている。食べ物だけでなく、気持にも照り陰りが在り、後になってみると何でもないと思えるようなことに気を苛立てたり、くよくよ思い悩んだりすることがある。身籠ったのだと良美は確信していた。
亮介は子供を欲しがっているので、打ち明ければ喜ぶだろう。だが、良美は未だ亮介には話していなかった。もっとはっきりしてからだ、と思っていた。
良美は胸を捩ってもう一度、乳房を鏡に映して見た。
隠し女なんか居たら、子供なんて産んでやらないからね・・・
薄化粧を施して寝室に入って来た良美を見て亮介が相好を崩した。
「おお、奥さんが寝化粧をしてやって来たな。そうじゃないかと俺も眼を見開いて待っていたぜ」
「何言っているのよ、馬鹿ね」
そう言いながら良美は、亮介が捲ったダブルベッドの布団の中へ足を滑り込ませた。そして、今夜、子供のことを打ち明けよう、と思った。
「お帰り・・・遅かったのね」
「おう、今帰った。仕事が一日延びて棟梁も兄弟子も皆一緒に帰って来たところだ」
「そう、ご苦労さん」
「ああ、腹減った。直ぐ飯を食おうか」
「先にお風呂にしたら?」
「おお、もう風呂が沸いているのか。流石に俺の嫁さんだな、真っ先にお身拭いをさせてくれるって言うんだな」
ゆっくりと汗を流して心身の疲れを解した亮介は、久し振りに差し向いの食卓で良美と向き合った。
「今回は年末ということもあって、随分と長いこと留守にしたな。どうだ、変わったことは無かったか?」
「うん、別にこれと言って取り立てて言うことは無かったわ」
「そうか、それなら良いんだが・・・」
「どうしたの?何か気懸かりなことでもあったの?」
「別に何も無いよ。ひょっとして、淋しくて泣いていたんじゃないかと思って、な」
良美は声を立てて笑った。
「何言っているのよ、私ももう子供じゃないわ。宮大工の嫁さんになってもう三年よ。頑張っているあなたのしっかりした奥さんに成らなきゃあと毎日必死でやって居るわ」
「毎日必死、とは大袈裟だな、はっはっはっはっは」
二人は顔を見合わせて笑い合った。
亮介は仕事の話を始めた。ふん、ふん、と相槌を打ちながら、良美は胸の中のしこりがいつの間にか消え、何でもない日常の暮らしが戻って来たのを感じた。
やがて、亮介は十時過ぎに二階の寝室へ上がって行った。
「疲れたから先に上がるぞ」
「うん。私はお煮しめを仕上げてから上がるから、先に休んで居て」
煮上がった煮しめ物を大鉢や大皿に盛りつけた時にはもう十一時を少し回っていた。
良美は風呂を追い炊きにしてエプロンを外し、不要な個所の灯を消して浴室に入って行った。程良い湯温のバスタブに身を沈めてゆっくり温まると、一日の身体のしこりが緩やかに溶けて行った。
浴室から出た良美は脱衣所の鏡に自分の身体を映した。鏡は父親の勝次が妻良枝の為に特注して作らせた全身大の三面鏡だった。その鏡の中に綺麗な裸身が映っている。色白の餅肌、豊かな胸、括れた腰、丸いヒップ、艶やかな恥毛・・・
この私の、何処が不足なのよ・・・
良美は自分の身体に見惚れながら、胸の中で呟いた。昼間に聞いた嫌な噂話が胸に蟠っていた。良美は秘かに、自分はそんなに悪い器量の女ではないと思っている。亮介も男っぽくていなせな男だが、結婚した時は似合いのカップルだと言われた。鏡を覗いて居ると、その自信が戻って来るのを感じた。
浮気なんかしたら承知しないからね。変な真似はしない方が良いわよ、あなた・・・
良美は胸の中でまた呟いた。
良美は丸い乳房を両手で掬い上げて鏡に映してみた。身籠ると乳首の色が変わると聞いているが、その印が仄かに表れていた。
月のものが止まっていた。二ケ月になる。良美は近頃、食欲が落ち、食べ物の好みも変わったような気がしている。食べ物だけでなく、気持にも照り陰りが在り、後になってみると何でもないと思えるようなことに気を苛立てたり、くよくよ思い悩んだりすることがある。身籠ったのだと良美は確信していた。
亮介は子供を欲しがっているので、打ち明ければ喜ぶだろう。だが、良美は未だ亮介には話していなかった。もっとはっきりしてからだ、と思っていた。
良美は胸を捩ってもう一度、乳房を鏡に映して見た。
隠し女なんか居たら、子供なんて産んでやらないからね・・・
薄化粧を施して寝室に入って来た良美を見て亮介が相好を崩した。
「おお、奥さんが寝化粧をしてやって来たな。そうじゃないかと俺も眼を見開いて待っていたぜ」
「何言っているのよ、馬鹿ね」
そう言いながら良美は、亮介が捲ったダブルベッドの布団の中へ足を滑り込ませた。そして、今夜、子供のことを打ち明けよう、と思った。
1
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
【新作】読切超短編集 1分で読める!!!
Grisly
現代文学
⭐︎登録お願いします。
1分で読める!読切超短編小説
新作短編小説は全てこちらに投稿。
⭐︎登録忘れずに!コメントお待ちしております。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
大人への門
相良武有
現代文学
思春期から大人へと向かう青春の一時期、それは驟雨の如くに激しく、強く、そして、短い。
が、男であれ女であれ、人はその時期に大人への確たる何かを、成熟した人生を送るのに無くてはならないものを掴む為に、喪失をも含めて、獲ち得るのである。人は人生の新しい局面を切り拓いて行くチャレンジャブルな大人への階段を、時には激しく、時には沈静して、昇降する。それは、驟雨の如く、強烈で、然も短く、将に人生の時の瞬なのである。
季節の織り糸
春秋花壇
現代文学
季節の織り糸
季節の織り糸
さわさわ、風が草原を撫で
ぽつぽつ、雨が地を染める
ひらひら、木の葉が舞い落ちて
ざわざわ、森が秋を囁く
ぱちぱち、焚火が燃える音
とくとく、湯が温かさを誘う
さらさら、川が冬の息吹を運び
きらきら、星が夜空に瞬く
ふわふわ、春の息吹が包み込み
ぴちぴち、草の芽が顔を出す
ぽかぽか、陽が心を溶かし
ゆらゆら、花が夢を揺らす
はらはら、夏の夜の蝉の声
ちりちり、砂浜が光を浴び
さらさら、波が優しく寄せて
とんとん、足音が新たな一歩を刻む
季節の織り糸は、ささやかに、
そして確かに、わたしを包み込む
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる