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第12話 骨まで削った愛
㉞骨まで削った愛(3)
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年末が近づいて仕事が立て混み、正一は三日間病院へ行けなかった。四日目の夜に慌しく病室に入ると、奈津美が急に眼を潤ませて彼を迎えた。
「どうしたんだ?また何かあったのか?」
彼女は暫く、何も言わずに正一を見詰め続けた。やがて、その眼から涙が滴り落ちた。
「上手く行ったの!骨がくっ付いたのよ、今回は!」
「そうか、そうか、それは良かった!何よりも最高に良かったじゃないか、な」
「今日、ギブスを解いてレントゲンを撮ったの。脚は枯れ木のように痩せ細っていたけど、骨の方はしっかり付いていた」
医師は新しいギブスを巻き直しながら言ったのだった。
「このまま行けば大丈夫でしょう。あと一、二カ月経ったら、様子を見ながらリハビリを始めましょう。それまで、もう暫くの間は松葉杖をしっかり使って、無理をしないで、治療に専念しましょう、良いですね」
奈津美はまた涙顔になって俯いた。
暫くして顔を上げた奈津美が打ち明けるように話し出した。
「私ね、最初の手術が失敗した時、足を切断しなければいけないんじゃないか、って物凄く怖れたの。死ぬことまで考えた。不具になって、義足を填めて、車椅子に座って・・・一人じゃ満足に何も出来ない、何処へも行けない・・・正ちゃんにも満足に何もしてあげられない・・・そんな生活しか出来ないんだったら、一層のこと、死んだ方がましだ、ってそう思ったの」
「そんな、君・・・」
「でも、二回目の手術の時、正ちゃんは、俺の骨をやるよ、って言ってくれて、実際に私の脚に移植してくれた。それで、よし、もう一度手術を受けてみよう、って思い直したの」
「然し、それも上手く行かなかった・・・」
「あの時は真実にショックだった。もう駄目だ、と思って、自殺することを一番に考えたわ。脚を治すことよりも、どうやって死ぬかを一生懸命に考えた。でも、死ぬのが本当に怖くて、毎日オロオロするばかりで・・・そうしたら又、正ちゃんが、もう一度、骨を呉れた。わたし、その時に漸く思い至ったの。ああ、正ちゃんはこれ程までに私のことを深く愛してくれているんだって。自分の躰の骨まで削って私に呉れる、こんな優しくて信頼出来る正ちゃんを一人残して死ぬなんて出来ない、そんなことをしたら罰が当たる、不具になっても、義足になっても、車椅子の生活でも、ちゃんと正ちゃんと一緒に生き抜きたい、そう心に強く感じたの」
「・・・・・」
正一はただ黙って聴くだけで、何をどう言って良いのか、言葉が見つからなかった。
「正ちゃんの優しさと愛がわたしを救ってくれたの。私は正ちゃんに脚だけじゃなく心も一緒に救われたの。そう思ったら自分でも不思議なくらい躰に活気が戻って来て、それで今回の手術が成功したんだとわたしは、今、思っている」
「俺は別にそれほど大したことをした訳じゃないよ。俺は唯、君に元の元気を取り戻して欲しかっただけだよ」
「うう~ん。正ちゃんは私に真実の愛を呉れた。わたし、元気になったら、目一杯、正ちゃんを愛するからね。正ちゃん、本当に有難う!」
正一はもう何も言えず、立ち上がって奈津美のベッドの前に屈み込み、彼女の唇に己が唇を重ねた。奈津美が正一の首に両腕を廻して、それは長い、長い接吻となった。
正一の胸は半年ぶりに錘と閊えがとれて解き放たれていた。病院を後にした正一は、師走の月が煌々と照っている街路を、足取りも軽く、二人のマンションへと歩を進めた。
「どうしたんだ?また何かあったのか?」
彼女は暫く、何も言わずに正一を見詰め続けた。やがて、その眼から涙が滴り落ちた。
「上手く行ったの!骨がくっ付いたのよ、今回は!」
「そうか、そうか、それは良かった!何よりも最高に良かったじゃないか、な」
「今日、ギブスを解いてレントゲンを撮ったの。脚は枯れ木のように痩せ細っていたけど、骨の方はしっかり付いていた」
医師は新しいギブスを巻き直しながら言ったのだった。
「このまま行けば大丈夫でしょう。あと一、二カ月経ったら、様子を見ながらリハビリを始めましょう。それまで、もう暫くの間は松葉杖をしっかり使って、無理をしないで、治療に専念しましょう、良いですね」
奈津美はまた涙顔になって俯いた。
暫くして顔を上げた奈津美が打ち明けるように話し出した。
「私ね、最初の手術が失敗した時、足を切断しなければいけないんじゃないか、って物凄く怖れたの。死ぬことまで考えた。不具になって、義足を填めて、車椅子に座って・・・一人じゃ満足に何も出来ない、何処へも行けない・・・正ちゃんにも満足に何もしてあげられない・・・そんな生活しか出来ないんだったら、一層のこと、死んだ方がましだ、ってそう思ったの」
「そんな、君・・・」
「でも、二回目の手術の時、正ちゃんは、俺の骨をやるよ、って言ってくれて、実際に私の脚に移植してくれた。それで、よし、もう一度手術を受けてみよう、って思い直したの」
「然し、それも上手く行かなかった・・・」
「あの時は真実にショックだった。もう駄目だ、と思って、自殺することを一番に考えたわ。脚を治すことよりも、どうやって死ぬかを一生懸命に考えた。でも、死ぬのが本当に怖くて、毎日オロオロするばかりで・・・そうしたら又、正ちゃんが、もう一度、骨を呉れた。わたし、その時に漸く思い至ったの。ああ、正ちゃんはこれ程までに私のことを深く愛してくれているんだって。自分の躰の骨まで削って私に呉れる、こんな優しくて信頼出来る正ちゃんを一人残して死ぬなんて出来ない、そんなことをしたら罰が当たる、不具になっても、義足になっても、車椅子の生活でも、ちゃんと正ちゃんと一緒に生き抜きたい、そう心に強く感じたの」
「・・・・・」
正一はただ黙って聴くだけで、何をどう言って良いのか、言葉が見つからなかった。
「正ちゃんの優しさと愛がわたしを救ってくれたの。私は正ちゃんに脚だけじゃなく心も一緒に救われたの。そう思ったら自分でも不思議なくらい躰に活気が戻って来て、それで今回の手術が成功したんだとわたしは、今、思っている」
「俺は別にそれほど大したことをした訳じゃないよ。俺は唯、君に元の元気を取り戻して欲しかっただけだよ」
「うう~ん。正ちゃんは私に真実の愛を呉れた。わたし、元気になったら、目一杯、正ちゃんを愛するからね。正ちゃん、本当に有難う!」
正一はもう何も言えず、立ち上がって奈津美のベッドの前に屈み込み、彼女の唇に己が唇を重ねた。奈津美が正一の首に両腕を廻して、それは長い、長い接吻となった。
正一の胸は半年ぶりに錘と閊えがとれて解き放たれていた。病院を後にした正一は、師走の月が煌々と照っている街路を、足取りも軽く、二人のマンションへと歩を進めた。
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