時代小説の愉しみ

相良武有

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第二話 やさぐれ同心

③的はお艶だったのだ!殺ったのはお艶の情相手だった春良だ!

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 翌日、一人で殺しのあった場所へやって来た鬼頭は、死体の在った近くを探索し、直ぐ傍の茂みにしゃがみ込んだ。一昨日の夜に軽く見過ごした絵の切れ端が、未だ泥に塗れて散らばっていた。鬼頭はそれを一枚一枚丁寧に拾って懐紙に並べ始めた。その眼はこれまでに無く精気に満ちて耀き、舌なめずりも見られた。彼は異常なまでに熱中してその復元を試みた。そして、次第に形を成して女の顔らしきものが見えて来た。洗い髪を解き梳かしたような長い髪、黒目がちの大きな瞳、造りのはっきりした鼻と口、それは淫乱女のようでありながら菩薩のようでもあったが、また、不思議な稚拙さを持った絵でもあった。髪や顔の特徴は無論のこと、全体の感じが殺されたお由に良く似ていた。
 鬼頭は、う~ん、と唸って、暫し考え込んだ。鬼頭が考え込んだのは、絵とお由が似ていただけではなかった。その絵がお艶にも良く似ていたのである。
鬼頭は首を捻り乍ら、復元した絵の隅に書かれている文字を読んでみた。
「このう・・・裏切りよってこのう・・・」
鬼頭はハッと気づいて、眦を上げた。
的はお艶だったのだ!殺ったのはお艶の情相手だった春良だ!
 春良は二年ばかり前にご発禁の危な絵を売ってお縄になった半端な絵師だった。何度もお縄になって牢屋を出入りし、最後は鬼頭が碌に調べもせずに与力に上申してお仕置きにした三十歳前の男だった。考えてみれば軽い罪だった。二年もあれば既に解き放たれていてもおかしくは無い。お艶が俺と出来ていることを知って殺す気になったのか?彼奴はお艶に心底惚れていたのか!お由を殺ったのはお艶と間違えたのか?それともお艶をおびき寄せる誘いなのか?この殺しはお艶と俺に対する彼奴の精一杯の復讐なのか!
鬼頭の思いは確信に変わった。
 
 殺しの場所を後にした鬼頭はその足で、嘗て春良の師匠だった絵師の春慶を訪ねた。
春慶は丁度家に居て、何処かの風景を描いていた。未だ墨一筆の下絵だったが、田畑の向こうの山並みに霞がたなびいているのどかな風情が見て取れた。空に浮いているのは白い雲だろう。
「これは、これは、鬼頭の旦那、お珍しいことですな。今日は何の御用件でございますかな?」
まるで商人のような物腰だった。
「うん、お前さん、春良の行方を知らないかと思って、な」
「春良ですか、彼奴がまた何かしでかしたんですか?」
「いや別に大した事じゃねえんだが・・・」
「彼奴が初めてお縄になった時に破門して以来、もう三年程も顔を見ちゃ居りませんよ、旦那」
「そうか・・・春良が立ち寄りそうな仲間内を、お前さん、知らねぇか?」
「立ち寄るかどうかは解りませんが、危な絵を描きそうな連中は、何人かは居るでしょうよ」
 
 春慶から聞いた一人に龍鳳と言う大層な名の絵師が居た。
龍鳳は胸を大きくはだけて、裸の女の絵を描いている最中だった。豚のように太った女が横にごろんと転がってぷかぷかと煙管から煙を吹かせていた。周囲にはごたごたと抑制無く塗りたくった裸の女の絵が散らばっていた。
「こんなものは幾ら描いても銭には成らんわな」
鬼頭の差し出した絵を一瞥して、龍鳳はにべもなく言った。
「これを儂が描いたとでも言うのか?」
「いや、そうじゃ無ぇんだ。誰ぞ知っている者にこんなものを描く奴が居ねぇかと思って、な」
「儂には知り合いなど一人も居ねぇよ。大体がな、こんなものは其処らのド素人が描いたもんだ、絵描きの絵ではねえんだよ」
そう言い乍ら、何に気を惹かれたのか、龍鳳はもう一度絵を手に取って眼を眇めた。
「う~ん、然し、この絵には何かこう、女を崇めると言うか敬うと言うか、そういうものが滲み出ているようにも思えるな。これを描いた奴は、余程、この女に惚れているのかも知れねえよ」
鬼頭も龍鳳も春良のことは口にしなかったが、鬼頭には何かが匂った気がした。春良はきっとこの辺りに潜んでいる、そう確信した。
「手間取らしたな」
鬼頭はじろっと凄まじい眼をして龍鳳の画室を後にした。
 翌日から鬼頭は春良を探して方々を歩き回った。大通りから細小路、食い物屋から見世物小屋、居酒屋から水茶屋、汗と埃に塗れて探し回った。
だが、何処にも手応えは無かった。鬼頭は日増しに苛立ちを募らせた。下手人は判っているのに居場所を突き止められない。鬼頭は焦りを覚え始めた。
 
 数日後、鬼頭は、筆頭与力の葛西に探索方の集った役宅で問い質された。
「瓦版屋に殺しの話種を流したのはお前らしいな」
「それが何か?」
「勝手な真似をするんじゃない!皆が必死になって探索している最中に何の為にこんなことを!」
「探索が行き詰まって手詰まりだから、世間様から少しでも何かの知らせを寄せて貰いたいと苦心したのがそんなに悪いのか?それに下手人を誘い出す手立てにもなるんじゃねえのか?ええ、葛西の旦那、よ」
鬼頭は平然と嘯いた。
むっと来た感情をぐっと堪えて、葛西が更に詰問した。
「絵のことを隠して言わなかったのは何に故だ?何か思惑でも有るのか?おい」
「そりゃまあ・・・未だ俺の勘に過ぎませんから・・・」
「勘が全く必要無いとは言わんが、然し、どんな些細なことでも探索方全員が知っていないと困るんだ、な、鬼頭」
「よく承知して居ります、以後十分に注意致します」
鬼頭はそう言って、おちょくるようにちょこんと頭を下げた。葛西を初め与力たちは皆、苦虫を噛み潰した貌をした。
 鬼頭は、この下手人は絶対に俺がお縄にする、否、そうしなけりゃならないのだ、と強く心に秘めていた。それが俺とお艶と春良の因縁というものだ!
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