上 下
1 / 23

1話 発覚の刻

しおりを挟む

 この世はなんて理不尽なんだ。

 あゝ、あいつがどうしようもなく憎い。あいつの全てを壊したい。







「おーい! ヴァレント様ーー!」

 ダンジョンの視察を終え帰路に就いていると、遠くから聞き慣れた声がおれの耳に届いた。手を振りながら小走りでこちらへとやってきたのは黒魔導士のアジュダだった。

「おおアジュダ。おまえも今帰りか?」

「はいな! 今日はずっと討伐会議で疲れたー。今から同僚達とご飯行くけどヴァレント様も来る?」

「残念ながらおれには愛する妻が待ってるんでな。それよりいい加減、様と呼ぶのをやめてくれ」

「えーだって国を救った勇者様だよ? 呼び捨てなんかしたら不敬罪で切られちゃう」

 いたずらっ子のように舌をぺろりと出しながらアジュダは笑う。それに釣られおれも笑い返した。やはり苦楽を共にした仲間というのはいつになっても気兼ねなく笑い合える。

「今日の視察は愛する奥様は一緒じゃなかったの?」

「ああ。今日は城に呼ばれたようで朝から出掛けてたぞ。城で見なかったか?」

 ほんの一瞬、アジュダが目を反らした。瞳がわずかに下を向いたが、すぐにおれと視線が合った。

「今日は本当にずっと会議で缶詰めだったの。麗しのレベリオちゃんには会えなかったなぁ。今度ご飯に行きましょって伝えておいてよ」

「わかった。その時はもちろんおれも一緒に行っていいんだよな?」

「えー、折角だけどご遠慮ください」

「お、おいっ! 昔みたいにたまにはいいじゃないか。元勇者パーティーの仲間だろ?」

「女同士、積もる話もいろいろあるのよ~。じゃそういうことで。レベリオによろしく~」

 会った時と同じようにアジュダは手を振りながら去って行った。やれやれと小さく言葉を吐き出しながら、おれは彼女の背中を見送った



 家に帰るとすでに食卓にはディナーの準備がされていた。おれが席につくと給仕がおれのグラスにワインを注いだ。

「レベリオはまだ帰ってないのか?」

 ワインを一口飲んだ後、おれがそう尋ねると若い給仕が答えた。

「先程お戻りになりました。間もなくいらっしゃるかと」

 その時食堂の扉が静かに開き、レベリオがにっこりと微笑みながらおれの方に歩いてきた。そして少し身をかがめるとおれの頬に軽く口づけをした。

「遅くなってごめんね。先に食べててよかったのに」

「おれもついさっき席についたとこだよ。さあ、食べよう」

 テーブルの向かい側にレベリオが座ると料理が運ばれてきた。前菜を食べながらおれは彼女に話しかけた。

「今日城にはなんで呼ばれたんだ?」

 彼女は前菜を一口食べるとフォークを置いた。

「聖具の点検でした。今度のダンジョンはアンデッド系の魔物が多いのでしょう? 本当に私が行かなくても大丈夫?」

「まあ大丈夫だろう。階層もそれほど深くないし、魔物の数もそんなに多くはなさそうだ。聖女様自らエンチャントしてくれた聖具もあるしな」

 おれがそう言って笑いかけると彼女も軽く笑い返した。腹をすかせていたおれは運ばれて来る料理を次々に平らげた。一方レベリオは前菜以降なにも食べようとはしなかった。

「食欲ないのか?」

「ええ、実は今日、城でアジュダにばったり会ってさっきまで軽く食事をしながらお喋りしてたの。だからあまりお腹が減ってなくて……」

 アジュダという言葉におれは思わず手を止めた。取り繕うような笑顔で固まったままのレベリオにおれは笑いかけながら話した。

「女同士、積もる話もあったんじゃないか?」

「……ええそう! ついつい話し込んじゃって遅くなってしまったの。今度はあなたも誘って欲しいって彼女言ってたわ」

「それは楽しみだ!」

 おれは最後に残った肉の一切れを口へと放り込んだ。



 しばらく子作りはしないという約束をしていたが、その夜は珍しく彼女の方から求められた。

「いいのか? 国が落ち着くまでは妊娠は避けようと言ってたじゃないか」

「新しい聖女候補が見つかったらしいの。だから気にしなくていいのよ。来て、ヴァレント」

 彼女はおれの頭を両手で抱きかかえ、そしてその豊かな胸で包み込んだ。激しい吐息がおれの耳元まで届いた。

「ああ! ヴァレント! 愛してるわ!」

 絶頂を迎えた彼女が一瞬背中を反らしたかと思うと、そのまま気を失うかのように脱力した。二人の乱れた呼吸だけが部屋に響いている。

「おれも愛してるよ、レベリオ……」

 彼女の胸に顔をうずめながら、おれはぽつりと呟くようにそう言った。彼女は一度だけおれの頭を撫でるとそのまま深い眠りについた。



 翌日、おれは地下街にある古びた屋敷を訪ねた。重厚な鉄の扉の前に立つと、おれの手が伸びる前にその扉はひとりでに開いた。屋敷の奥まで進むと薄暗い部屋の中でこちらに背を向けて座っている男がいた。

「こんな所に勇者様がくるなんて、明日はドラゴンでも降ってくるのか?」

 黒い眼帯をはめた男がくるりと振り向きながらにやっと笑った。流石は元勇者パーティーの斥候。気配だけでおれだとわかったようだ。

「久し振りだなアンクバート。今日はおまえに頼みたい事があってきた」

「ほう。そりゃ国の依頼かい? それとも個人的に?」

「おれ個人からの依頼だ。とある人物の動向を探ってほしい」

「いいぜ。あんたには恩がある。誰を探ればいいんだ?」


 おれは彼の目の前の椅子に腰を下ろすと、ゆっくりと深く息をはいた。

「我が妻、聖女レベリオだ」


 その名前を聞いたアンクバートの片方の眉がピクリと動いた。






しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

異世界転移「スキル無!」~授かったユニークスキルは「なし」ではなく触れたモノを「無」に帰す最強スキルだったようです~

夢・風魔
ファンタジー
林間学校の最中に召喚(誘拐?)された鈴村翔は「スキルが無い役立たずはいらない」と金髪縦ロール女に言われ、その場に取り残された。 しかしそのスキル鑑定は間違っていた。スキルが無いのではなく、転移特典で授かったのは『無』というスキルだったのだ。 とにかく生き残るために行動を起こした翔は、モンスターに襲われていた双子のエルフ姉妹を助ける。 エルフの里へと案内された翔は、林間学校で用意したキャンプ用品一式を使って彼らの食生活を改革することに。 スキル『無』で時々無双。双子の美少女エルフや木に宿る幼女精霊に囲まれ、翔の異世界生活冒険譚は始まった。 *小説家になろう・カクヨムでも投稿しております(完結済み

神に逆らった人間が生きていける訳ないだろう?大地も空気も神の意のままだぞ?<聖女は神の愛し子>

ラララキヲ
ファンタジー
 フライアルド聖国は『聖女に護られた国』だ。『神が自分の愛し子の為に作った』のがこの国がある大地(島)である為に、聖女は王族よりも大切に扱われてきた。  それに不満を持ったのが当然『王侯貴族』だった。  彼らは遂に神に盾突き「人の尊厳を守る為に!」と神の信者たちを追い出そうとした。去らねば罪人として捕まえると言って。  そしてフライアルド聖国の歴史は動く。  『神の作り出した世界』で馬鹿な人間は現実を知る……  神「プンスコ(`3´)」 !!注!! この話に出てくる“神”は実態の無い超常的な存在です。万能神、創造神の部類です。刃物で刺したら死ぬ様な“自称神”ではありません。人間が神を名乗ってる様な謎の宗教の話ではありませんし、そんな口先だけの神(笑)を容認するものでもありませんので誤解無きよう宜しくお願いします。!!注!! ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾もあるかも。 ◇ちょっと【恋愛】もあるよ! ◇なろうにも上げてます。

大切”だった”仲間に裏切られたので、皆殺しにしようと思います

騙道みりあ
ファンタジー
 魔王を討伐し、世界に平和をもたらした”勇者パーティー”。  その一員であり、”人類最強”と呼ばれる少年ユウキは、何故か仲間たちに裏切られてしまう。  仲間への信頼、恋人への愛。それら全てが作られたものだと知り、ユウキは怒りを覚えた。  なので、全員殺すことにした。  1話完結ですが、続編も考えています。

妻を寝取ったパーティーメンバーに刺殺された俺はもう死にたくない。〜二度目の俺。最悪から最高の人生へ〜

橋本 悠
ファンタジー
両親の死、いじめ、NTRなどありとあらゆる`最悪`を経験し、終いにはパーティーメンバーに刺殺された俺は、異世界転生に成功した……と思いきや。 もしかして……また俺かよ!! 人生の最悪を賭けた二周目の俺が始まる……ってもうあんな最悪見たくない!!! さいっっっっこうの人生送ってやるよ!! ────── こちらの作品はカクヨム様でも連載させていただいております。 先取り更新はカクヨム様でございます。是非こちらもよろしくお願いします!

【完結】魔王を倒してスキルを失ったら「用済み」と国を追放された勇者、数年後に里帰りしてみると既に祖国が滅んでいた

きなこもちこ
ファンタジー
🌟某小説投稿サイトにて月間3位(異ファン)獲得しました! 「勇者カナタよ、お前はもう用済みだ。この国から追放する」 魔王討伐後一年振りに目を覚ますと、突然王にそう告げられた。 魔王を倒したことで、俺は「勇者」のスキルを失っていた。 信頼していたパーティメンバーには蔑まれ、二度と国の土を踏まないように察知魔法までかけられた。 悔しさをバネに隣国で再起すること十数年……俺は結婚して妻子を持ち、大臣にまで昇り詰めた。 かつてのパーティメンバー達に「スキルが無くても幸せになった姿」を見せるため、里帰りした俺は……祖国の惨状を目にすることになる。 ※ハピエン・善人しか書いたことのない作者が、「追放」をテーマにして実験的に書いてみた作品です。普段の作風とは異なります。 ※小説家になろう、カクヨムさんで同一名義にて掲載予定です

復讐完遂者は吸収スキルを駆使して成り上がる 〜さあ、自分を裏切った初恋の相手へ復讐を始めよう〜

サイダーボウイ
ファンタジー
「気安く私の名前を呼ばないで! そうやってこれまでも私に付きまとって……ずっと鬱陶しかったのよ!」 孤児院出身のナードは、初恋の相手セシリアからそう吐き捨てられ、パーティーを追放されてしまう。 淡い恋心を粉々に打ち砕かれたナードは失意のどん底に。 だが、ナードには、病弱な妹ノエルの生活費を稼ぐために、冒険者を続けなければならないという理由があった。 1人決死の覚悟でダンジョンに挑むナード。 スライム相手に死にかけるも、その最中、ユニークスキル【アブソープション】が覚醒する。 それは、敵のLPを吸収できるという世界の掟すらも変えてしまうスキルだった。 それからナードは毎日ダンジョンへ入り、敵のLPを吸収し続けた。 増やしたLPを消費して、魔法やスキルを習得しつつ、ナードはどんどん強くなっていく。 一方その頃、セシリアのパーティーでは仲間割れが起こっていた。 冒険者ギルドでの評判も地に落ち、セシリアは徐々に追いつめられていくことに……。 これは、やがて勇者と呼ばれる青年が、チートスキルを駆使して最強へと成り上がり、自分を裏切った初恋の相手に復讐を果たすまでの物語である。

勇者パーティを追放されそうになった俺は、泣いて縋って何とか残り『元のDQNに戻る事にした』どうせ俺が生きている間には滅びんだろう!

石のやっさん
ファンタジー
今度の主人公はマジで腐っている。基本悪党、だけど自分のルールあり! パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のリヒトは、とうとう勇者でありパーティリーダーのドルマンにクビを宣告されてしまう。幼馴染も全員ドルマンの物で、全員から下に見られているのが解った。 だが、意外にも主人公は馬鹿にされながらも残る道を選んだ。 『もう友達じゃ無いんだな』そう心に誓った彼は…勇者達を骨の髄までしゃぶり尽くす事を決意した。 此処迄するのか…そう思う『ざまぁ』を貴方に 前世のDQNに戻る事を決意した、暗黒面に落ちた外道魔法戦士…このざまぁは知らないうちに世界を壊す。

僕の秘密を知った自称勇者が聖剣を寄越せと言ってきたので渡してみた

黒木メイ
ファンタジー
世界に一人しかいないと言われている『勇者』。 その『勇者』は今、ワグナー王国にいるらしい。 曖昧なのには理由があった。 『勇者』だと思わしき少年、レンが頑なに「僕は勇者じゃない」と言っているからだ。 どんなに周りが勇者だと持て囃してもレンは認めようとしない。 ※小説家になろうにも随時転載中。 レンはただ、ある目的のついでに人々を助けただけだと言う。 それでも皆はレンが勇者だと思っていた。 突如日本という国から彼らが転移してくるまでは。 はたして、レンは本当に勇者ではないのか……。 ざまぁあり・友情あり・謎ありな作品です。 ※小説家になろう、カクヨムにも掲載。

処理中です...