不慣れだから

沢麻

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 あずみさんは毎日公務員のコースの人と帰っている。公務員コースの人も、繁華街で働いている人が何人かいるようで、方向が同じというのもある。そこには当然赤いキャップのヨウ君と、その友達の秋風も入っている。
 秋風と約束をしてからの数日間、悠はあずみさんの行動が気になって仕方なかった。あずみさんは年下の男の子を何人も従えて歩く女王様みたいだった。仲の良い友達みたいに、ベタベタしている。それって普通なのだろうか。同じ学校だったら、性別関係なく皆で群れて行動するって、普通なのか。悠にはわからない。女の子とだってベタベタするのは苦手なので、あずみさんの行動は本当に理解できない。秋風もあずみさんと仲がいいのだろうか。あの、あずみさんが従えている中に、ミカとできている厚木さんも入っているのではないのだろうか。
 「悠ちゃんて、あずみさんのこと苦手なんでしょ。すごいわかる」
 高認コースの橋本という男が言った。最近はミカがいないので、この二個下の橋本と話すことが多い。
 「え、何言うの。別に普通」
 「いつも敵視してない?」
 「してないし」
 「でもあの年でまた勉強して大学行こうと思えるってのは妬ましいよね。俺だったら絶対そんなこと思えないもん」
 「……確かに」
 確かにあずみさんは男好きだが、勉強も熱心な方なのだ。恥ずかしげもなく質問し、何もできなかったのにある程度勉強ができるようになっている。悠が一番できるのは変わらないが、あずみさんを無意識にライバル視していたのかもしれない。
 めんどくさい。他人なんてどうでもいいのに気になる。
 「ミカちゃんて大丈夫なのかな、勉強」
 橋本はミカが好きだ。
 「あんまりできる感じじゃないよね」
 「バイトしてるでしょ、ミカちゃん。ガールズバーで」
 「そうなんだ。知らない」
 そうか。だから余計来ないんだ。
 「俺が飲みに行ったらひくかな」
 ミカは好きな人がいるんだよ、と言いそうになって、悠は堪えた。
 「ちょっとストーカーみたいで、私なら嫌かも」
 そう言ってみたが、秋風の美容室に足を運んだ自分も変わらないなと思った。
 
 約束の日、駅の喫煙所で待ち合わせて秋風の部屋に向かった。どうやら前の職場の美容室は、帰り道だったようだ。街中に部屋を借りているらしい。
 「未練がましいのわかってるけど、つい美容室の前を通っちゃうんだよね。通らない道もあるのに」
 ちょうど美容室の前で、秋風はそう言った。何か辛いことがあって辞めたのだろうが、きっと美容師という仕事は好きなのだ。好きなことを仕事にするのも、辛いのだなと思った。
 「悠ちゃんは、大学に行くわけ? 高認取ったあとは」
 急に悠のことを聞かれた。当たり前じゃないかと思ったけれど、高認を取ったことのない秋風には未知の世界なのだろう。
 「臨床心理士になりたいので、大学院まで行くつもりです」
 「へぇ何それ。カウンセラー?」
 「そんな感じです。企業とかの、メンタル担当する人みたいな、相談室みたいなやつに、なりたくて」
 「ちゃんと夢があるから、真面目なんだ」
 夢……というか、彼氏も悠もメンヘラ気味で、自分達を生産的に、客観視できる能力が欲しかったからだ。そこは言わなかった。彼氏の話はしたくなかった。
 
 秋風の部屋はワンルームだった。狭いのに変なところにリクライニングチェアがあって、そこに座ってやるとのことだった。
 「ブリーチしてたんだもんね」
 秋風は悠の髪と会話しているように、ぶつぶつ言いながらケープを巻き、霧吹きをかけ、鋏を持った。近所の友達のお母さんと彼氏以外に髪の毛を触られるのは初めてで、びくっとしてしまった。危ないから動かないでねと言われた。秋風は悠の髪を触っているのに、悠を触っているような、変な感じがする。落ち着かない。悠の髪を見ているのに、悠を見ているような気がする。男の、ごつごつした手が、触ってくる。
 ドキドキする。
 悪いことをしているような、秘密のことをしているような、不思議な感覚。
 でも秋風は、悠の髪しか興味ない。
 やっぱりあの名刺は、よかったら髪の毛触らせてってことだったんだ。美容師やめたから、髪の毛触りたいのに出来ないから、手近なところで触れる髪の毛を探していたんだ。
 そうなんだ。きっと。
 何故か悠は、ずっとそう自分に言い聞かせていた。
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