不公平

沢麻

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産後

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 アユから出産の連絡がきたのは二日前である。上の二人とは違い、今回は緊急帝王切開での出産になったらしく、入院期間は一週間ということだった。それが長いのか短いのか私にはよくわからなかったが、再度出産についてググったところ、帝王切開の場合は十日前後、普通に産んだ場合は五日前後の入院となるらしい。とりあえず様子を見るため、私はまた有給を使い産後三日目に見舞いに行くことを決めた。一応お祝いの品も持参する。
 病棟は全て個室だったが、病室の扉は開け放たれていた。あちこちから新生児の頼りない泣き声が聞こえ、産後の母親達が壁の手摺をつたいながらよろよろと歩く姿や、まだお腹の大きな女が点滴に繋がれながらうろつく姿が目に入る。私には、縁がない世界だった。そしてこの先もきっと、縁がないだろう。
 アユの病室に到着した。
 「ミナちゃん! 来てくれてありがとう」
 アユは浮腫んでいるのになんとなくやつれた印象もあり、それでも帝王切開後にしては元気なのか笑顔で迎えてくれた。
 「子供達は?」
 「実家に預けてるよ。多分夕飯の時に面会に来てくれる」
 「そっか。赤ちゃんは?」
 「お風呂に行ってるよ」
 赤ちゃんが見たかった。女の子。
 私はお祝いを渡し、祝福しているような演技をした。アユはいかに出産が大変だったかを語り、また、久しぶりの新生児で寝不足だの、手術の痕が痛くて授乳が辛いだの訴えた。いらないと散々言われ、生まれてからも文句しか言われない赤ちゃんが不憫だ。
 「そうそう、ルイちゃんも来てくれたんだよ。今、育休だって言うから時間あるんだね」
 「へぇ、いいなぁ。会いたかった」
 「ミナちゃんは、ルイちゃん好きだもんね」
 「そうだよ。私の永遠の憧れだもん」
 聞くとルイは来月仕事復帰をするようで、五人目の子供をおんぶしての登場だったという。かっこいい。私もそういうのが理想だった。仕事もして、家庭もあって、精一杯生きたかった。
 アユとは他にも色々世間話をしたが、遂にサトの話は出なかった。アユも嫌われていることに気付いたのかもしれない。また、産後で弱っているせいか、以前ほどアユの発言に腹は立たなかった。そしてスタッフが、赤ちゃんを持って現れると、私は本当にアユを応援しようという気持ちになった。
 「名前はね、幸せが果てしないって書いてユキカにしたんだよ。私、いらなかったけど、頑張ろうって思って夢のある名前にした」
 そう言ってアユはユキカちゃんを抱いた。そこで私はこの子をさらおうという計画を完全に取り止めた。無理だった。
 こんな小さな生き物をどうしたらいいのかわからないのに加えて、あれほど文句を言っていたのに愛しそうに赤ちゃんを抱くアユを見て敵わないと思った。そうだ、アユは昔から口ばかり大袈裟なところがあった。本当にいらないなら産まなかっただろう。産んでもいい、頑張れるだろうと思っていたからこそ言えた、大袈裟な愚痴だっただけだ。出産に過敏になっていたから、私は意味を履き違えたんだ。
 「私、そろそろ帰るね。赤ちゃんにも会えたし。可愛いね。アユ、子育て頑張れ」
 アユはにっこり微笑んだ。

 私は誘拐計画のために、アユの出産前後は有給を取っていたので翌日も自宅にいた。この家で、赤ちゃんを一人で育てようという気分に一度はなったものだから、なんとなく心に穴が空いたような気分になった。
 気晴らしにどこかに出かけようと思い、無意識に向かったのがアユの産院だった。二日連続で見舞いに行くなどありえないな、と思い、その辺のカフェにでも入ろうと踵を返した時、入り口からスタッフが何名か飛び出してきた。
 「一応庭も探して!」
 「はい!」
 「一階にもいませんでした!」
 ? 
 私は嫌な予感がした。
 「警察に連絡しますか?」
 「待って、他の患者さんもいるし、大騒ぎしないで。院長の外来のタイミングみて決めよう!」
 警察?
 私は結局騒ぎの真相を知りたくて、産院に足を踏み入れた。するとさっきスタッフの中で指揮を取っていた女性に止められた。
 「すいません、ちょっと今面会のほうはストップさせて頂いております」
 「何かあったんですか?」
 院内はなんとなくざわついていた。
 「今のところは何とも言えないので、本日はお引き取り下さい」
 私は名残惜しく院内を見回した。二階から騒ぐ声が聞こえる。
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