快気夕町の廃墟ガール

四季の二乗

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朱色を視しては一人待つ

朱色を視しては一人待つ4

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 足場に気を付けながらスマホを翳す。
 時刻は午後の5時を過ぎた。夕食までには間に合わせようと孤軍奮闘している私に残された時間は二時間ほど。生憎近くにバス停があるから、最悪これに乗れば……。
 __ああ、そうだった。余計な荷物を事務所に置いてきたから、その油断は訂正しなきゃいけない。最悪泊りになる事を覚悟で挑まなければ、最終バスには間に合わないかもしれない。夕日はとっくに沈み、周囲は肌寒さと薄暗さが支配する。
 夏であるなら、涼む為の絶好な環境なんて冗談でも言って見せるが。今は冬に片足を付けた季節。そんなジョークを語る暇があれば、手袋を忘れた手が冷えるのをコートのポケットに入れるのがマシだ。生憎光源の為に片腕を取り出さなければならない事をこれ程恨んだ事も無い。

「で、回収してもらいたい物って?」

 玄関先の鍵穴に四苦八苦している後輩を背に、私は聞く。
 周囲に異常は見られない。異品が何かをしてきた場合私では対処できないから鍵役を仰せつかったというのに、この後輩ときたら鍵を開けるのは昔から自分の役目だと言って聞かない。
 ガチャリと、嫌に重々しい音で玄関は開き、二十年の重みがある埃臭さが外へと開け放たれた。無論電機も水道も止まっている状態だ。校内には街頭一つない無人の静けさが広がっている。

「今更ですね、先輩」
「今更聞きますけど」

 時折敬語になるのは、愛嬌だと思っていただきたい。これまでの道中、あらゆる事情は聞いたモノの本題には至っていなかった。ここで何があり何を回収しなければならないのか。その何かは、どんな異常を持っているのか。正直、何があったかを聞く理由は無いが、何を回収するのかは聞かなければならない。
 混ぜた皮肉も意に介さない様で、七井後輩は会話を続ける。

「回収してもらいたいものは、屋上にある赤い靴です」

 屋上。
 靴。
 それだけのワードで、不安になる人間は私だけだろうか?

「__もしかして、揃えられています?」
「ええ。たぶん推察の通りだと思いますよ?」

 推察のとおりであるとすれば、哀れな犠牲者の遺品を回収するのが今回の任務という訳だ。渡り傘の様な異物の様に、今回の依頼も碌なモノではないだろう。はてさて、渡り傘の様に不幸を運ぶのか。幽霊でも見せてくれるのか。非常に楽しみだと空元気を保つ。

「……本当に、ホラーな展開にならないよね?」
「それは先輩次第ですね」
「か弱い私に何をさせようって気だよ?」
「まあまあ、頑張っていきましょう!」

 そう言いながら背中を押す後輩に呆れた表情を向けながら、とにもかくにも入口へと足を運ぶ。正面にある校内入り口には事務室が併設された受付があり、生徒の下駄箱は見えない。来客用の張り紙と、受付に足を運ぶよう指示が書かれた案内用紙が目立つところに掲載されている。
 その近くには掲示板があるが、それを支える木製の棚が腐食を始めたようで不安定だ。
 館内の備品はそのままの様で、20年前から年月ばかりが経過しているような印象だ。

 先ほども思った疑問がここでも浮かぶ。二十年放置しているというのに、家財道具などが運び出された形跡は見られない。ところどころ腐食した様子は見られるが、それは経年劣化と侵食のせいだろう。何処からか異臭が香るが、それは動物の死骸の筈だ。私はソレを確認しない、する訳ない。

「先ずは図書館に向かいましょう。本当は外を回った方が早いですけど、葦が邪魔ですから」
「地図は?」
「ありません」
「……は?」
「いや、此処の管理者が頑なに渡さなかったんですよ。で、先輩。こういう所には、何があると思います?」

 後輩が指し示した先には、1階の地図。
 ポップな張り紙で彩られた掲示板の下の方には、この学校の物と思われる色わせた地図もあった。如何やらこれを予期して地図を持ってこなかったらしい。まあ、探索を続けるには差し支えない物品だ。地図を覗けば、この学校の全体的な構造と、離れにある施設の紹介が乗っている。

「……じゃ、どうするの?」
「先ずは其処の受付でカギを拝借して、それから向かう事にしましょう」

 事務室横にある扉に手をかけると、ドアノブは回るしかし何かに突っかかっているのか扉は開かない。
 察したような顔をしている後輩に、私は両手を広げて答えた。

「__開かないけど?」
「何処か回り道できる場所ないですかね?」
「ちょっと待って」

 もう一度押してみるが、どうやらかなり重いモノが倒れているようだ。カウンター側から見ていれば、ガラス越しに本棚が倒れているのが分かる。

「何かが突っかかっているみたい」
「地震でも起きたんですかね?ソレで開かなくなっている、的な」

 二十年あれば、著名な地震の餌食になっていても可笑しくはない。少なくとも二、三点思い浮かぶ程度には自信が多発するのがこの国だ。しかし、それにしては玄関周りが奇麗で、本棚だけは被害が大きい。まるで誰かが本棚を倒した様に。

「窓を割る訳にもいかないか」
「先輩って偶に非常識を発言できますよね?」
「何か文句でも?」
「いえいえ、お似合いだと思いまして」

 お似合い?
 心外な話だが、一応聞こう。

「それは仕事の話?それとも探偵?」
「どちらとも言えますね。あ、そうだ先輩。お酒いります?」

 手提げカバンから取り出した瓶を此方に差し出す後輩。
 透明色のガラス容器からは透き通った液体が見える。埃の匂いで正確には分からない。しかしてそんな事を言いながら此方に差し出す後輩の様子から、その言葉が嘘や揶揄いの類ではない事は分かる。
 どういう用途かを察しながらも、皮肉の一つや九つ程垂れる事は犯罪ではない。私は迷わず、自身でも分かるほど冗談交えて問う。

「ここで飲酒しろと?」
「もちろん違いますよ。普通の清酒です。酒気は酔わせる効果がありますから、幽霊の足取りを鈍くすることぐらいできます。まあ、本当はヤレるレベルの奴でも良かったんですけど、あんまり人殺しはしたくないじゃないですか?」

 __管理官という人間は、どの人間も物騒なのだろうか?
 知り合いの比較対象を思い浮かべて、その物騒な価値観が目の前の後輩にあると思うと。__ああ、そんなモノにならない様に引き留めるのは先輩の役目だと思うのは自然な事だ。一応、その放火剤スピリタスは此方で預かり、先へと進む。

「幽霊は死んでいるのに、……ってツッコミは無し?」
「其れこそ先輩は好きじゃないでしょ?」
「趣味ではないね」
「奇遇ですね、私もですよ」

 如何やら、似た者同士らしい。
 まあ、そんなモノが好きな人間はごく少数だろう。

「この奥から行けそうじゃないですか?」
「カギは掛かっていないみたいだけれど……」

 七井後輩が指し示した先には、薄暗い廊下が続いている。
 少しばかり歩を進めば、先程の部屋に繋がっているであろう隣部屋の扉があった。力を入れずともすんなりと開いた扉の先にある窓には、葦がその背丈を伸ばしている。まるで日の光をさえいるかのようなその光景に、隣の後輩も感嘆の声を上げる。

「うわぁ。……ここまで侵食してますよ」
「窓の外、びっしりって感じだね」

 若干挽き気味の、ね。
 其処は如何やら会議室の様で、長机とパイプ椅子が縦一列に並べられており、棚にはホワイトボードには何かのキャラクターの絵が描かれていた。先程歩いてきた方向に目を向けると、地図に記されたように扉が見える。

「この奥ですね」

 外壁に目を向ければ、御立派な木製の古時計が飾られていた。それは今でも動いている様で、厳かに今の時間を伝える。__扉の先からは音は聞こえない。
 長井後輩が扉を開く。
 其処には、荒らされた棚と資料が散乱していた。
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