ナキ症候群

四季の二乗

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怪談話としては非情な方法 そのB

side”N”の訪問

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 何時も通り。
 どうにも気に食わない”それ”の袖を通し、鏡を見ながら身だしなみを整えた。
 この仕事の活動において、人手不足というのは実に笑えない。仕事量も、内容もだ。

「学者さんというのは、そんな昔話も調査をするのかね?」
「それが民謡学という物ですから」
「まあ、年よりは話し相手が増えていい事だがね」

 会話は、雑多な話から始まる。
 本来聞き出したい本命ではない無意味な世間話だ。この街の歴史や風習などを似た風習と釣り合わせ、話題を広げるにはそう時間がかからなかった。
 会話というのは実に重ねれば重ねる程、関係性を明瞭にしていく。教授という肩書が、会話を通じて相手に信頼され、その意味を書類上にはない信頼に変えていく。知識を披露する程、会話に対して話題を広げる程、肩書への信頼は厚くなる。そしてその信頼は、肩書だけではない”個人への信頼”へと反映される。
 社の主である矢ヶ暮之が本題に入るのには、そう時間はかからなかった。

 彼からこの村の秘密。いや、風習としての七つ栞と昔話の存在を知った。
 北原村と旧字視村は密接なつながりがある。それは隣接しているというだけではなく、その関係は掃き溜めに等しい。村役場や図書館などの資料から、北原村から流れ出た人間により作られたのが旧字視村となる。

「姥捨て山という話があってな。これは名前の通り飢饉によって支えられなくなった自分の親を捨てたといった内容だ」

 彼が話した内容は、各地の伝説に散在する”姥捨て山”という伝承だ。
 姥捨て山という伝説においてその行為自体は未遂に終わるのが殆どになる。なにせ、そういった風習に対しての教訓が、親子愛のすばらしさや老人が持つ知識深さを肯定する話として語られるからだ。
 その話自体、飢餓等とは無縁の話である。

「ええ、知っています。各地に似たような伝説がありますよね」
「旧字視村は、病を捨てられた村なのさ」
「……成程」

 病を捨てた。
 それは、奇形や病に伏せた人間を捨てたという話だろう。それならば現実味がある。そもそも、そういった話において現実味のある答えは、病持ちか子供だ。老衰しきった老人ならばともかく、山に精通した老人ならば自身の足で戻る事も可能であり、口減らしの対象にはなり得ない。
 情報によればこの神社に祭られているのはアシナヅチを模した神体であり、テナヅチは旧字視村(あざしむら)からさらに麓の町へと移転した。
 この両柱が夫婦としてまとまっているとするならば、この場所にあるテナヅチの配置は少しおかしい。
 手は足の上にあるモノである。

「手長足長伝説を元手に作られた印様という神様は、手長足長伝説の負の部分だけを切り抜いた存在だった。__という訳ですね?旧字視村は、宗教という意味でも不幸を捨てられた訳だ」

 彼は肯定する訳でも無く、マグカップを口元に近づける。
 姥捨て山という表現が正しいのなら、彼らは山の中腹に住む旧字視村に不幸を押し付けた。それは、信仰する神様も含めての話だ。手長を不幸の象徴として、足長を益ある神として象徴した。連日起こっている不審死は、その意志返しとするならばこれは呪い返しというに他ならない。
 状況を整理するなら、これは旧字視村(あざしむら)の生き残りが今の手長足長の関係性を反転させたことが原因で起こった。記録によれば、この村よりも下に出来た町の住人には、旧字視村の元住民が含まれている。ナキ症候群と呼ばれる奇病がこの村の住人をおそったのは、それが原因の一端だろう。

 しかし、此処で疑問が残る。
 これがその意思返しとするなら、若干ながら被害が出ているあの町での説明が補填されない。

「手長足長には、災害や災いを起こす側面がある。だが、それとは別に諏訪大明神の家来であるという説もあった。手長は女性としての描写があるが、印様は男とされている。此処に住まわれている字様は女性であるが、足長は男だ」
「つまり、解釈を曲げた。いや、押し付けた。片方を不幸の象徴として、もう片方には利益だけを残して」
「その結果、似て非なる存在に成り下がってしまった訳だ。__おっと、こんな所で行ってしまったら、私も呪い殺されてしまうな」

 捨てられた人々の怨念が、今もあの山には眠っている。__それ以外に、あの山には”何か”がある。
 彼が言う”捨てた”という表現は、如何やら病のある人間や子供を捨てたわけではない。いや、もしかするとそうかもしれないが、一番重要なのはナキ症候群という異常性を暴露させ、身代わりとして献上していた。この村の住人、もしくは一部がそれを理解していた。
 彼らはあの山に異常性がある事を理解しており、そしてそれを生贄を利用して住み続けた。

「連日の不審死について、何か知っていますか?」
「__アレは、自業自得なのさ。私達が履き捨てた呪いの意志返しという奴だ。この村の連中が上になってしまったのだからね」

 現時点で分かった事は以上であり、ナキ症候群の起源についての調査は必要不可欠である。
 人と話す気疲れを感じながら、俺は会話を切った。

「__それにしても、あんた」
「何でしょう?」
「最近の学者さんというには、がっしりとしているね」
「ええ。実は山登りを嗜んでおりまして」



 報告は以上。

 

 














 神秘部門”紫”研究員より通達。
 北原村での活動を了承。下記装備の携行を許可。
 
 ・移動用バン
 ・高高度偵察機 一機
 ・各種観測機器。及び、携帯型MOE。
 ・4日分の携帯食料。
 ・登山用標準装備。(装備にはGPS発信機が内蔵されている)
 ・無線及び衛星電話。
 ・携帯ドローン 一機
 ・フラッシュバン×4
 ・Px4二丁

 *異常存在との邂逅時の際は、速やかに撤退してください。


 調査期間 6月28日
 記録者 奈々蔵職員
 現地調査員 村上。大川。
 コールサイン ピック

 *現地調査員が民俗学の教授を装った所、旧字視村の関連性が疑われます。一連の関連性の調査と異常性解明の為、調査を行います”

 返信| 俺達に多くを求めるな、訴えるぞ。
 

 










『旧字視村に存在する建物群は、ほぼすべてが倒壊及び損傷しています。これは異常性というよりは、長年の風化によるものが大きいです。ただし、一つだけ倒壊していない建物があります。それは、矢ヶ暮神社です。この周辺の建物だけは何故か風化している様子はなく、上空の様子では欠損が見られません。百年以上放置されたのにもかかわらずです。
 ですので、目標はこの神社に絞り重要証拠の確保に移りたいと思います。元住人の方の話によりますと、本殿の隣の建物に社務所があり、重要な書類はそちらに保管されている可能性があります。出来る限り滞在せず、速やかに確保をお願いします。
 山岳への侵入は禁忌とされており、観光客や住人の暴露も山岳周辺に集中している事から、山に近しい人物程ナキ症候群が発症しやすい可能性があります。印様という神的存在が関わっている以上、対象は、恨まれている人物が選定される可能性もあります。
 観光客に対して異常性が滞在時間に比例して発症している事から、山に近しい人間が長時間一か所で滞在する事で影響を受けると考えられています。
 MOEは神的脅威に対しての防衛行為に対して有効であり、神体事象の感染に対しての早期発見にも効力がある事が照明されました。十分に活用してください』

 袖を通す。
 こちらの方が気疲れも無い。取り繕る必要もない。
 滑り止めが付いたグローブと長靴を通し、各種装備を点検しながら身支度を整える。
 絶えず情報を耳元で流すオペレーターを聞き流し、バンの中を改めてみる。支給された旧式の番はありとあらゆる任務で酷使されており、整備はされているものの対応年数は過ぎそうだ。だが、相棒としては申し分ない。人も器械も練度がモノを言う。

「ピック1。体調に問題はない」
「ピック2。異常無し」
「MOEの計測を開始。観測結果は?」
『ブルー。周辺には脅威が存在しません』
「周辺に何か変化は?」
『周辺映像では、それも見られません』

 無人偵察機が上空を飛行し、此方の様子を随時モニタリングする。
 空の目は的確に俺達の位置を監視し、周辺の様子をいち早く察知し危険を知らせてくれる。それも緑一辺倒の森林では効果が少ないが、件の村周辺では大いに活躍してくれるだろう。
 MOEは周囲の異常を示してくれる装置だ。それは、今回の件で大きく活躍してくれる。ナキ症候群と呼ばれる異常性に効力があるかは分からんが。

 自分が他人に恨まれていない事を祈るのみだ。

「現在地は湖周辺の駐車場」
『GPS正常。ピック1、目標の復唱をお願いします』

 俺は息を吐き、目標を頭の中で反芻した。

「現地住民の話によれば、山道中腹に目標があるとされる。旧字視村にて資料となる物を回収、及び即時撤退。異常性の暴露は最小限にとどめる。俺達を恨む人間なんて、奈々蔵ちゃんしかいねぇよ」
『__確認終了。全てのチェックを完了します』

 何時も通り、俺と相棒は最後に拳を合わせる。
 この行為に意味はない。何時も通り生き残るという趣旨の滋担ぎかもしれない。この仕事に必要なのは、神頼みではなく結局は運なのだから。
 オペレーターへの挨拶も終えると、俺達は山岳入り口の山道へと足を運ぶ。朝六時のこの時間には、人が居ない田風景と一面の森林のみが広がる。
 
「これより、当該村へ移動を開始する」
『脅威との邂逅時にはすぐに撤退をお願いします。弾薬の消費は最低限に』
「つまり、何時も通りだ。尻尾を蒔くのも込みでな」
「全くだ。ピック2、夕飯はどこがいい?」
「駅前の店にいいラーメン屋があるらしい。野菜が旨いそうだ」
「脂もマシマシだろ。俺はヘルシー主義者だぜ?」

 それを界隈ではジロリアンなどと言うそうだ。
 専門的ではない俺が口を出す事ではないが、そんな軽口を続けようとした所で無線が鳴る。

『私語は慎んでください』
「分かってる、了解だ」

 山岳の地図は頭に叩き込まれている。
 これからは、山登の経験と現場での対応力がモノを言う世界だ。

 











「これより山岳へ侵入する。アウト」

 














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