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今も続く快晴といふ空

今も続く快晴といふ空4

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 沈黙が続き、華やかに話す姿は其処にはない。
 黙祷を捧げる人々の顔に明かりは無く、重苦しい雰囲気が周りを包む。
 私もその例に洩れる事無く、その列に加わりながら祈りを捧げた。

 火葬場へと脚を進める。

 住宅街の一角で、小さな花を付けたアベリアが、寂しそうに花を咲かせていた。
 彼女が好きな花の一つに、その花は真っ先の候補に挙がっていた事を思い出す。

 花言葉は、謙虚。そして、強運である。
 私は自身の心臓をなぞる様に確認し、そして、自身が生きている事を証明する。
 傷も痛みも無く、私の心臓は動き続ける。

 数日前、私の友人は死んだ。
 その事実に目を背けてはならない。

 私は、私の相棒を片手に、彼女の形見に触れる。

 漣は私と同じクラスであり、廃墟巡りを趣味としている。
 友人関係は良好であり、私以外にも数名の友人を持ち演劇部の中も悪くはない。家庭の話で相談をされたことも無く、本人から不平不満が漏れたとしても、その不満は女子高生の悩みの範疇だろうと私は記憶している。

 __本当に、そうだろうか?

 私は今までの言葉一つ一つを思い出せるほど記憶力がある訳ではない。
 彼女が言い淀んで結局煙に巻いた言葉は本当に無いのか。あの日も、変わらず漣らしい笑顔をみけていたと勝手に理解していた”私”だが。
 その表情の意味は、本当にそうなのか。
 
 彼女は、死にたかったと口にしていた。
 その理由は衝動的なモノではない。あの自殺は、彼女自身の意思による計画的な自殺のはずだ。その理由は何か。私にその姿を刻み込む為。
 何のために?

 私と同様、彼女も自殺の現場を目撃した。
 私が姉だったのに対して、彼女は”友人”だった。

 私との関係に重ねたのか。なら、それは何故だ?
 彼女が私の心臓に、その姿を焼き付けたかった理由は何だ?

 なぜ、彼女は私の目の前での自殺を選んだ?
 その一つは分かっている。それは、私に傷を付けたかったからだ。

 彼女は何かを伝えようとしたのか?
 それとも、私を恨んでいるのか?

「__この火傷に理由はあるんですか? 漣」

 深く刻まれたこの思いを吐き出し、私は晴天の空を見上げる。
 時折の雨はあるが、八月に入った今頃は快晴の空が続いている。人の気も知らないで、この思いに応える事も無く清々しい青空は其処にある。
 __私は、カメラを構える彼女しか知らない。

 私は、自分が思っている以上に他人行儀だった。

 私には分からない。
 だから、知る必要があるのだとは思う。

 __なぜなら、それが。

 私は人を知る為にカメラを多用していた。私の関わりは、全てそこから来ていた。
 たとえ、それが偽物でも。私の友人としての漣は、きっと本物だった。


 私は、漣の理由を知る事にした。

 葬儀の後、私は彼女の両親と初めて顔を合わせた。
 娘が死ぬ現場を目撃していた私は、それを止められなかった責任を責める事も無かった。
 謝罪の言葉を述べると、涙ぐむ母親をかばうように父親が言葉を述べる。彼女にとって、私は如何やら特別な友人である事。自慢の友人である事を、彼女は両親に伝えていた。
 会社員務めの彼女の父親は、普通の中年サラリーマンといった様相で特に特徴がある訳ではない。彼女の家計が苦しいなどと言った話も無いし、漣は順風満帆に両親との中を深めていたはずだ。

 普通である家庭。
 一般的である家庭。

 彼女の人生は特別なモノではないが、さりとて悲観的な話ではない筈だ。普通の両親を持ち、普通に学校生活を続け、人間関係も悪くはない。
 なら。
 私と同様の傷以外に、理由はない筈だ。

 4年ほど前。彼女の友人は突如として自殺をした。
 死因は、放火による焼身自殺。家と自身に灯油を被り、火を付けたそうだ。
 その直前、彼女は友人とであぅ手織り、自身が自殺をする旨の話を聞いたそうだ。飄々としながら非現実的に語る友人の話を、彼女はジョークの部類だと思ったらしい。

 火で覆われた友人の自宅を見るまでは。

 火の手が隣の家々を巻き込み、その火災で十数人の遺体が発見された。警察は彼女の話から、彼女の友人による焼身自殺だと結論付けられた。

「では、失礼します」

 友人として見送った後。私は火葬場を後にする。
 学校関係者も含めた多少大々的になった葬式は無事に終了し、私にはやる事だけが残された。
 関連者の中には演劇部の面々も招待されており、その中には見知った顔がチラホラと見える。その中に、先輩の友人の姿も見えた。

 学生集団が、思い思いの話で話を膨らませる中。
 その先輩だけは、何も言わずその場を去る。

 私はその後に続きながら、少し大きな声で、呼びとめた。

「治(おさむ)先輩。お久しぶりです」

 驚きを交えながら振り向き、その人物は険しい顔を柔和な笑顔に変えた。

「太宰か。お前もここに?」
「彼女、私の友人なんで」
「__そうか。お前が、見送り人だったんだな」

 森(もり)治(おさむ)先輩。
 通称、”激情”と言われるあだ名で親しまれているこの先輩は、私の姉の代わりに探偵事務所を手伝っている苦労人だ。

 見送り人という言葉は違う。
 見送る暇も無かったし、何より止められなかったのは事実なのだから。
 __それに、諦めたような言葉を使いたくはなかった。あの時、私は止められたはずだと、何処かで思うにはそれが必要だから。
 自分を責める理由が欲しいのではなく、彼女の爪痕を否定したくないから。
 私は見送るのではなく、理解するべきだ。

「語弊が過ぎますよ。__って言うか、先輩。ここから帰る気ですか?」
「何分、仕事が終わっていないからな。アイツらの話に付き合うと日が暮れる」
「__そうですか。それは困ったものです」
「大丈夫か?」
「何がですか?」
「平気じゃないだろ。あんなのを見るのは」

 あんなの。というのは自殺の事だろう。
 あの光景に慣れがあるのなら是非ともそうしたいが、私の心は思った以上に脆弱だ。あんな光景を見た上で慣れる事は無いだろう。
 それでも私は、心配をかけない様に言葉を選ばずに答える。

「二回目です。慣れました」
「__そうか」

 慣れたくはないですが。
 そんな建前を残すのを、忘れずに。

「あ、そうだ先輩。少し聞きたい事があるのですが」
「__なんだ?」

 坂を下る。
 歩道には、人が無い。
 
 私は、質問を投げかける。




「先輩は、自殺の理由に心当たりがありますか?」
「__悪い、知らないな」

 彼は、その言葉に少しばかりの言い淀みを見せた。
 森治先輩に、私は嘘を見た。

 森治先輩は、自殺の理由に心当たりがある。
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