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第三十八話 改善点
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商店のバックヤードを走って進む。既に開店から一時間半が経過していた。多分大丈夫だとは思うが、俺がいない間何か不都合が起きなかったか心配だ。
特に、開店直後はとても混雑する。ラッシュが過ぎ去った後は、みんな集中力が途切れるものだ。ミスが出やすい時間帯でもある。
取り敢えずバックヤードを一周してみたが、こちらは問題なさそうだ。販売担当の業務は、昨日から俺の力を借りず順調にこなせている。完全に任せていても問題はない。
販売担当は、最悪業務が客足に追いつかなくても、一時完売という措置をとることができる。品出しが追いつかなくても、それが原因で混雑を助長してしまうことはないのだ。だから彼らには、スピードよりもミスを出さないことを優先させている。
確かに、一時完売というのはお客にとって不利益だ。あると思っていた商品が、店内に並んでいないのだから。当然、販売担当もどうにかそれを解消しようと、業務を早める。けれど、ずっとそうしていれば必ずミスが出る。
ミスは従業員のモチベーションを低下させる原因だ。それに利益も落ちる。たとえば、仕入れた野菜ひとケースまるまるダメにしてしまうとか。そんな重大なミスが起きてしまう前に、従業員を落ち着かせなければいけない。
しかし本当に問題なのは、レジ担当の方だ。彼らは直接お客さんと接触する機会がとても多い。それに、彼らの業務が停滞すれば店内にお客が溜まりすぎて、混雑を作ってしまう原因にもなる。
レジ担当の彼女らは、販売担当よりもさらに焦る場合が多いのだ。しかし、レジ担当はお金を直接管理する仕事。一度のミスで、場合によっては店側が大きな損失を被ったり、逆にお客がお金を払い過ぎてしまったりする。
少額ならば大した問題にもならず、担当には厳重注意で済ませるが、高額になってくるとそうもいかない。お客が損害を受けた場合は、日本なら裁判を起こすことができる。そしてこの国では、客から直接制裁が下ることも普通だ。
そうなってしまえば、結局店は多大な損害を受ける。それに、せっかく作り上げた信頼も崩れ去ってしまうのだ。お客さんは、直接接触しない販売担当には大して干渉してこないが、レジ担当にはこれでもかというほど干渉してくる。
だからこそ、彼女らがミスを出さないよう、俺が配慮しなければならないのだ。
それが、わずか一時間半にしろ出来なかった。もしかしたら、既にどこかでミスを出し、お客さんから何らかの注意を受けている従業員がいるかもしれない。
そう考え、俺はバックヤードの確認もそこそこにレジ担当の元へ向かう。
今日もマシェラが来ているはずだから、お客との口論などは上手く躱せているはず。しかし彼女も、全ての従業員を管理しきれている訳ではない。
移動しながら店内を見渡してみると、昨日よりもさらに多くの人でにぎわっていた。
しかし昨日のように、野菜エリアで留まって混雑を生む、などという事態は起きていないようだ。昨日はエコテラがお客の誘導をしていたが、いったいどうしたのか。
「おばあちゃんや、魚はあっちですぞ。ここには野菜しか置いとりません」
「ちょっと混んできたな。お~い、一旦向こうまで行って、店内一周しようか」
「はて、お米はどこで売っているのやら。ちょっとそこのお兄さん! お米の場所まで……」
……これは、本当にすごいことが起きている。たった一日。まだ営業を開始してから一日しか経っていない。にも関わらず、お客は自分たちでこの店の特性を学び、そして解消しようと行動している。従業員の力も借りずに。
これが、この国の国民性だというのか。普段からマーケットという大きな市場で買い物をしているからこそ、彼らのようなことが出来るのだろう。
混雑の状況を自ら判断し、自分本位にならず、他人のことを考えて行動できる。それは、俺の故郷でずっと目指されていた、一流の大人像だ。たったこれだけのことを、出来ない人間は多い。しかしそれは、この国の人々には当てはまらないらしい。
そして何より、コミュニケーションというものを良く理解している。分からないこと、困っていることがあったとき、近くにいる人に尋ね、そして尋ねられた側は快くこれに答える。マーケット内でよく見る光景が、今この商店の中で実現していた。
ここは、あのマーケットの縮図だ。まさに、マーケットの中に存在するあらゆる品をかき集め、マーケットで買い物をする消費者をそのまま取り込んだ、マーケットというこの国特有の文化を簡潔に表す場である。
「て、てんちょ~! どこ行ってたんですか!? みんな探してましたよ! ……って、そんなことより! 店長、またレジがヤバいことになってます! 昨日みたいにちゃちゃっと助けてくださ~い!」
いったいどこから俺のことを見つけたのか、レジ側からマシェラが駆け寄ってくる。
少し声が枯れてきているな。今日は昨日よりも客足が多い。接客業は、数時間にわたってずっとお客と会話しなければいけない仕事だ。そりゃ、当然声も枯れる。
「マシェラ、またレジを抜け出してきたのか。まあ良い、今日に関しては俺が悪いところもあるし。……それより、水分補給はちゃんと行っているか? フリーの人は何をしている。レジ担当に一人ずつ声をかけて、水分補給を促せと言っていたんだが」
俺は彼女に導かれるままレジに向かいつつ、現状の報告を聞く。レジ担当の方は、他の部署に比べて問題が発生しやすいんだ。従業員の休憩だって、一斉にという訳にはいかない。
レジ担当には大きく分けて二種類ある。自分のレジを持ち業務中そこからあまり動かない人。一般的なアルバイトはこれが多い。
対して、レジ業務もこなしつつ、アルバイトでは判断できない問題が発生したときに対応する、フリーと呼ばれる人。いわゆる、サービスカウンターの担当者だ。日本では、精算機の異常やレジ締めなども行う。
こちらはサービスカウンターや事務所、レジなどを行ったり来たりできる。ある程度役職の高い従業員が担当する場合が多い。従業員のシフトや休憩時間の管理も、こちらの仕事となっている。比較的やることが多いのだ。
そして、水分補給もそのうちの一つである。それぞれのレジを回り、そこの担当者がバックヤードまで行って水分補給をするまでの時間、一時的にレジ打ちを交代するのだ。
こうすることで、レジを止めずに一時休息を挟むことが出来る。
「そ、それがですね。今日は客足が多すぎて、フリーの人も全員レジ打ちに出ちゃってます! っていうか、レジの数も足りな過ぎて、こっちで別の机用意して勝手にレジ増やしちゃいました!」
な、なんだと!? 今この商店には合計6台のレジがある。それぞれレジ打ち担当と清算担当がいて、合計12人が働いているのだ。それでも、従業員に支払う給料でこちらの財政はカツカツである。それでも尚、レジの数が足りないとは。
確かに、この規模の商店でレジ6つというのは、日本基準なら少なすぎる。最低でも10は欲しいところだ。しかしここは、まだスーパーマーケットという文化が定着していない国。これほどの客足が集まるなど、いったいどうして予想できようか。
「わ、わかった。人事担当と相談し、従業員の数を増やせるよう検討しようか。……これ以上の出費はかなり痛いんだが。いや、今はそんなこと言ってられない! まずは今日の混雑を解消するのが先だ!」
気付けば、お客は長蛇の列を作っていた。レジが追いついていなさ過ぎて、列は伸びるいっぽうなのだ。しかしそれでは、商品を選びたいお客にとって邪魔でしかない。この状況を打開するのが、今の最優先事項と言える。
俺は昨日のエコテラと同じく、レジに入って金額の入力を担当した。何、彼女の記憶を思い出せば、電卓の使い方などすぐに分かる。実際に触るのはこれが初めてだが、他の従業員とは比べ物にならない速度で計算ができた。
「相変わらずの電卓捌きですね店長! これなら混雑も多少解決しそうです!」
「そうだな。あ、そういえば思い出した。絶対に注意しておかなければいけないことがあったんだ……」
電卓で計算をしつつ、レジ担当として注意しなければいけないことをマシェラに教えていく。彼女に言っておけば、全員に周知されるのは確実だ。
どういうわけか、机に向かっているよりもこうしている方が、俺は重要なことを見落とさずにいられる。
特に、開店直後はとても混雑する。ラッシュが過ぎ去った後は、みんな集中力が途切れるものだ。ミスが出やすい時間帯でもある。
取り敢えずバックヤードを一周してみたが、こちらは問題なさそうだ。販売担当の業務は、昨日から俺の力を借りず順調にこなせている。完全に任せていても問題はない。
販売担当は、最悪業務が客足に追いつかなくても、一時完売という措置をとることができる。品出しが追いつかなくても、それが原因で混雑を助長してしまうことはないのだ。だから彼らには、スピードよりもミスを出さないことを優先させている。
確かに、一時完売というのはお客にとって不利益だ。あると思っていた商品が、店内に並んでいないのだから。当然、販売担当もどうにかそれを解消しようと、業務を早める。けれど、ずっとそうしていれば必ずミスが出る。
ミスは従業員のモチベーションを低下させる原因だ。それに利益も落ちる。たとえば、仕入れた野菜ひとケースまるまるダメにしてしまうとか。そんな重大なミスが起きてしまう前に、従業員を落ち着かせなければいけない。
しかし本当に問題なのは、レジ担当の方だ。彼らは直接お客さんと接触する機会がとても多い。それに、彼らの業務が停滞すれば店内にお客が溜まりすぎて、混雑を作ってしまう原因にもなる。
レジ担当の彼女らは、販売担当よりもさらに焦る場合が多いのだ。しかし、レジ担当はお金を直接管理する仕事。一度のミスで、場合によっては店側が大きな損失を被ったり、逆にお客がお金を払い過ぎてしまったりする。
少額ならば大した問題にもならず、担当には厳重注意で済ませるが、高額になってくるとそうもいかない。お客が損害を受けた場合は、日本なら裁判を起こすことができる。そしてこの国では、客から直接制裁が下ることも普通だ。
そうなってしまえば、結局店は多大な損害を受ける。それに、せっかく作り上げた信頼も崩れ去ってしまうのだ。お客さんは、直接接触しない販売担当には大して干渉してこないが、レジ担当にはこれでもかというほど干渉してくる。
だからこそ、彼女らがミスを出さないよう、俺が配慮しなければならないのだ。
それが、わずか一時間半にしろ出来なかった。もしかしたら、既にどこかでミスを出し、お客さんから何らかの注意を受けている従業員がいるかもしれない。
そう考え、俺はバックヤードの確認もそこそこにレジ担当の元へ向かう。
今日もマシェラが来ているはずだから、お客との口論などは上手く躱せているはず。しかし彼女も、全ての従業員を管理しきれている訳ではない。
移動しながら店内を見渡してみると、昨日よりもさらに多くの人でにぎわっていた。
しかし昨日のように、野菜エリアで留まって混雑を生む、などという事態は起きていないようだ。昨日はエコテラがお客の誘導をしていたが、いったいどうしたのか。
「おばあちゃんや、魚はあっちですぞ。ここには野菜しか置いとりません」
「ちょっと混んできたな。お~い、一旦向こうまで行って、店内一周しようか」
「はて、お米はどこで売っているのやら。ちょっとそこのお兄さん! お米の場所まで……」
……これは、本当にすごいことが起きている。たった一日。まだ営業を開始してから一日しか経っていない。にも関わらず、お客は自分たちでこの店の特性を学び、そして解消しようと行動している。従業員の力も借りずに。
これが、この国の国民性だというのか。普段からマーケットという大きな市場で買い物をしているからこそ、彼らのようなことが出来るのだろう。
混雑の状況を自ら判断し、自分本位にならず、他人のことを考えて行動できる。それは、俺の故郷でずっと目指されていた、一流の大人像だ。たったこれだけのことを、出来ない人間は多い。しかしそれは、この国の人々には当てはまらないらしい。
そして何より、コミュニケーションというものを良く理解している。分からないこと、困っていることがあったとき、近くにいる人に尋ね、そして尋ねられた側は快くこれに答える。マーケット内でよく見る光景が、今この商店の中で実現していた。
ここは、あのマーケットの縮図だ。まさに、マーケットの中に存在するあらゆる品をかき集め、マーケットで買い物をする消費者をそのまま取り込んだ、マーケットというこの国特有の文化を簡潔に表す場である。
「て、てんちょ~! どこ行ってたんですか!? みんな探してましたよ! ……って、そんなことより! 店長、またレジがヤバいことになってます! 昨日みたいにちゃちゃっと助けてくださ~い!」
いったいどこから俺のことを見つけたのか、レジ側からマシェラが駆け寄ってくる。
少し声が枯れてきているな。今日は昨日よりも客足が多い。接客業は、数時間にわたってずっとお客と会話しなければいけない仕事だ。そりゃ、当然声も枯れる。
「マシェラ、またレジを抜け出してきたのか。まあ良い、今日に関しては俺が悪いところもあるし。……それより、水分補給はちゃんと行っているか? フリーの人は何をしている。レジ担当に一人ずつ声をかけて、水分補給を促せと言っていたんだが」
俺は彼女に導かれるままレジに向かいつつ、現状の報告を聞く。レジ担当の方は、他の部署に比べて問題が発生しやすいんだ。従業員の休憩だって、一斉にという訳にはいかない。
レジ担当には大きく分けて二種類ある。自分のレジを持ち業務中そこからあまり動かない人。一般的なアルバイトはこれが多い。
対して、レジ業務もこなしつつ、アルバイトでは判断できない問題が発生したときに対応する、フリーと呼ばれる人。いわゆる、サービスカウンターの担当者だ。日本では、精算機の異常やレジ締めなども行う。
こちらはサービスカウンターや事務所、レジなどを行ったり来たりできる。ある程度役職の高い従業員が担当する場合が多い。従業員のシフトや休憩時間の管理も、こちらの仕事となっている。比較的やることが多いのだ。
そして、水分補給もそのうちの一つである。それぞれのレジを回り、そこの担当者がバックヤードまで行って水分補給をするまでの時間、一時的にレジ打ちを交代するのだ。
こうすることで、レジを止めずに一時休息を挟むことが出来る。
「そ、それがですね。今日は客足が多すぎて、フリーの人も全員レジ打ちに出ちゃってます! っていうか、レジの数も足りな過ぎて、こっちで別の机用意して勝手にレジ増やしちゃいました!」
な、なんだと!? 今この商店には合計6台のレジがある。それぞれレジ打ち担当と清算担当がいて、合計12人が働いているのだ。それでも、従業員に支払う給料でこちらの財政はカツカツである。それでも尚、レジの数が足りないとは。
確かに、この規模の商店でレジ6つというのは、日本基準なら少なすぎる。最低でも10は欲しいところだ。しかしここは、まだスーパーマーケットという文化が定着していない国。これほどの客足が集まるなど、いったいどうして予想できようか。
「わ、わかった。人事担当と相談し、従業員の数を増やせるよう検討しようか。……これ以上の出費はかなり痛いんだが。いや、今はそんなこと言ってられない! まずは今日の混雑を解消するのが先だ!」
気付けば、お客は長蛇の列を作っていた。レジが追いついていなさ過ぎて、列は伸びるいっぽうなのだ。しかしそれでは、商品を選びたいお客にとって邪魔でしかない。この状況を打開するのが、今の最優先事項と言える。
俺は昨日のエコテラと同じく、レジに入って金額の入力を担当した。何、彼女の記憶を思い出せば、電卓の使い方などすぐに分かる。実際に触るのはこれが初めてだが、他の従業員とは比べ物にならない速度で計算ができた。
「相変わらずの電卓捌きですね店長! これなら混雑も多少解決しそうです!」
「そうだな。あ、そういえば思い出した。絶対に注意しておかなければいけないことがあったんだ……」
電卓で計算をしつつ、レジ担当として注意しなければいけないことをマシェラに教えていく。彼女に言っておけば、全員に周知されるのは確実だ。
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