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第三十六話 話をしよう
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「……パトロリーアさん、だっけ? とっても綺麗な人だよね。勝手に記憶のぞかせてもらったけど、誠実だし、芯が入ってるっていうの? 尊敬できる考え方をした女性だよ。身長差はあるけど、真面目で誠実なエコノレ君にお似合いの相手だと私は思うな」
「ちょっと待て、何故ここでパトロリーアの名前が出てくる。今は君と話がしたいんだ。確かに彼女が素晴らしい女性なのは認めるが、今は関係ないだろう。それよりも、さっきの言葉はどういうことなんだ? 君が俺を閉じ込めていたというのは」
俺は彼女の目をまっすぐ見て話をする。今目を離したら、また後ろを向いて目を合わせてくれないと思ったのだ。だから絶対に目をそらさない。これが俺なりの、誠実さの表し方なのだから。
そりゃ、女性経験の全くない俺だ。恥ずかしくないと言えば嘘になる。彼女は可愛らしいし、庇護欲をそそられる魅力的な女性だ。めちゃくちゃタイプである。
しかし今は、それどころではない。自分の感情に流されて、この場をなあなあで終わらせてはならないのだ。
「あれれ、もしかして気付いてなかったのかな。ああ、エコノレ君って結構ピュアだもんね。私から言うのも恥ずかしいんだけど、パトロリーアさんの髪の色を思い出しながら、もう一回自分の世界の色を見てみなよ」
エコテラは少々恥ずかしく思ったのか、顔はこちらに向けたたま、視線だけを逸らしてそういった。まあ、顔がこっちを向いているのなら良い。俺と対話する気があるということなのだろう。
取り敢えず彼女の言うとおりにしてみる。
思い浮かべるのは、俺が惚れた女性の髪。金色で、彼女の力強くも儚げな瞳を彷彿とさせる、美しい髪だ。いつでも手入れを怠ることはなく、完璧に整えられていたのをよく覚えている。
そしてそのまま、俺はこの精神世界の空を見上げた。
目に飛び込んできたのは、ちょうど今想像したのとまったく同じ色だった。力強く、しかして朧げな儚さをはらんだ金色。俺の惚れた女性と、まったく同じものがそこにある。
ようやく理解した。この世界は、俺が作り出したものだ。そしてそれは、俺が最も強く願うものを映し出す鏡。嘘を吐けない、本心の体現なのだ。きっとこの世界には、まだ俺の本心が隠れているのだろう。探せばいくらでも溢れてくるはずだ。
言いたいことは分かった。俺の世界の色が見えたから、彼女はあの話題を出したのだろう。
そう考えて、俺は彼女へ視線を戻す。しかし、俺はどうしても、彼女の目を見ることができなかった。彼女よりももっと後ろ、その空の色に、意識が集中してしまう。
彼女の空の色、世界の色は……。
「いやだな~、ホントに。こういうのあんまり好きじゃない。小学校の時、初恋の人をバラされたときと同じ気分だ。これがロンジェグイダさんのいたずらだっていうなら、安心なんだけどね」
「……そ、その、なんだ。エコテラの空の色は……赤か。青や黒ではなくて、”赤”なんだな。日本というところでは赤毛は珍しいはずだが」
いや、俺は何言ってんだ。分かるだろ、普通。どうして気付かないフリなんてしてるんだ俺は。ここに来て恥ずかしくなったのか? 心も身体も、記憶だって共有している彼女に、何を今更恥じることがある。
「ホント、そんなつもりなかったんだけどな。自分でも気付かなかったよ。君を……好きになってるなんて。恥ずかしいよね、私は君を助けるために来たんだから、ホントは君が私に惚れるところだよ? こんなにかわいくて尽くしてくれる子、他にいないんだから」
分かっている、これは彼女なりの照れ隠しだ。こんな形で自分の想いに気づき、そしてそれを直接本人に見られた。これほど恥ずかしいこともないだろう。
こういう時、彼女は吹っ切れたような態度をとる。自分のことのように良くわかるぞ。
しかし内心、まったくと言っていいほど吹っ切れてなどいない。むしろ彼女は、どうにかして誤魔化せないかと考えるのだ。自分の想いにすら嘘を吐いて、何でも無いかのようにその場を乗り切ろうとする。そして後から、その行為に理路整然とした理由を作ってしまうのだ。そうやって、自分の気持ちに蓋をする。だから今の俺がするべきは……。
「話してくれ、全部。心を共有するだけでなく、記憶を覗くだけでなく、君の口から、全部話してほしい。俺がそれを、全部受け止めて見せよう。そして俺も全部話す。君がまだ知らないことも、知っていて受け止められないことも、敢えて全部話そう」
「……そういうところだよ、エコノレ君。そういう真面目でまっすぐなのが良くない。……分かった、全部話すよ。その代わり、君のこと根掘り葉掘り全部聞くから! 主にパトロリーアさんについて!」
正直、めちゃめちゃ恥ずかしかった。自分に想いを寄せている女性に、あんなことを言うのはとても恥ずかしいし、勇気がいる。
何より、その想いに対する返答は、この場所が示しているのだ。彼女にとっても、ひどく辛いことを言っている自覚はある。それでも、俺たちは話し合うべきなのだ。
「私ね、カッツァトーレさんの話を聞いた時からずっと、思ってたんだ。君に嫌われたくない。君に必要とされる、君に頼られる、そんな私でありたいって。私って、すっごく不安定な存在みたいなんだよ?」
なるほど、彼女の心がここまで揺れ動いているのは、カッツァトーレのあの話が原因か。
彼女の記憶を辿ると、エコテラにとってはとても辛い話のようだ。俺が一人前になったとき、他の精霊のように消えてしまうかもしれないと。
そんなの悲しすぎる。俺が彼女を呼び出して、彼女の生活を破壊して。そのうえ必要なくなったらポイっといなくなる。そんなことは、俺だって望んでいない。せめて彼女が幸せになるまでは、ずっと傍で支えてあげたいと思う。
「それでね、私考えたんだ。もっと君の役に立ちたいって。そしたらいつの間にか、『役に立ちたい』が『褒められたい』に変わっちゃってて。張り切り過ぎちゃったのかな、君の気持ちも考えず、私が一人で全部進めちゃってた」
「なるほど、俺に役に立つところを見せようとして、一人で頑張りすぎたわけだ。そのために、俺を精神世界に閉じ込め続けていた。ただの人間である俺よりも、パラレルさんに召喚されたエコテラの方が生物的な格が上だから、知らないうちにこの肉体の制御権を譲渡してしまっていた」
恐らくだが、この肉体は既に彼女に屈している。俺ではなく、彼女の気持ちの方が優先されるように動くのだ。だから、俺がどれだけ強く店に関わりたいと願っても、彼女の役に立ちたいという願いの方が優先され、俺が表に出ることは出来なくなっていた。
思い出してみれば、ずっと前から兆候はあった。
それは初めてマーケットに行ったとき。迷子のディリト少年を見つけた瞬間、俺の頭の中に、今のエコテラの声が聞こえた。彼を助けてくれと。
俺にそんなことは出来なかった。精神世界で意識が覚醒している時でも、表にいる彼女に語りかけることは不可能だったのだ。それが出来るのなら、わざわざロンジェグイダに頼んでここに来る必要もなかった。
「それに多分、エコノレ君に出てきてほしくなかったんだと思う。きっとエコノレ君なら、私よりも上手くやれるから。確かに知識の面では私の方が優れてるよ? でも実際に人を相手するなら、やっぱりエコノレ君の方が上手だ。私の無能さが露呈するのが嫌で、君をずっと閉じ込めてた。本当にごめんなさい」
「君が謝ることはないさ。それに、エコテラだって上手くやっていた。きっと俺が試運転を仕切っていても、あれほどの業績を上げることは出来なかったよ。普段こんな感じだけど、本番に弱いタイプなんだ俺。君だって知っているだろ?」
エコテラは実に上手くやっていた。ヘタクソながら俺のモノマネをし、皆を騙して自分も騙して。結果、商店は大成功を納めた。マーケット史上類を見ないほどの大金が動いたのだ。俺では、ああはならなかっただろう。
「ああ、パトロリーアさんの婚約のときね。エコノレ君すっごく緊張してて、馬車の中でのたうち回ってたっけ。アレは面白かったな~。思い出すだけで笑えて来るよ」
「自分で言っといてなんだが、あんまり恥ずかしいことを思い出させないでくれ。俺の人生史上最大の黒歴史だ。それを言うなら、俺だって知っているぞ。エコテラだって中学の頃、好きな男子にラブレターを書こうとして……」
「あー! あー! その話はダメ! 思い出させないでよそんな昔のこと! もう、まさかこの状況で反撃してくるなんて思ってなかった。ここは私の顔を立てて、大人しく恥を受け入れる場面じゃないのかな」
「一人の男として、恥を恥とも思わないのは恥だ。……しかしまあ、女性に恥をかかせるのは最も恥だな。あやまろう、すまなかった」
二人して笑い合う。直接話をするのはこれが初めてなのに、どうしてか俺たちはとても気が合った。どんな切り口で話をしても、相手が傷つかず、喜ぶ返答が出来る。俺たちは、似た者同士なのかもしれないな。
「ねえ、もっと話がしたい! もっといろんな話を聞かせて!」
その日、俺たちは時間も忘れて話し込んだ。今日も商店の試運転があるというのに、それすら忘れてお互いの話に聞き入った。
そして気付くと、いつの間にやら、空は少し青みがかった黒色になっていた……。
「ちょっと待て、何故ここでパトロリーアの名前が出てくる。今は君と話がしたいんだ。確かに彼女が素晴らしい女性なのは認めるが、今は関係ないだろう。それよりも、さっきの言葉はどういうことなんだ? 君が俺を閉じ込めていたというのは」
俺は彼女の目をまっすぐ見て話をする。今目を離したら、また後ろを向いて目を合わせてくれないと思ったのだ。だから絶対に目をそらさない。これが俺なりの、誠実さの表し方なのだから。
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しかし今は、それどころではない。自分の感情に流されて、この場をなあなあで終わらせてはならないのだ。
「あれれ、もしかして気付いてなかったのかな。ああ、エコノレ君って結構ピュアだもんね。私から言うのも恥ずかしいんだけど、パトロリーアさんの髪の色を思い出しながら、もう一回自分の世界の色を見てみなよ」
エコテラは少々恥ずかしく思ったのか、顔はこちらに向けたたま、視線だけを逸らしてそういった。まあ、顔がこっちを向いているのなら良い。俺と対話する気があるということなのだろう。
取り敢えず彼女の言うとおりにしてみる。
思い浮かべるのは、俺が惚れた女性の髪。金色で、彼女の力強くも儚げな瞳を彷彿とさせる、美しい髪だ。いつでも手入れを怠ることはなく、完璧に整えられていたのをよく覚えている。
そしてそのまま、俺はこの精神世界の空を見上げた。
目に飛び込んできたのは、ちょうど今想像したのとまったく同じ色だった。力強く、しかして朧げな儚さをはらんだ金色。俺の惚れた女性と、まったく同じものがそこにある。
ようやく理解した。この世界は、俺が作り出したものだ。そしてそれは、俺が最も強く願うものを映し出す鏡。嘘を吐けない、本心の体現なのだ。きっとこの世界には、まだ俺の本心が隠れているのだろう。探せばいくらでも溢れてくるはずだ。
言いたいことは分かった。俺の世界の色が見えたから、彼女はあの話題を出したのだろう。
そう考えて、俺は彼女へ視線を戻す。しかし、俺はどうしても、彼女の目を見ることができなかった。彼女よりももっと後ろ、その空の色に、意識が集中してしまう。
彼女の空の色、世界の色は……。
「いやだな~、ホントに。こういうのあんまり好きじゃない。小学校の時、初恋の人をバラされたときと同じ気分だ。これがロンジェグイダさんのいたずらだっていうなら、安心なんだけどね」
「……そ、その、なんだ。エコテラの空の色は……赤か。青や黒ではなくて、”赤”なんだな。日本というところでは赤毛は珍しいはずだが」
いや、俺は何言ってんだ。分かるだろ、普通。どうして気付かないフリなんてしてるんだ俺は。ここに来て恥ずかしくなったのか? 心も身体も、記憶だって共有している彼女に、何を今更恥じることがある。
「ホント、そんなつもりなかったんだけどな。自分でも気付かなかったよ。君を……好きになってるなんて。恥ずかしいよね、私は君を助けるために来たんだから、ホントは君が私に惚れるところだよ? こんなにかわいくて尽くしてくれる子、他にいないんだから」
分かっている、これは彼女なりの照れ隠しだ。こんな形で自分の想いに気づき、そしてそれを直接本人に見られた。これほど恥ずかしいこともないだろう。
こういう時、彼女は吹っ切れたような態度をとる。自分のことのように良くわかるぞ。
しかし内心、まったくと言っていいほど吹っ切れてなどいない。むしろ彼女は、どうにかして誤魔化せないかと考えるのだ。自分の想いにすら嘘を吐いて、何でも無いかのようにその場を乗り切ろうとする。そして後から、その行為に理路整然とした理由を作ってしまうのだ。そうやって、自分の気持ちに蓋をする。だから今の俺がするべきは……。
「話してくれ、全部。心を共有するだけでなく、記憶を覗くだけでなく、君の口から、全部話してほしい。俺がそれを、全部受け止めて見せよう。そして俺も全部話す。君がまだ知らないことも、知っていて受け止められないことも、敢えて全部話そう」
「……そういうところだよ、エコノレ君。そういう真面目でまっすぐなのが良くない。……分かった、全部話すよ。その代わり、君のこと根掘り葉掘り全部聞くから! 主にパトロリーアさんについて!」
正直、めちゃめちゃ恥ずかしかった。自分に想いを寄せている女性に、あんなことを言うのはとても恥ずかしいし、勇気がいる。
何より、その想いに対する返答は、この場所が示しているのだ。彼女にとっても、ひどく辛いことを言っている自覚はある。それでも、俺たちは話し合うべきなのだ。
「私ね、カッツァトーレさんの話を聞いた時からずっと、思ってたんだ。君に嫌われたくない。君に必要とされる、君に頼られる、そんな私でありたいって。私って、すっごく不安定な存在みたいなんだよ?」
なるほど、彼女の心がここまで揺れ動いているのは、カッツァトーレのあの話が原因か。
彼女の記憶を辿ると、エコテラにとってはとても辛い話のようだ。俺が一人前になったとき、他の精霊のように消えてしまうかもしれないと。
そんなの悲しすぎる。俺が彼女を呼び出して、彼女の生活を破壊して。そのうえ必要なくなったらポイっといなくなる。そんなことは、俺だって望んでいない。せめて彼女が幸せになるまでは、ずっと傍で支えてあげたいと思う。
「それでね、私考えたんだ。もっと君の役に立ちたいって。そしたらいつの間にか、『役に立ちたい』が『褒められたい』に変わっちゃってて。張り切り過ぎちゃったのかな、君の気持ちも考えず、私が一人で全部進めちゃってた」
「なるほど、俺に役に立つところを見せようとして、一人で頑張りすぎたわけだ。そのために、俺を精神世界に閉じ込め続けていた。ただの人間である俺よりも、パラレルさんに召喚されたエコテラの方が生物的な格が上だから、知らないうちにこの肉体の制御権を譲渡してしまっていた」
恐らくだが、この肉体は既に彼女に屈している。俺ではなく、彼女の気持ちの方が優先されるように動くのだ。だから、俺がどれだけ強く店に関わりたいと願っても、彼女の役に立ちたいという願いの方が優先され、俺が表に出ることは出来なくなっていた。
思い出してみれば、ずっと前から兆候はあった。
それは初めてマーケットに行ったとき。迷子のディリト少年を見つけた瞬間、俺の頭の中に、今のエコテラの声が聞こえた。彼を助けてくれと。
俺にそんなことは出来なかった。精神世界で意識が覚醒している時でも、表にいる彼女に語りかけることは不可能だったのだ。それが出来るのなら、わざわざロンジェグイダに頼んでここに来る必要もなかった。
「それに多分、エコノレ君に出てきてほしくなかったんだと思う。きっとエコノレ君なら、私よりも上手くやれるから。確かに知識の面では私の方が優れてるよ? でも実際に人を相手するなら、やっぱりエコノレ君の方が上手だ。私の無能さが露呈するのが嫌で、君をずっと閉じ込めてた。本当にごめんなさい」
「君が謝ることはないさ。それに、エコテラだって上手くやっていた。きっと俺が試運転を仕切っていても、あれほどの業績を上げることは出来なかったよ。普段こんな感じだけど、本番に弱いタイプなんだ俺。君だって知っているだろ?」
エコテラは実に上手くやっていた。ヘタクソながら俺のモノマネをし、皆を騙して自分も騙して。結果、商店は大成功を納めた。マーケット史上類を見ないほどの大金が動いたのだ。俺では、ああはならなかっただろう。
「ああ、パトロリーアさんの婚約のときね。エコノレ君すっごく緊張してて、馬車の中でのたうち回ってたっけ。アレは面白かったな~。思い出すだけで笑えて来るよ」
「自分で言っといてなんだが、あんまり恥ずかしいことを思い出させないでくれ。俺の人生史上最大の黒歴史だ。それを言うなら、俺だって知っているぞ。エコテラだって中学の頃、好きな男子にラブレターを書こうとして……」
「あー! あー! その話はダメ! 思い出させないでよそんな昔のこと! もう、まさかこの状況で反撃してくるなんて思ってなかった。ここは私の顔を立てて、大人しく恥を受け入れる場面じゃないのかな」
「一人の男として、恥を恥とも思わないのは恥だ。……しかしまあ、女性に恥をかかせるのは最も恥だな。あやまろう、すまなかった」
二人して笑い合う。直接話をするのはこれが初めてなのに、どうしてか俺たちはとても気が合った。どんな切り口で話をしても、相手が傷つかず、喜ぶ返答が出来る。俺たちは、似た者同士なのかもしれないな。
「ねえ、もっと話がしたい! もっといろんな話を聞かせて!」
その日、俺たちは時間も忘れて話し込んだ。今日も商店の試運転があるというのに、それすら忘れてお互いの話に聞き入った。
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