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第三十話 強敵、肉屋ッ!

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 昨日の夜、私はみんなと沢山話をした。特にカッツァトーレさんとは、初めましてにしてはかなり長話をしたと思う。どうしても、もう一人の彼の話を詳しく聞きたかったのだ。これは他人事じゃない。

 でも結局、私が消えない方法は見つからなかった。
 いや、希望的観測をするのなら、消えない可能性だって充分にある。私とカッツァトーレさんは、まったく同じという訳ではない。

 カッツァトーレさんは自分で相反する性質を持つ人格を作ったけど、私は地球で生きていた。それを、パラレルさんが連れてきたのだ。言うなれば、あの人がエコノレ君に、私という人格を作って与えたとも言える。

 カッツァトーレさんとパラレルさんとでは、生物としての格が違い過ぎた。そもそも精霊種というのは、パラレルさんがこの世界に立ち寄った時に漏れ出た、彼の力の一端でしかない。

 蜉蝣があの人と接続し続ける限り、精霊種が滅びを迎えることはないけれど、彼が何か意図して作った存在ではないのだ。

 対して私は、彼が自ら手がけた存在。言うなれば、私は精霊種の完全上位互換。
 私には彼らの戦闘能力はないし、自然とともに生きることも出来ない。けれど、生物、そして精霊としての格は、私の方がずっと上なのだ。

 だから、私が消えてしまわないという可能性も、充分にある。エコノレ君の意志に関係なく、私がずっとここにいられるというのは、まったくありえない話ではないのだ。

 けれど、だとしても、その恐怖は私に刻み込まれてしまった。エコノレ君が私を必要としなくなったその時、私はここからいなくなってしまうんじゃないかって。それしか考えられなかった。

 カッツァトーレさんには、結局この気持ちを伝えることが出来なかった。
 だって、彼はもう一人の自分がいなくなったことを、もう受け入れているんだ。そして、そのおかげで精神的に強くなった。こっち側の気持ちなんて伝えたら、それが揺らいでしまうかもしれない。彼にとって、それは害にしかならないだろう。

 だからこの気持ちは、私の中にとどめておくことにした。あれほど仲良くなったアラレスタにも、ランジアちゃんにだって、私はこれを話すことが出来ない。もしかしたら、二人にも似たような過去があるかもしれないのだから。

 大丈夫だ、こういうのは慣れている。前世だって、私はこういった気持ちの動きを、誰に相談するでもなく自分の中だけで解決できていた。私は弱いけれど、ただ弱いだけの人間ではないと、ずっと信じている。

 だから悲観することはない。きっと、どうにかする方法が見つかるはずだ。それこそ、ロンジェグイダさんやコンマーレさんに頼ればいい。大賢者と称される彼等ならば、必ず解決策を見つけてくれるはずだ。

 ゆえに今は、自分のことではなくエコノレ君のことを考える。元より、私がここに来たのは彼を救うため、彼を幸せにするためだ。私を頼ってくれるエコノレ君のために、自分の感情など無視して行動することもいとわない。

「でも、面倒な仕事だけ残してくれたね、エコノレ君は。まさか、私が一番相手したくない肉屋だけ交渉を終わらせてないなんて。確かにあの肉屋相手に疲れた頭で望んでも返り討ちに遭うのは分かるけど」

 そう、昨日エコノレ君が必死になって取り付けてくれた仕入れルート。ほとんどは許諾を得て、もう動き始めてくれているのだ。
 しかしただ一軒、肉の市場を独占していた、あの肉屋だけ残っている。それだけ、エコノレ君も警戒しているのだろう。

 彼の交渉術は見事なものだった。誠実で真面目、駆け引きなんて頭にもないように見せて、その実細かなウソを吐き続けている。カッツァトーレだって、いくつか騙されていることがあった。しかし誰も、彼の真面目でまっすぐな性格を信じて、それを疑っていないんだ。

 だけど、肉屋相手にそれは通じない。アレは頭のキレる相手だ。ウソに感づかれれば、そこを起点に不利な条件を引き出されてしまう。
 そもそも最初から、こちらと健全な取引などするつもりはないのだ。必ず、疑いの目を向けてくるはずだ。

 しかしだからと言って、あそこを味方に引き込まない選択肢はない。
 やり口は酷いが、あの店は確かな技術を持っているのだ。経営戦略もそうだが、大型の獣を捕獲する技術。それを見事にさばき、腐敗を抑制する技術。そういったものは、今の私たちにはない。そしてそれが出来る人物に、アテなんかない。

 何より、エコノレ君が言っていた。あの店を味方にしたいと。それが叶えば、必ず業績を上げられるはずだと。
 それは私も同意見だ。あれほど頭のキレる相手。異世界人であっても、近代の知識がなくても、決してバカではないのだ。私たちと対等に話ができる人材は、今のところあそこしかいない。

「エコテラさ~ん、準備できましたか? もうすぐ出発しますよ~」

「わかったよ、アラレスタ。すぐに行くから!」

 アラレスタから声がかかった。当然ながら、彼女も付いてくる。私の病気はまだ良くならないらしい。
 今日はプロテリアも付いてきてくれるらしい。コストーデとは、もう話をしなくて大丈夫なのかな。

 いつの間にか呼び捨てするようになったアラレスタ。向こうはまだ私に敬語を使ってくるけど、彼女の素顔はエコノレ君の記憶で知っている。カッツァトーレの前だと、砕けた口調になってしまうのだ。

 まだ出会って数日しか経っていないけれど、みんなとは随分仲良くなったような気がする。こんなに早く打ち解けられるのは、ひとえにエコノレ君の人徳あってこそだ。以前までの私だったら、こうは行かなかった。

 そしてだからこそ、エコノレ君のために頑張る価値がある。エコノレ君が出来ないこと、本当は私も出来ないはずだけど、それを乗り越えてみせるのだ。それが、私の役割だから。

 向かう先は、当然件の肉屋だ。今日はもう、他に予定は入れていない。あそことの交渉に集中するため、別口の案件は入れないことにしたのだ。

 朝も早いというのに、マーケットの中は今日もにぎわっている。みんな日々を生きるのに必死なのだ。そしてそんな人生を、各々楽しんでいる。この場所からは、そんな雰囲気が漂っていた。

 私はそんな人々の騒がしさに混じって、マーケットの中を突き進む。肉屋はきっと、場所を変えていないはずだ。あの店の集客力を支えているのは、その立地と商品の珍しさ、そして迫力。どれかが欠ければ、彼らが戦うことは出来ない。

「予想的中、やっぱり移動してなかった。だけど、まだ開店していないみたい。さてどうしようか」

 彼らは、毎日肉を販売している訳ではない。当然だ、いくらあの肉屋とは言えど、毎日大型獣の肉を捌くことは出来ない。時期を見て売っているはず。

 しかしこれは困った。開店していなければ、交渉のしようがない。どうにかして、あの店主に会えないものか。

「エコテラさん、ひとまずバックヤードに行きませんか? もしかしたら人がいるかもしれないですし」

「そうだね、誰かに会えないことには何も始まらないや」

 肉屋は、このマーケットにしては珍しく、小規模ながらバックヤードを持っていた。そこに商品を保管しているのだ。
 恐らく肉類ではなく、それの付け合わせとして売っていた、野菜や香草の類だろう。

 露店の裏に回り、少々失礼だがバックヤードを見させてもらう。
 というか、不用心じゃないか? 商品を盗まれるかもしれないのに、この店のバックヤードには警護の一人もいない。

 もしかして、今日は店を出さないのだろうか。普段は肉類以外のものも売っていると聞いたけど。

 恐る恐るバックヤードを覗いてみたら、そこには大量の商材が置いてあった。香草を始めとして、基本的には野菜中心だ。あとは……魔法の道具? こんなのも売っていたのか。

「……エイヤーッ! 泥棒確保!」

 突如、私は背後から突き飛ばされ地面に転がった。
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