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第十九話 コンシューマリズム
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私は最低だ。近代経済学を学んでいたものとして、最も忌避されるべきことを成そうとしている。いくらエコノレ君のためとはいえ、これでは経営者失格だ。
市場において競争企業を排除し、価格決定権を完全に掌握する独占市場。
この場合通常よりも商品は割高になるが、消費者はその企業からしか商品を得られない。企業側からすれば、こんなにおいしい話もないだろう。
この世界には、まだスーパーマーケットというものが存在していない。スーパーが誕生すれば、肉屋や八百屋といった商店は全て廃業に追い込まれ、他のスーパーが出現するまでは市場を独占できる。
実際日本でも、スーパーが誕生してから急速に個人商店が廃業していった。これが、シャッター街の大きな原因でもある。
強力なチェーン企業の前に、個人商店の力など無力なのだ。
計画的陳腐化政策。例えば携帯電話やゲーム機などのように、次世代機が誕生するたび、多くの顧客がこぞって手に取る商品がある。
あれらは開発を進めるほどに利益があがる業種なのだ。
それを、ほんの些細な変化しか持たせていない次世代機を開発し、半年など早いペースで世代交代を行うとどうなるか。
一定数の顧客は古い機種を手放し、次世代機を手に取る。実際には大した機能も付いていないのに。
こうすれば研究開発費用を割安にでき、効率的に需要を煽ることができる。顧客にはなんの情報も与えず、一世代前とほぼ変わらない商品を売り続けることが可能になるのだ。
私たちの場合で言うと何だろうな。毎月新しい調味料を開発し販売する、とかならこれが使える。少々難易度は高いが、そもそもこういった学問を知らない連中相手なら問題ないはずだ。
最初の数か月は地球の知識の中から目新しい調味料を開発し、顧客に信用を芽生えさせる。毎月新しい調味料をこの地に定着させ、顧客が特にその調味料の実用性を考えなくても、私たちの商品だからと愛顧心で手に取るようになるまで粘るんだ。
そこまで出来ればもうこちらの勝ち。ネタ切れが来ても、些細な変化を持たせた新しい調味料を販売し始め、顧客にこれを買わせる。開発費用はそれまでよりも大きく削減できるようになり、売り上げも安定するだろう。
ただしこの作戦は、時が経てば流石にバレる。顧客は新商品とそれまでの商品にさした差がないことに気付き、手に取るのを止めるのだ。
しかし、恐らく3年は持つだろう。それだけあれば充分だ。何にしたって、私たちの寿命は数年しかないのだから。きっと3年後には、エコノレ君が向こうの大陸に渡る算段を立てているはずだ。
最後に、不当廉売。これは、私たちの独占を維持するための最終装置だ。
私たちが個人商店を排除し終わった後、確実に別のスーパーマーケットが誕生する。しかしそんなもの、私たちからすれば邪魔でしかない。
不当廉売とは、近代経済においては価格競争のタブー。独占禁止法で取り締まられている。
商品を異様に安い価格で売り出し、顧客の来店を煽るのだ。
簡単に言えば、通常たまご一パック150円として、これを80円で売り出すということ。それも長期にわたって。バカみたいに安い割引政策を長期間実施するということだ。
当然そんなもの、赤字が出続けて企業にとっては損害でしかない。小規模の店なら簡単に廃業してしまう。
そもそも不当廉売の対象になる商品は、元々度重なる企業努力によって、ほとんど仕入原価と同じような値段で売られている商品だ。それは、中小企業への打撃は大きいだろう。
しかしこれを、力のある大企業にやられるとたまったものではない。
大企業はそれまでに売り上げた資金プールがあり、この程度では損害にならないのだ。
そして不当廉売の最大の力は、顧客を他店から根こそぎ奪い取る点にある。
当然だ。消費者からしてみれば、不当廉売なんて超特大セールでしかない。普段高い金出して買ってる商品を割安で買えるのだから、こんなに嬉しいことはないんだ。
結果、顧客が来店しなくなった中小商店は廃業。元々資金のあった大企業だけが生き残る。これで独占市場の完成だ。
現代の日本では禁止されているというだけで、独占市場を作り出す方法なんていくらでもある。
こういった内容を木簡にまとめていく。現在の市場の状況から使えそうな手段を導き出し、忘れないように整理するのだ。
だがこんなこと、協力してくれる彼らには明かせない。反対され、もしかしたら協力を止めると言われかねない。
だから彼らには分からないよう、全て日本語で記した。コンマーレさんにだけは、絶対に見つからないようにしないとな。
「はぁ、コンシューマリズムは何処へ行ったのか……」
「ん? 何か言いました?」
小声で言ったつもりが、アラレスタさんには聞こえてしまったらしい。いや、何でもないですよと伝え、話を濁した。
というか、自分の気持ちを濁したかったのかもしれない。
商業高校のマーケティング、経済学で一番最初に習う内容。コンシューマリズム。
経済的弱者である消費者の権利を強め、市場の主権を消費者のものとする主張。
近代ではこれが経済の基礎になっている。理由は当然、私がやろうとしているようなことを、企業にさせないためだ。こんなものは、消費者にとっては害悪でしかない。
ケネディ大統領に怒られてしまうな。彼が提唱した消費者四つの権利。安全である権利、知らされる権利、自由選択の権利、意思が反映される権利。
このうち知らされる権利と、自由選択の権利を私は侵害しようとしている。
当たり前だが、私の計画は消費者が商品に対する理解を深めてしまえば、簡単に破綻する。だから消費者にはなんの情報も与えない。
そして市場の独占は、すなわち自由選択をさせないということである。
自由な選択というのは、何も商品だけに当てはまるものではない。どの店で商品を買うか、どの値段の商品を買うか。そういった部分にも当てはまるのだ。
その点、市場を独占してしまえば、消費者は私たちの商店から商品を買うしかなくなり、値段も割高のものを選ばざるを得ない。
これでは、コンシューマリズムなどあったものではないな。
「エコテラさんさっきから熱心に書いてるけど、それは何?」
ドキリとした。ランジアちゃんが、計画をしたためた木簡を覗き込み、そう聞いてきたのだ。
だけど何が書いてあるかは分からない様子。良かった。
「これは私たちが作るお店の経営方針というか、こうすれば利益を上げられるよな~ってまとめてるの。こういうのは私の仕事だからね」
「へ~、例えばどんなことが書いてあるんですか? 僕らも協力者な訳ですし、知っておいた方がいいでしょう。特に僕はほら、経営者の目線で話をしないといけないんですよね?」
プロテリアめ。完全に善意から来ているものだろうけど、今はそういうの止めて欲しい。
いや、彼が自分の立ち位置を理解できていることを、今は素直に喜ぶべきかな。
「そうだね、例えば……」
当たり障りのないことを伝えておいた。経営としては必要な話だけれど、私が計画しているようなあくどいことを何一つ教えていない。
けれど初めて知る経営の知識に、プロテリアは珍しく目を輝かせていた。良心が痛むから止めて。
「とにかく、これで私のメモは終わり。待たせたね。ここからはそれぞれの視点で、具体的にどういう商品を売り出すのが良いか決めていこう!」
それまで必死に計画を練っていた手を止め、今度は話し合いを始める。
私の計画は結局、集客力の強い商店と、安価でみんなから好まれる最高の商品が揃っていないと実行できないんだ。
そういう分野は、私はあまり詳しくない。だから現地人であり森の代表でもあるアラレスタさんを中心に、何の商品を扱うのか決めていく。
その間、私はどうやって肉屋を篭絡するか考えていた。
市場において競争企業を排除し、価格決定権を完全に掌握する独占市場。
この場合通常よりも商品は割高になるが、消費者はその企業からしか商品を得られない。企業側からすれば、こんなにおいしい話もないだろう。
この世界には、まだスーパーマーケットというものが存在していない。スーパーが誕生すれば、肉屋や八百屋といった商店は全て廃業に追い込まれ、他のスーパーが出現するまでは市場を独占できる。
実際日本でも、スーパーが誕生してから急速に個人商店が廃業していった。これが、シャッター街の大きな原因でもある。
強力なチェーン企業の前に、個人商店の力など無力なのだ。
計画的陳腐化政策。例えば携帯電話やゲーム機などのように、次世代機が誕生するたび、多くの顧客がこぞって手に取る商品がある。
あれらは開発を進めるほどに利益があがる業種なのだ。
それを、ほんの些細な変化しか持たせていない次世代機を開発し、半年など早いペースで世代交代を行うとどうなるか。
一定数の顧客は古い機種を手放し、次世代機を手に取る。実際には大した機能も付いていないのに。
こうすれば研究開発費用を割安にでき、効率的に需要を煽ることができる。顧客にはなんの情報も与えず、一世代前とほぼ変わらない商品を売り続けることが可能になるのだ。
私たちの場合で言うと何だろうな。毎月新しい調味料を開発し販売する、とかならこれが使える。少々難易度は高いが、そもそもこういった学問を知らない連中相手なら問題ないはずだ。
最初の数か月は地球の知識の中から目新しい調味料を開発し、顧客に信用を芽生えさせる。毎月新しい調味料をこの地に定着させ、顧客が特にその調味料の実用性を考えなくても、私たちの商品だからと愛顧心で手に取るようになるまで粘るんだ。
そこまで出来ればもうこちらの勝ち。ネタ切れが来ても、些細な変化を持たせた新しい調味料を販売し始め、顧客にこれを買わせる。開発費用はそれまでよりも大きく削減できるようになり、売り上げも安定するだろう。
ただしこの作戦は、時が経てば流石にバレる。顧客は新商品とそれまでの商品にさした差がないことに気付き、手に取るのを止めるのだ。
しかし、恐らく3年は持つだろう。それだけあれば充分だ。何にしたって、私たちの寿命は数年しかないのだから。きっと3年後には、エコノレ君が向こうの大陸に渡る算段を立てているはずだ。
最後に、不当廉売。これは、私たちの独占を維持するための最終装置だ。
私たちが個人商店を排除し終わった後、確実に別のスーパーマーケットが誕生する。しかしそんなもの、私たちからすれば邪魔でしかない。
不当廉売とは、近代経済においては価格競争のタブー。独占禁止法で取り締まられている。
商品を異様に安い価格で売り出し、顧客の来店を煽るのだ。
簡単に言えば、通常たまご一パック150円として、これを80円で売り出すということ。それも長期にわたって。バカみたいに安い割引政策を長期間実施するということだ。
当然そんなもの、赤字が出続けて企業にとっては損害でしかない。小規模の店なら簡単に廃業してしまう。
そもそも不当廉売の対象になる商品は、元々度重なる企業努力によって、ほとんど仕入原価と同じような値段で売られている商品だ。それは、中小企業への打撃は大きいだろう。
しかしこれを、力のある大企業にやられるとたまったものではない。
大企業はそれまでに売り上げた資金プールがあり、この程度では損害にならないのだ。
そして不当廉売の最大の力は、顧客を他店から根こそぎ奪い取る点にある。
当然だ。消費者からしてみれば、不当廉売なんて超特大セールでしかない。普段高い金出して買ってる商品を割安で買えるのだから、こんなに嬉しいことはないんだ。
結果、顧客が来店しなくなった中小商店は廃業。元々資金のあった大企業だけが生き残る。これで独占市場の完成だ。
現代の日本では禁止されているというだけで、独占市場を作り出す方法なんていくらでもある。
こういった内容を木簡にまとめていく。現在の市場の状況から使えそうな手段を導き出し、忘れないように整理するのだ。
だがこんなこと、協力してくれる彼らには明かせない。反対され、もしかしたら協力を止めると言われかねない。
だから彼らには分からないよう、全て日本語で記した。コンマーレさんにだけは、絶対に見つからないようにしないとな。
「はぁ、コンシューマリズムは何処へ行ったのか……」
「ん? 何か言いました?」
小声で言ったつもりが、アラレスタさんには聞こえてしまったらしい。いや、何でもないですよと伝え、話を濁した。
というか、自分の気持ちを濁したかったのかもしれない。
商業高校のマーケティング、経済学で一番最初に習う内容。コンシューマリズム。
経済的弱者である消費者の権利を強め、市場の主権を消費者のものとする主張。
近代ではこれが経済の基礎になっている。理由は当然、私がやろうとしているようなことを、企業にさせないためだ。こんなものは、消費者にとっては害悪でしかない。
ケネディ大統領に怒られてしまうな。彼が提唱した消費者四つの権利。安全である権利、知らされる権利、自由選択の権利、意思が反映される権利。
このうち知らされる権利と、自由選択の権利を私は侵害しようとしている。
当たり前だが、私の計画は消費者が商品に対する理解を深めてしまえば、簡単に破綻する。だから消費者にはなんの情報も与えない。
そして市場の独占は、すなわち自由選択をさせないということである。
自由な選択というのは、何も商品だけに当てはまるものではない。どの店で商品を買うか、どの値段の商品を買うか。そういった部分にも当てはまるのだ。
その点、市場を独占してしまえば、消費者は私たちの商店から商品を買うしかなくなり、値段も割高のものを選ばざるを得ない。
これでは、コンシューマリズムなどあったものではないな。
「エコテラさんさっきから熱心に書いてるけど、それは何?」
ドキリとした。ランジアちゃんが、計画をしたためた木簡を覗き込み、そう聞いてきたのだ。
だけど何が書いてあるかは分からない様子。良かった。
「これは私たちが作るお店の経営方針というか、こうすれば利益を上げられるよな~ってまとめてるの。こういうのは私の仕事だからね」
「へ~、例えばどんなことが書いてあるんですか? 僕らも協力者な訳ですし、知っておいた方がいいでしょう。特に僕はほら、経営者の目線で話をしないといけないんですよね?」
プロテリアめ。完全に善意から来ているものだろうけど、今はそういうの止めて欲しい。
いや、彼が自分の立ち位置を理解できていることを、今は素直に喜ぶべきかな。
「そうだね、例えば……」
当たり障りのないことを伝えておいた。経営としては必要な話だけれど、私が計画しているようなあくどいことを何一つ教えていない。
けれど初めて知る経営の知識に、プロテリアは珍しく目を輝かせていた。良心が痛むから止めて。
「とにかく、これで私のメモは終わり。待たせたね。ここからはそれぞれの視点で、具体的にどういう商品を売り出すのが良いか決めていこう!」
それまで必死に計画を練っていた手を止め、今度は話し合いを始める。
私の計画は結局、集客力の強い商店と、安価でみんなから好まれる最高の商品が揃っていないと実行できないんだ。
そういう分野は、私はあまり詳しくない。だから現地人であり森の代表でもあるアラレスタさんを中心に、何の商品を扱うのか決めていく。
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