※異世界ロブスター※

Egimon

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第二章 アストライア大陸

第七十二話 物量VS物量

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 海水も淡水も、ここに存在する水の悉くが、俺の魔法で消滅した。
 電流と火炎と岩石、海中だからこそ実現できる三属性の混合魔法。単純に水素と酸素を発生させ着火するだけだが、圧力の増幅によって凄まじいエネルギーを生み出せるのだ。

 そして、周囲から途方もない量の海水が流れ込んでくる。この場には、もうドゥフの作り出した淡水などは残っていない。水酸化ナトリウムに浸食され、全てが電離してしまったのだ。また、俺に有利な海水のフィールドが完成する。

 ここには先程と代わって、ペアーの魔力が充満しているのだ。ペアーの魔力は水系統ともう一種類、光系統だ。当然ながら、俺はどちらも扱うことができる。だからこそ、連中をこんなところまで呼び込んだのだ。

「猪口才な……。何度同じことをしようとも無意味なことだ! また俺の濁流魔法で全て洗い流してくれる。メルビレイにペアー、これらの魔力を使い果たせば、もうお前には何もできないだろう!」

 ……超強力な混合魔法を浴びてなお、ドゥフはその場に存在していた。やはり水の精霊、簡単には殺すことができない。全身が砕けた状態ではあるが、順調に肉体を再生しつつある。しかし、間違いなく奴の魔力を削ぎ落すことができただろう。

 そしてドゥフはまた、濁流魔法、廃滅の嵐アボリションストームを用いてここに存在する海水の一切を塗り替えようとする。あれは非情に強力な魔法だ。そう何発も打てるはずはないが、打たせてしまえばこちらが不利になる。

「もし、打つことができるのならな……」

 突如、再生していたドゥフの肉体が12等分に切断される。顔面から何から、全てのパーツがバラバラになっていた。もちろん、奴が放とうとしていた濁流魔法はその場で霧散する。魔法細胞が切断されれば、魔法を放てるはずがないのだ。

「な、何!? 俺の目に見通せなかっただと!?」

 ヴァダパーダ=ドゥフは水の精霊だ。精霊種というのは反則的な強さを持つ生き物で、その特徴として精霊の目を持つ。それは、実像虚像、魔力やその者の本質など、あらゆるモノを見通す異能だ。

 ドゥフは格闘家である。格闘家にとって最も重要なものと言えば、やはりその感覚器官だろう。当然一番比率が高いのは、精霊の目である。だからこそ、ドゥフは自身の目を疑わない。他の感覚に頼ろうとしない。

 そのドゥフ相手に戦うのだ。俺たちは精霊の目を打ち破る必要性に駆られていた。それができなければ、俺たちに勝利はありえないのだ。

 しかして、突破口はあっさりと見つかってしまった。ペアーの、光魔法だ。
 身体から光を放ち太陽に擬態する彼らは、驚くべきことに精霊の目を誤魔化す力を秘めていたのだ。

 光魔法を操作してアーキダハラの格好を取らせると、そこには魔力の塊が存在する。精霊の目は、この魔力を感知しているのだ。このままでは、光系統の魔力だけなのでアーキダハラでないことなど一目でわかってしまう。しかし、ここに空間系の魔力や炎系の魔力など、アーキダハラの持つ属性全てを纏わせたのなら?

「意外にも、俺たち精霊というのは完璧な生き物ではなかったのさ、ヴァダパーダ=ドゥフ。こんな程度のことで騙されてしまうんだ。精霊の目には、致命的に遠近感が足りていない。だから、三対一では絶対に勝てないんだ!」

 空間魔法でドゥフを背後から切り付けたアーキダハラは、すぐさまその場を離脱する。
 ドゥフはアーキダハラ目掛けて魔法を放つが、その全ては俺の乗っ取りで消滅してしまった。再び、俺の支配領域が戻ってきたのだ。

 そして次の瞬間には、今度はウチョニーがドゥフの身体を切断した。既に12等分にされていたドゥフは、今度は半分の半分、48等分にされてしまう。今度も、ドゥフの攻撃は当たらない。

「まんまと俺の作戦に嵌ってくれて助かったぜ、ヴァダパーダ=ドゥフ。さっきの混合魔法がなまじ強力な攻撃だったからこそ、考えもしなかったんだろう。まだ俺の体内に炎系も土系も残っているなんて。化学を知らないお前は、あの攻撃を魔法でしか再現できない」

 まさか考えたはずはない。アーキダハラの像が俺の作り出したものだなんて。
 そこには確実に、空間系や炎系などアーキダハラの持つ魔力が存在しているのだ。炎系を打ち尽くしたと勘違いした奴に、これが理解できる道理はないだろう。

「どこまでも面倒な連中だ。戦うのなら、真正面から魔法の実力で戦うべきだろう! その気がないのなら、こちらの土俵に引きずり込んでやる。濁流魔法、廃滅の嵐アボリションストーム!」

「お断りだ、ヴァダパーダ=ドゥフ! 戦いというのは、始まる以前に決着の着くものさ。それ以前の準備によってな。それに、俺が用意した作戦はこの限りではないぞ! 全部見るまで殺しはしない。津波魔法、開闢の高潮ストームサージ!」

 開闢の高潮ストームサージ。濁流魔法と対を成す、海水系最大質量の津波魔法において、魔力変換効率が最も高い魔法である。この魔法は、周囲に海水が多ければ多いほど大量の海水を生み出す。環境依存型の魔法なのだ。

 ドゥフの廃滅の嵐アボリションストームは確かに強力な魔法だ。一瞬にしてあれほどの物量を生み出せる。正直俺の魔力量では、開闢の高潮ストームサージを用いても対抗することができないほどの物量だ。

 しかし、それは俺一人で対抗する場合の話である。この場には、俺以外にペアーの魔力が充満しているのだ。そして俺は、それを扱うことができる。もちろん、ドゥフの魔法を塗り替えることも可能だ。

 物量と物量の勝負。ドゥフから溢れだす淡水の悉くを、俺が海水に塗り替えていくのだ。
 奴には魔獣を遥かに上回る圧倒的な魔力が備わっている。しかし俺には、それに対抗できるほどの魔力が控えているのだ。

 アーキダハラや、ウチョニーでさえも近づくことのできない水圧。この中に飛び込めば、如何に屈強なタイタンロブスターといえど粉々に砕け散ってしまう。それほどの威力を、この二つの魔法は秘めているのだ。

 戦いは、拮抗していた。俺の魔力はほぼ無限だが、二回目であるにも関わらず、ドゥフはそれに対応できているのだ。本当に、恐るべき精霊の魔力量。これほどの力があれば、あの都市を支配できるのも頷ける。

「だが、決着は付けないといけないよなぁ! いい加減潰れてくれッ! 爆裂魔法ッ!」

 水系魔法と相性の悪い炎系魔法。その中でも特に制御が難しく、水系との併用など至難の業であるはずの爆裂魔法は、本来よりも遥かに簡単に発動した。それは何故か。難しいことなど何もない。俺の十八番だ。

 俺たちの戦場よりもさらに下。水深150m地点から、巨大な爆発の音が聞こえる。
 ひっつき爆弾をこれでもかというほど貼り付けた頑丈な岩が、数百単位で爆発したのだ。当然、ひっつき爆弾は岩の内側に入っているため、内部で圧力が増幅され、想像を絶する威力を発揮している。

 瞬間、辺りには途轍もない量の気体が上昇してきた。呼吸をするのも苦しくなる気体だ。もちろん、こんなところで発生する気体が酸素であるはずがない。

「毒ガスか……。だが今更こんなもので、俺を止められると思ったか! こんなもの、呼吸しなければ良いだけの話よ。見誤ったなタイタンロブスター。精霊の肉体は、魔獣やその他動物とはかけ離れているのだ」

「ああ、見誤っていたさ水の精霊。お前は優秀な指導者ではあるが、やはり所詮遊牧民族だ。それも、山向こうから来た田舎者さ。この辺の地理なんて、調べもしなかったんだな。そしてこの毒ガスの正体も、まだ気付いていない!」

 俺たちの目を、閃光の赤が塞ぐ。それは、この星において最強の攻撃であった。
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