※異世界ロブスター※

Egimon

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第二章 アストライア大陸

第六十八話 鉄の剣、鋼の拳

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~SIDE ボンスタ~

 柄にもなく、真正面からジョルトニーと対峙する。普段物陰から一瞬だけ飛び出し大将を暗殺する俺にとって、正面から、それも一対一というのは、なかなか経験のないことであった。

 しかし、だからと言って今から変えることはできない。ジョルトニーはその抜群の身体能力と五感で、見える範囲ならば何処に逃げようとも追いつけるのだ。俺の足では絶対に振り切れない。筋肉に覆われた彼の肉体は、鈍重なようで異様な機敏さを持っているのだ。

 手に持つ得物は、この時代にはまったく新しい武器、ロングソード。
 鉄製の武器においては製造も早く、重量があり、棍棒のように手軽に扱える。その頑丈さは石製の武器など比較にもならず、現状最強の武器と言える。

 だが、攻撃力だけを追い求めるのならば、俺は既に鉄の剣を上回るモノを持っていた。
 龍断刃だ。タイタンロブスターに伝わるというあの水系魔法は、魔法の練度を上げさえすれば驚くほどの切れ味を発揮する。あの魔法と比べれば、この鉄剣も見劣りするほどだ。

 では何故そちらを使わないのか。龍断刃を使えば、ジョルトニーの槍ごと切断できるのではないか。俺も、数日前までは龍断刃を使おうと思っていた。それを止めた理由と言えば……。

「行くぞジョルトニー。龍断刃・剣ッ!」

 そう、俺もこの数日間、敵の勢力を把握する傍ら、自己鍛錬も怠らなかったのだ。
 その結果、この魔法を生み出すことに成功した。鉄に水を纏わせ龍断刃と同等の切れ味を付与する、付与魔法だ。こんな高度な魔法を独学で生み出した者は、恐らく世界中俺だけだろう。そんな驕りも抱いてしまうほど、この魔法は偉大で崇高だ。

「フン、臆病者が。その光る棒切れに水を纏わせたからと言って、いったい何になるというのか。そんな小手先の魔法で、数十年鍛え上げた俺の技術を上回れるものか! 強くなるのに近道などない。地道に鍛錬を続けた者が、世界で一番強いのだ!」

 ジョルトニーはまっすぐ俺へと近づき、その槍を突き出してくる。
 距離感は約2.5m。まだまだ俺の剣が届く射程ではないが、俺が槍を避けて前進すると、それに合わせてジョルトニーも後退する。

「それがわかっていて、どうしてドゥフなどに付き従うんだ! アレは人間ではないのだぞ。人間と同じ道を歩むことはできない。人間のペースに合わせることはできない。人間の価値観を共有することはできない。お前が抱く理想は、あの男にはない!」

 人間というのは、鍛錬で強くなれる生き物だ。今までに数多の技術を生み出し、長く続く戦の歴史の中で、それを発達させてきた。
 しかし、精霊は違う。彼らは生まれたときから強く、成長とともにさらに強くなる。そこに、鍛錬などという言葉は存在しない。事実、森奥にある精霊の国で使われている言語に、『努力』という単語は存在しないのだ。

 努力の尊さ、人間の尊さというものを理解していながら、何故精霊などに付き従うのか、俺にはまったくわからない。協力するのは良いだろう。俺もニーズベステニー殿と協力関係にある。しかし、国を任せるべきはやはり人間の王だ。

 そんな思いのたけを乗せ彼の槍を盾で受け止め弾き返すが、俺の応戦に興味などないと言わんばかりに、彼は作業的に槍を突く。しかしいくら盾で受けようとも、こちらが剣で切り返す隙は一瞬たりとも生まれなかった。

「……その盾、意外にも硬いのだな。本当は一撃で潰してしまうつもりだったが、まさかこんなに耐えられてしまうとは。認めよう、その盾は強い。生半可な防御魔法などよりもよっぽど。だが、俺はさらにその上を行ってみせるぞ!」

 彼が戦闘の中で最も得意とするのは、そのステップワークだ。相手との距離感を常に測り、ほんのわずかなズレであっても修正する。その間、絶対に攻撃の手を緩めはしない。その足さばきによって、誰も彼の間合いに近づくことはできないのだ。

 槍使いとして、これほど理想的な動きのできる者はいない。槍の長所はそのリーチの長さだ。適切に立ち回り続ければ、剣相手に一方的に戦うことができる。逆に言えば、それを完璧にこなせるジョルトニーに対し何も策を用意していなければ、俺に勝ち目は全くない。終始いたぶられて終わるだけだ。

 であるのならば、仕掛けぬわけにはいかない!

「槍使いの射程を崩すのならば、まずは定石から! ウォータースピアー!」

 俺には魔法の才能がある。とりわけ遠距離攻撃魔法に関しては、教育機関にいた時代から並び立つものはいなかったほどだ。ならば、これを生かさない手はない。

 ウォータースピアーはジョルトニーが管理していた間合いの一切を無視して、彼の顔面を貫かんと直進する。その威力は、獣龍ズェストルにも突き刺さるほどだ。分厚い毛皮と身体強化を持つ準精霊に通用するのならば、人間に通用しないはずがない。

「……遠距離攻撃魔法を得意とする貴様ならば、必ずそれを仕掛けてくると思っていた。俺たちは兄弟だからな。お互いのことは、他の誰よりも良く分かっている。お前のその、魔法の威力さえも。そして、それが俺にとって脅威にならないということも!」

 ……驚くべきことに、ジョルトニーは盾として構えていた左手で、俺のウォータースピアーを受け止めたのだ。獣龍ズェストルにだって通用したそれを、奴は片手で受け止めて見せた。やはり、不死身のジョルトニーは伊達ではない。

「分かっていたさ、お前に俺の魔法が通用しないことくらい。同じ水系魔法の使い手だ。だがな、俺のは磨き上げた技術なんだ。お前の言うところの、一番強い奴の魔法なんだ。それが、ただのバカに否定されてたまるものかよ!」

 続けざまに、俺はウォータースピアーを連打する。一発では防ぎ切られてしまうが、数発同時に叩き込めば奴の体勢を崩せるはずなのだ。

 何も、奴の左手が獣龍ズェストルよりも硬いわけではない。ただ、同じ水系魔法を使うことができて、かつある程度の対抗魔法を持っているだけだ。それに加えて奴の手が普通の兵士よりも遥かに頑丈だから、俺の魔法が通用しない。

 ならば、奴の集中力を削るのが得策だろう。少しでも槍の内側に入り込むことができれば、今度はこの剣を叩き込んでやる。たとえ龍断刃を無効化されようとも、鉄の剣ならばこの重量と切れ味で奴を殺せるはずだ。

 二発、三発。奴はひとつずつ丁寧に魔法を打ち消していく。時に同時に迫る魔法に対しては大きく身体を動かし躱していた。不死身のジョルトニーと言えど、その肉体に魔法を喰らうわけにはいかないのだ。

 それを好機と見て、俺は奴の懐へと飛び込む。当然槍の突きが俺を襲うが、チャンスはもうここしかないのだ。
 盾で受け止められることに賭け、俺は臆さずそのまま突き進んだ。

 直後、俺の左半身に重たい一撃が加わる。左手に持った盾に、槍の穂先が当たったのだ。
 それは今までの突きをも遥かに凌ぐ、まさに必殺の一撃であった。体中に衝撃が走り、痺れが腕から肺までを襲う。あまりの威力に、思わず盾を手放してしまった。

 しかし、おかげでもう槍の間合いを超えている。ついに俺は、奴の安定した間合い管理を崩すことに成功したのだ。
 すかさず剣を振るう。狙うはジョルトニー本人ではなく、これまで俺を苦しめたこの槍だ。

 龍断刃を纏った剣は容易く彼の武器を切断した。ジョルトニーはそれを見るやいなや、潔く残骸を手放し拳を構える。もう、彼を守るものは何もない。あとは、彼の不死身の肉体を滅するのみだ。

 槍と剣ではリーチの差で押されたが、今度は剣と拳だ。当然、俺の方が有利である。

 剣を振るった。龍断刃は直前で対抗魔法に防がれたが、それでも俺の身体能力と金属の重量、そして切れ味が融合した斬撃は、彼の肉体に傷を付ける。

 しかし、彼の鍛え抜かれた筋肉の鎧が、武器の侵入を遮った。傷は浅いのだ。
 少しでも動きが止まれば、今度は反撃がやってくる。俺に盾はもうなく、この拳を真正面から受け入れるしかなかった。

 俺が斬撃を入れると、すぐさま反撃の拳がやってくる。お互いに血だらけで不毛な戦い。
 だが、人間の活動には限界が来るものだ。始めこそキレのあった拳は、傷が増えるごとにその精度を劣らせていく。対する俺の斬撃は、重量に任せた単調なものにこそなっているが、着実に彼の傷を増やしていた。

 どちらが勝利するのかなど、火を見るよりも明らかであった。
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