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第一章 海域
第二十二話 門出
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あの戦いから数日が経過した。
メルビレイの死体はムドラストらによって収集、調理され、部族の者たちにふるまわれた。
俺も炎系魔法で調理の手伝いだ。メルビレイに寄生虫の類は少ないが、どんな細菌がいるか分からないからな。
正直、自分たちが殺した知的生命体を調理するなんて気持ち悪かったが、あれらは知恵なき者たちにも与えられる。彼らには、相手が何であれ関係ないんだ。
俺もいい加減慣れないといけないよな。
さらに俺の罠によってウスカリーニェの大量殲滅にも成功し、アストライア族の行動範囲は広がった。
ペアーもあれから狭い範囲に引きこもっており、この海域は上層から深海までほぼ全てを実質的にアストライア族が支配することとなった。
まあ支配と言っても、こちらは知能のある数が少ない。安全圏が拡大したことで若い連中も移動したが、それでも烏合の衆に変わりはないのだ。
だから統治というほどのものは機能していない。
前回の戦いは侵略戦争ではなく、あくまで防衛線。
確かにアストライアの領地は拡大したが、こちらは拡大への用意がなかったのだ。対応も遅れて当然である。
メルビレイの群れも、結局具体的にどこから来たのか分からなかった。
深海、というかなり範囲の広いことしか分かっていない。そもそも、この海域がどこまで深いのか誰も知らないのだ。
事態はまだ終わっていない。そもそもの原因である、人間たちの方も全く解決していない。彼らは未だに略奪行為を繰り返しているだろう。苦しんでいる人はまだ多いはずだ。
だけどアストライア族には当面の危機が去って、平穏が訪れた。
俺たちは正義の味方ではない。特に俺の言葉では、大人たちは絶対に動いてくれない。弱小の若造だから。
そして俺もまた、特に人間たちを助けたいとは思わない。
元人間として、ここまで人間に冷酷になれるのは、ある種才能なのかもしれない。
メルビレイの長には共感し、群れには情の念を感じた。ウスカリーニェには尊敬を、ペアーには好敵手としての誇りを、それぞれ抱く。
しかし人間に対してだけは、どうにもこれと言った感情が浮かばない。
まだこの世界で直接対面していないからだろうか。それとも俺が意識的に人間を否定しようとしているのか。
何にせよ、もっと人間について知っておく必要がある。
この世界に数多と存在する知的生命体の中でも、人間種は特に多い。その分知識量も多いはずだ。
何より海中よりも地上の方が勝手が良いこともあるだろう。
ムドラストも驚くべき知識量を持っているが、彼女のそれは実用に特化している。しかし時に全く意味のない研究から、とてつもない発見をするのが人間だ。
俺にはそれが必要であり、どうしても掴み取らなければいけないのだ。
アストライアの中では既に収束した事件。皆それぞれの生活を取り戻している。
皆がいつも通り生活しているのだから、俺もそれに倣わないわけにはいかない。
今日も俺はムドラストの家へ赴く。いつも通り、魔法の訓練だ。しかし用件はそれだけではない。今日は父もウチョニーも呼んでいる。話さなければいけないことがあるのだ。
「やあ、よく来たな。話があるということだが、魔法の訓練をしながらでも良いだろう。こっちに来なさい」
ムドラストに導かれるまま、彼女の邸宅入口の横にある穴を通る。
彼女の家は崖のように垂直な場所を掘り進んで作られており、別の通路から訓練用の広場に出られるのだ。
とはいっても広場も崖の中にあり、ムドラストが長い時間を掛けて掘削と補修を繰り返して作り上げたもの。数百年経とうとも崩れない設計をしているそうだ。
今日の話は重要だが、場の流れのまま進めてしまってもいい。そして俺たちにとって一番ちょうどいいのは、魔法の訓練だ。
魔術師にとって並列思考は何よりも大事であり、俺の得意分野だ。
そして俺にはもう一つ狙いがある。ウチョニーだ。彼女もムドラストとともに魔法の訓練をしているが、並列思考は不得意なのだ。
少々外道ではあるが、彼女の思考が安定しないうちに決めさせてしまいたいことがある。
「よし、今日は空間系魔法の訓練をするぞ。ニーズベステニー、君にはこれから必要な分野だろ?」
まったく、師匠は全てを見透かしているようだ。俺が何を話そうとしているのかも理解している。
「空間魔法か~久しぶりであるな。しかしそんなもの、何に使うんだ? 確かに実用性の高い魔法だが、応用性には欠けるだろ」
父は俺よりも先に到着していたようだ。既に何度か魔法を使用してアップ済みのようで、彼の魔力は完成されている。
彼の巨体であってもこの広場はまだまだ余っており、その大きさを窺わせる。
ウチョニーはまだ来ていないようだ。彼女は少々家が遠いからな。
いつも暇そうにしているが、彼女の本分は防衛であり、部族の端っこでウスカリーニェなど天敵の侵入を食い止めるのが仕事だ。
それに彼女は水流操作も得意ではない。瞬間的なスピードは俺を大きく上回るが、魔力の絶対量が少なく持久力がないのだ。彼女が一番遅れても仕方はない。
なら、俺も少しアップをしておくか。
水流操作や身体強化は常に使っているが、こんなのは日常的な魔法で、言うなれば歩いたりしゃがんだりするのと変わらない。
だから必要なのは、もっと出力の高い魔法。
水流操作はもう慣れ過ぎてしまったから、あれで走るのは無駄だ。アップにならない。
空間系の訓練ということなら、アップも空間系の方が良いだろう。
単純に空間魔法の穴を広げ、海水を限界まで吸収して放出。感覚的には、息を思いっきり吸い込んで、それを一気に吐き出すようなものだ。
少しずつ出力を上げていって、魔法の発動を活性化させておく。
俺の家とムドラストの家は近いから寝起きだったが、これをするだけで調子が出てくる。
「ごめん遅れた! もう訓練始まってる!?」
俺がアップをしていると、焦ったような様子でウチョニーが駆け込んできた。
「いいや、まだ二人ともアップしてるよ。ウチョは水流操作を使ってきたんだろ。お前にはそれで充分さ」
ムドラストの言う通り、ウチョニーには水流操作で全速力を出すだけでも魔法的負荷は大きい。アップとしては充分だ。
というか、彼女は空間系魔法が使えないはずだが、今日の訓練は意味があるのだろうか。
俺たちタイタンロブスターは、先天的に魔法を持たない。欲しいと感じた魔法は、最低一回脱皮を迎えることで魂臓により生成できる魔力の属性を増やし、使えるようにしなければならない。
しかし彼女の場合、身体を大きくするのと近接戦闘能力の向上に脱皮の異能を充てているため、空間系の魔力を生成できないはずだ。
空間系の魔力が体内に存在しなければ、当然空間系魔法を行使することは不可能である。
それともムドラストには何か考えがあるのか。
「いいか三人とも。ここに用意した、数種類の石を同時に空間系魔法で収納しろ。それを記憶し、ひとつずつ別々に収納から出すんだ。簡単そうで、結構難しいぞ」
色とりどりの石。名前も知らない石だ。
それを一度に収納する。今、俺の空間系魔法にはこの石数個しかない。
「ではまず、真四角の石を」
おっと~? そういう風に指示されるのか。
はて、真四角の石は何色だったか。っていうか、空間収納のどの辺にあの石があるんだ!?
父は即座に石を出して見せた。赤色だ。
なるほど、赤色赤色……。おっとこれは青色だ。これガチでムズイな。
「ほらほら、ニー。訓練中に話したいことがあるんだろ? 並列思考で話してみると良い」
薄ら笑いを浮かべている……。
「ちょっと悪趣味じゃないですか、師匠」
「これが出来なければ、お前の目論見は成立しないぞ~。ホレ、次は星型だ」
次々に指示が飛ばされてくるが、仕方がない。それに何より、ウチョニーはこの場で一番難儀している。今のうちに全て話してしまおう。
「俺、旅に出ようと思う」
「フム、旅か。旅は良いぞ。我は反対しない。しかし何のために旅に出るのだ」
父は即答した。その昔、彼も旅をしていたのだ。旅先でクーイクと出会い、母と出会い、そして今の力を得た。父は旅の利点を完全に理解している。
「理由。それは、アナタに対抗する力を獲得するためです。父さん」
「我に?」
「はい、父さんの力は強力過ぎる。師匠と海龍クーイクが抑制できるとは言え、現状父さんに反抗できる戦力はいない。だから、旅に出て俺がもっと強くなることで、パワーバランスを安定させようと思います」
ここで得られる力は限られている。ムドラストの魔法に、アグロムニーの肉体改造。理論は全て頭に叩き込んだ。あとは旅の最中でも習得できるはず。
俺がここ数年優先的に獲得してきたのは、脳細胞。特に記憶に関する細胞である。短い期間の学習でも全て頭に入れることが可能だ。ムドラストの真似事だが。
「なるほど、パワーバランスか。確かに我の力を恐れる者は一定数存在する。民を安心させるためにも、我に等しい力を持つ者の出現が必要だ。だが、だからと言って我も強くなることを止めはしないぞ、息子よ」
「分かっている。父さんはそういう人だ。ただ、一人で旅に出るのはまだ不安が残る。だから……」
ヤバいな、ここまで来たのに言い出せない。話の流れで一気に進めようと思ってたんだが、噛んでしまった。
ええい覚悟を決めろ、男ニーズベステニー!
「だから、ウチョニー。俺に付いてきてくれないか?」
やべー言っちまった! 口から出た言葉はもう飲み込めん。さあどう出る。どう出るんだ!?
「そんなこと言うためにアタシを呼んだわけだ。回りくどいことしなくても、言ってくれたら当然付いて行くよ。ニーと一緒にいると楽しいから!」
表情は分からない。しかし何故か、俺には彼女が笑っているように見えた。
きっと彼女には可愛い弟程度にしか思われていないだろう。今はそれでもいい。だけど俺は彼女が近くにいる限り、もっと格好の良い男になろうと頑張れる。そしていつか、真に格好いい男になったとき、全て伝えようと思う。
メルビレイの死体はムドラストらによって収集、調理され、部族の者たちにふるまわれた。
俺も炎系魔法で調理の手伝いだ。メルビレイに寄生虫の類は少ないが、どんな細菌がいるか分からないからな。
正直、自分たちが殺した知的生命体を調理するなんて気持ち悪かったが、あれらは知恵なき者たちにも与えられる。彼らには、相手が何であれ関係ないんだ。
俺もいい加減慣れないといけないよな。
さらに俺の罠によってウスカリーニェの大量殲滅にも成功し、アストライア族の行動範囲は広がった。
ペアーもあれから狭い範囲に引きこもっており、この海域は上層から深海までほぼ全てを実質的にアストライア族が支配することとなった。
まあ支配と言っても、こちらは知能のある数が少ない。安全圏が拡大したことで若い連中も移動したが、それでも烏合の衆に変わりはないのだ。
だから統治というほどのものは機能していない。
前回の戦いは侵略戦争ではなく、あくまで防衛線。
確かにアストライアの領地は拡大したが、こちらは拡大への用意がなかったのだ。対応も遅れて当然である。
メルビレイの群れも、結局具体的にどこから来たのか分からなかった。
深海、というかなり範囲の広いことしか分かっていない。そもそも、この海域がどこまで深いのか誰も知らないのだ。
事態はまだ終わっていない。そもそもの原因である、人間たちの方も全く解決していない。彼らは未だに略奪行為を繰り返しているだろう。苦しんでいる人はまだ多いはずだ。
だけどアストライア族には当面の危機が去って、平穏が訪れた。
俺たちは正義の味方ではない。特に俺の言葉では、大人たちは絶対に動いてくれない。弱小の若造だから。
そして俺もまた、特に人間たちを助けたいとは思わない。
元人間として、ここまで人間に冷酷になれるのは、ある種才能なのかもしれない。
メルビレイの長には共感し、群れには情の念を感じた。ウスカリーニェには尊敬を、ペアーには好敵手としての誇りを、それぞれ抱く。
しかし人間に対してだけは、どうにもこれと言った感情が浮かばない。
まだこの世界で直接対面していないからだろうか。それとも俺が意識的に人間を否定しようとしているのか。
何にせよ、もっと人間について知っておく必要がある。
この世界に数多と存在する知的生命体の中でも、人間種は特に多い。その分知識量も多いはずだ。
何より海中よりも地上の方が勝手が良いこともあるだろう。
ムドラストも驚くべき知識量を持っているが、彼女のそれは実用に特化している。しかし時に全く意味のない研究から、とてつもない発見をするのが人間だ。
俺にはそれが必要であり、どうしても掴み取らなければいけないのだ。
アストライアの中では既に収束した事件。皆それぞれの生活を取り戻している。
皆がいつも通り生活しているのだから、俺もそれに倣わないわけにはいかない。
今日も俺はムドラストの家へ赴く。いつも通り、魔法の訓練だ。しかし用件はそれだけではない。今日は父もウチョニーも呼んでいる。話さなければいけないことがあるのだ。
「やあ、よく来たな。話があるということだが、魔法の訓練をしながらでも良いだろう。こっちに来なさい」
ムドラストに導かれるまま、彼女の邸宅入口の横にある穴を通る。
彼女の家は崖のように垂直な場所を掘り進んで作られており、別の通路から訓練用の広場に出られるのだ。
とはいっても広場も崖の中にあり、ムドラストが長い時間を掛けて掘削と補修を繰り返して作り上げたもの。数百年経とうとも崩れない設計をしているそうだ。
今日の話は重要だが、場の流れのまま進めてしまってもいい。そして俺たちにとって一番ちょうどいいのは、魔法の訓練だ。
魔術師にとって並列思考は何よりも大事であり、俺の得意分野だ。
そして俺にはもう一つ狙いがある。ウチョニーだ。彼女もムドラストとともに魔法の訓練をしているが、並列思考は不得意なのだ。
少々外道ではあるが、彼女の思考が安定しないうちに決めさせてしまいたいことがある。
「よし、今日は空間系魔法の訓練をするぞ。ニーズベステニー、君にはこれから必要な分野だろ?」
まったく、師匠は全てを見透かしているようだ。俺が何を話そうとしているのかも理解している。
「空間魔法か~久しぶりであるな。しかしそんなもの、何に使うんだ? 確かに実用性の高い魔法だが、応用性には欠けるだろ」
父は俺よりも先に到着していたようだ。既に何度か魔法を使用してアップ済みのようで、彼の魔力は完成されている。
彼の巨体であってもこの広場はまだまだ余っており、その大きさを窺わせる。
ウチョニーはまだ来ていないようだ。彼女は少々家が遠いからな。
いつも暇そうにしているが、彼女の本分は防衛であり、部族の端っこでウスカリーニェなど天敵の侵入を食い止めるのが仕事だ。
それに彼女は水流操作も得意ではない。瞬間的なスピードは俺を大きく上回るが、魔力の絶対量が少なく持久力がないのだ。彼女が一番遅れても仕方はない。
なら、俺も少しアップをしておくか。
水流操作や身体強化は常に使っているが、こんなのは日常的な魔法で、言うなれば歩いたりしゃがんだりするのと変わらない。
だから必要なのは、もっと出力の高い魔法。
水流操作はもう慣れ過ぎてしまったから、あれで走るのは無駄だ。アップにならない。
空間系の訓練ということなら、アップも空間系の方が良いだろう。
単純に空間魔法の穴を広げ、海水を限界まで吸収して放出。感覚的には、息を思いっきり吸い込んで、それを一気に吐き出すようなものだ。
少しずつ出力を上げていって、魔法の発動を活性化させておく。
俺の家とムドラストの家は近いから寝起きだったが、これをするだけで調子が出てくる。
「ごめん遅れた! もう訓練始まってる!?」
俺がアップをしていると、焦ったような様子でウチョニーが駆け込んできた。
「いいや、まだ二人ともアップしてるよ。ウチョは水流操作を使ってきたんだろ。お前にはそれで充分さ」
ムドラストの言う通り、ウチョニーには水流操作で全速力を出すだけでも魔法的負荷は大きい。アップとしては充分だ。
というか、彼女は空間系魔法が使えないはずだが、今日の訓練は意味があるのだろうか。
俺たちタイタンロブスターは、先天的に魔法を持たない。欲しいと感じた魔法は、最低一回脱皮を迎えることで魂臓により生成できる魔力の属性を増やし、使えるようにしなければならない。
しかし彼女の場合、身体を大きくするのと近接戦闘能力の向上に脱皮の異能を充てているため、空間系の魔力を生成できないはずだ。
空間系の魔力が体内に存在しなければ、当然空間系魔法を行使することは不可能である。
それともムドラストには何か考えがあるのか。
「いいか三人とも。ここに用意した、数種類の石を同時に空間系魔法で収納しろ。それを記憶し、ひとつずつ別々に収納から出すんだ。簡単そうで、結構難しいぞ」
色とりどりの石。名前も知らない石だ。
それを一度に収納する。今、俺の空間系魔法にはこの石数個しかない。
「ではまず、真四角の石を」
おっと~? そういう風に指示されるのか。
はて、真四角の石は何色だったか。っていうか、空間収納のどの辺にあの石があるんだ!?
父は即座に石を出して見せた。赤色だ。
なるほど、赤色赤色……。おっとこれは青色だ。これガチでムズイな。
「ほらほら、ニー。訓練中に話したいことがあるんだろ? 並列思考で話してみると良い」
薄ら笑いを浮かべている……。
「ちょっと悪趣味じゃないですか、師匠」
「これが出来なければ、お前の目論見は成立しないぞ~。ホレ、次は星型だ」
次々に指示が飛ばされてくるが、仕方がない。それに何より、ウチョニーはこの場で一番難儀している。今のうちに全て話してしまおう。
「俺、旅に出ようと思う」
「フム、旅か。旅は良いぞ。我は反対しない。しかし何のために旅に出るのだ」
父は即答した。その昔、彼も旅をしていたのだ。旅先でクーイクと出会い、母と出会い、そして今の力を得た。父は旅の利点を完全に理解している。
「理由。それは、アナタに対抗する力を獲得するためです。父さん」
「我に?」
「はい、父さんの力は強力過ぎる。師匠と海龍クーイクが抑制できるとは言え、現状父さんに反抗できる戦力はいない。だから、旅に出て俺がもっと強くなることで、パワーバランスを安定させようと思います」
ここで得られる力は限られている。ムドラストの魔法に、アグロムニーの肉体改造。理論は全て頭に叩き込んだ。あとは旅の最中でも習得できるはず。
俺がここ数年優先的に獲得してきたのは、脳細胞。特に記憶に関する細胞である。短い期間の学習でも全て頭に入れることが可能だ。ムドラストの真似事だが。
「なるほど、パワーバランスか。確かに我の力を恐れる者は一定数存在する。民を安心させるためにも、我に等しい力を持つ者の出現が必要だ。だが、だからと言って我も強くなることを止めはしないぞ、息子よ」
「分かっている。父さんはそういう人だ。ただ、一人で旅に出るのはまだ不安が残る。だから……」
ヤバいな、ここまで来たのに言い出せない。話の流れで一気に進めようと思ってたんだが、噛んでしまった。
ええい覚悟を決めろ、男ニーズベステニー!
「だから、ウチョニー。俺に付いてきてくれないか?」
やべー言っちまった! 口から出た言葉はもう飲み込めん。さあどう出る。どう出るんだ!?
「そんなこと言うためにアタシを呼んだわけだ。回りくどいことしなくても、言ってくれたら当然付いて行くよ。ニーと一緒にいると楽しいから!」
表情は分からない。しかし何故か、俺には彼女が笑っているように見えた。
きっと彼女には可愛い弟程度にしか思われていないだろう。今はそれでもいい。だけど俺は彼女が近くにいる限り、もっと格好の良い男になろうと頑張れる。そしていつか、真に格好いい男になったとき、全て伝えようと思う。
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