※異世界ロブスター※

Egimon

文字の大きさ
上 下
12 / 84
第一章 海域

第十一話 脱皮の力

しおりを挟む
 クジラとの戦いから数日が経った。日付的には今日まさに脱皮が来るはず。

 意外なことに、アストライア族はこれほどの文明を持ちながら、暦を知らなかった。
 それもそのはず、ここからでは太陽も月もなかなか観測できないのだ。

 現在アストライア族の日付感覚は、族長であるムドラストを基準に作られている。
 彼女の脱皮周期を基に、自分の脱皮周期を確認したり、産卵の時期を把握したりするのだ。

 ただしここよりも深い、ちょうど超巨大クジラが出現したような地域では、昼と夜の明るさの違いが小さいため、日付を確認することが難しい。それ故彼らに暦の感覚は存在しないのだ。

 対して俺は定期的に水面に顔を出し太陽の位置を確認している。水中からだと、夜だから暗いのか曇っているから暗いのか判断しづらいのだ。

 今は全身達磨状態でムドラストに自宅待機を指示されているため、彼女の妹、ウチョニーが代わりに観測してくれている。

 父アグロムニーも族長ムドラストもクジラの調査のためしばらく外に出ていた。けれど今の俺じゃ食事を取るのも一苦労。だから彼女が力を貸してくれているのだ。

「ニー、太陽を確認してきたよ。え~と、今は午後の三時くらいかな。あと、これご飯ね。エネルギーは足りてると思うけど、一応」

 ウチョニーが俺の部屋に入ってきて、そう口にした。ウチョニーから肉の塊を受け取る。脱皮には相当なエネルギーを使うため、数日から数週間かけて体内に養分を蓄え、一息に行うのだ。

 ウチョニーは俺が作成した太陽の位置から時間を確認する表を見ている。季節ごとにどの程度太陽と時間の関係が変わるのかも考えて作ったものだ。

 ただなぁ、アレ誤差が酷いんだ。まず、この世界の地軸の傾きがどの程度なのか分からない。冬と夏の気温の変化がそう大きくないから地球と近い値で計算してるけど、それでも季節ごとに一時間くらい誤差がある。

 あんなもん使うより、ムドラストの家にあった石時計を使う方が確実だ。

 アレはムドラストが作ったものではなく、地上の人間たちが遺跡から発掘した、いわゆるアーティファクトという奴らしい。
 人間たちではアレを解明できないため、ムドラストが時間をかけて研究しているらしい。

 地上の文明レベルは、紀元前千数百年前くらいの中国と同程度。時計の仕組みが分からなくても不思議はない。

 ムドラストは時を刻む仕掛けというよりも、針が動く構造を研究していたけど。
 水中でも等間隔で針を動かし続ける魔法なんて、俺もムドラストも作り出せてはいないのだ。

 ムドラストは前に時計をよく見せてくれたんだが、俺が時計を作っているのを知った途端、時計の仕組みを教えてくれなくなった。
 俺なら自作で時計を完成させられると思っているらしい。時計なんてどういう仕組みで動いてるか分からんよ。

 まず一日がどこからどこまでなのか正確に分からない。一日が24時間というのはアイツに聞いて知ってるんだが。
 夏至、冬至、春分秋分がいつなのかもまだ分かってない。それを把握できるまでは、今の俺の知識量で時計を作るのは難しい気がする。

「ありがとうウチョニー。もう三時か。体調的にも、そろそろ脱皮が始まりそうだ。脱皮不全になりそうだったらよろしく」

「分かってるよ。ま、ニーは脱皮が上手いからそんな心配はないと思うけど」

 ウチョニーは族長の妹ではあるが、だいぶフランクな口調で話しかけてくれている。

 彼女は年齢こそ俺よりも上だが、知能を獲得したのはほぼ同じ時期。アストライア族の決まりとしては同い年となっている。
 彼女は知能を獲得してから48回目の脱皮を先日迎えた。俺は動けなくてその場に立ち会えなかったが、特になんの問題もなく脱皮を終えられたそうだ。

 しかし身体の大きさは全然違う。実数的には彼女はもう700年近く生きており、大分先輩である。

 彼女が知能を獲得するのは他よりもかなり遅く、代わりに頑丈で強力な身体を獲得していた。アストライア族の領内では父アグロムニーに次ぐ大きさであり、そのパワーも突出して高い。

 正直、魔法をフルで使っても全然勝てない相手だ。魔法の腕に関しては俺の方が上だが、基礎的なステータスで全敗している。だが友人となった今では、これほど心強い味方もいないだろう。

「脱皮っていつまで経っても慣れないんだよなぁ。なんだか、いつ死んでもおかしくないような恐怖がずっと俺の背中に張り付いているようで」

「そう? アタシは脱皮って新しい自分に生まれ変わるもの、死とはほど遠い、生命を拡張する行為だと思ってるけど」

 たしかに、言われてみればそうだ。死ぬリスクはあるが、それを乗り越えた先には更なる生命の輝きが待っている。
 それを考えれば、確かに死とはほど遠いようにも思える。ただ、それには死のリスクを確実に乗り越えられる確信がなければいけないが。

「ウチョニーは強いな。精神力すら俺を上回っている」

「ニー、あのクジラに負けてからちょっと弱気じゃない? ニーはもっと自信満々に未来を見据えている方が似合ってるよ」

 ウチョニーが励ましてくれる。
 言われてはじめて気づいたが、俺は大分弱気になっていたらしい。昔なら脱皮の時にこんなことは言わなかった。俺もウチョニーのように、脱皮を希望と思って待ち望んでいたはず。

 彼女は本当に良い女性だ。身体の大きさに差がなければ今すぐ嫁に迎えたいほどに。

「そうだな、弱気じゃいられない。今回の脱皮で、あのクジラ野郎にだって負けない力を獲得するぐらいの気持ちじゃないと、父さんに恥をかかせちまう。ウチョニー、次にあのクジラと出会った時には、俺一人でも倒して見せるよ」

 口にした瞬間、脱皮が始まる。
 タイタンロブスターの脱皮は他の生物とは大きく異なるものだ。何せ、脱皮がいつ始まったのか、そしていつ終わったのか明確に分かるほど一瞬なのだ。

 体内のエネルギーをこれでもかというほど使って生命を拡張する。水中だというのに俺の身体が熱を放ち始め、外骨格が一回り大きくなるのを感じた。

 考えろ、何故あのクジラ野郎に負けたのか。

 大きな理由は防御力だろう。奴のパワーに対して俺の耐久力が致命的に低かった。最後の極大攻撃を除いたとしても、槍魔法の数発ですら俺は受け切れなかったはずだ。

 ならば防御系の魔法を獲得するか? 魔力に壁のような性質を与え、魔法を防いだり、物理攻撃も軽減したりできる魔法がある。あれならば槍魔法に対処するのは格段に楽になるだろう。

 いや、それでは奴の極大攻撃に対処できない。物理攻撃を軽減できると言っても、あれは魔法が通用するようなものではなかった。少なくとも今の俺程度の実力では抑え込めないのは確実。

 では硬い外骨格を獲得するか? 物理的な防御力を向上させれば槍魔法を耐えられる回数も増えるし、あの極大攻撃もいつか防げるようになるだろう。

 だが、脱皮の力で外骨格強化をする必要性があるのか? そもそも脱皮をするだけで身体は大きくなるし、外骨格も頑丈になる。加えてさらに外骨格を強化するのは合理的ではないんじゃないか。

 俺は父の教えから脱皮30回で鉄壁を獲得する秘術を教え込まれているし、当然今回からそれを実践している。なら外骨格の強化を選択するのは無駄うちにしかならないんじゃないか。

 防御系の魔法も、外骨格強化も今選択するべきではない。ならどうしたら良いんだ……。

 決めた、俺は修羅の道を行くぞ。よく考えて決断したことだ、後悔はない。

 俺の体内で新しい才能が開花した。そして、不要になった古い外骨格は薄い皮となって体外へ押し出される。

 身体が作り変わっていく感覚。さっき食べたご飯が一気に消費され、この数日身体に蓄積していたはずの養分も全て使い切ってしまいそうだ。

 脱皮は一時間程度で完了し、必要のなくなった皮がするりと抜け落ちた。特に鋏や節足が引っかかることもなく、いつも通りの調子で終えることができた。

「流石、上手い脱皮だねニー」

「疲れた。今日はもう寝て、明日から活動再開とするさ」

「そうだね、ゆっくり休むと良いよ」

 体中のエネルギーを使い切ってめちゃめちゃ疲れた。もう一歩も動けない。脱皮が終わったらムドラストの頼みごとを片付けなきゃいけなかったが、それは明日にするとしよう。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

ドアマットヒロインはごめん被るので、元凶を蹴落とすことにした

月白ヤトヒコ
ファンタジー
お母様が亡くなった。 それから程なくして―――― お父様が屋敷に見知らぬ母子を連れて来た。 「はじめまして! あなたが、あたしのおねえちゃんになるの?」 にっこりとわたくしを見やるその瞳と髪は、お父様とそっくりな色をしている。 「わ~、おねえちゃんキレイなブローチしてるのね! いいなぁ」 そう、新しい妹? が、言った瞬間・・・ 頭の中を、凄まじい情報が巡った。 これ、なんでも奪って行く異母妹と家族に虐げられるドアマット主人公の話じゃね? ドアマットヒロイン……物語の主人公としての、奪われる人生の、最初の一手。 だから、わたしは・・・よし、とりあえず馬鹿なことを言い出したこのアホをぶん殴っておこう。 ドアマットヒロインはごめん被るので、これからビシバシ躾けてやるか。 ついでに、「政略に使うための駒として娘を必要とし、そのついでに母親を、娘の世話係としてただで扱き使える女として連れて来たものかと」 そう言って、ヒロインのクズ親父と異母妹の母親との間に亀裂を入れることにする。 フハハハハハハハ! これで、異母妹の母親とこの男が仲良くわたしを虐げることはないだろう。ドアマットフラグを一つ折ってやったわっ! うん? ドアマットヒロインを拾って溺愛するヒーローはどうなったかって? そんなの知らん。 設定はふわっと。

孕ませねばならん ~イケメン執事の監禁セックス~

あさとよる
恋愛
傷モノになれば、この婚約は無くなるはずだ。 最愛のお嬢様が嫁ぐのを阻止? 過保護イケメン執事の執着H♡

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

【完結】言いたいことがあるなら言ってみろ、と言われたので遠慮なく言ってみた

杜野秋人
ファンタジー
社交シーズン最後の大晩餐会と舞踏会。そのさなか、第三王子が突然、婚約者である伯爵家令嬢に婚約破棄を突き付けた。 なんでも、伯爵家令嬢が婚約者の地位を笠に着て、第三王子の寵愛する子爵家令嬢を虐めていたというのだ。 婚約者は否定するも、他にも次々と証言や証人が出てきて黙り込み俯いてしまう。 勝ち誇った王子は、最後にこう宣言した。 「そなたにも言い分はあろう。私は寛大だから弁明の機会をくれてやる。言いたいことがあるなら言ってみろ」 その一言が、自らの破滅を呼ぶことになるなど、この時彼はまだ気付いていなかった⸺! ◆例によって設定ナシの即興作品です。なので主人公の伯爵家令嬢以外に固有名詞はありません。頭カラッポにしてゆるっとお楽しみ下さい。 婚約破棄ものですが恋愛はありません。もちろん元サヤもナシです。 ◆全6話、約15000字程度でサラッと読めます。1日1話ずつ更新。 ◆この物語はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。 ◆9/29、HOTランキング入り!お読み頂きありがとうございます! 10/1、HOTランキング最高6位、人気ランキング11位、ファンタジーランキング1位!24h.pt瞬間最大11万4000pt!いずれも自己ベスト!ありがとうございます!

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

処理中です...