初めての異世界転生

藤井 サトル

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セブンナイト

捕まった聖女

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 一昨日。ギルニア公爵の部屋前でリリアは話を盗み聴いた。それは現状の真実に迫れるはずの内容だったのだが、その場所から退散しようとした時に七騎士のリーダーであるヴァニスに気取られて捕まってしまった。

 そして今、連れてこられた場所はナイトガーデンの牢屋の中である。じめっとした空気があり、石で出来た箱であり、入り口は鉄の格子で頑丈な作りだ。

 それも結構な奥に入れられたせいか静かなものであるが、対面側の牢屋には誰か入れられているのが見えた。

 リリアがその男性へと声を掛けたのは昨日の事である。だが、その瞬間、見張りをしている騎士に怒声のような注意が飛んできた。

 その大きな声にリリアはビクリと体を震わせるも、めげずに今度は小さめな声で話し掛けた。だが、もともとが静寂に包まれた空間であり、石造りの空間もあって反響してしまう。

 そのせいでどんだけ小さめな声を出しても見張りに気づかれて怒声が飛んできてしまい、声を出すことも、声をかけることも出来ずにそのまま丸一日が経過してしまった。

 少しでも情報が欲しいのだが先住民から何も情報が得られないのは痛いところだ。どうにかしてこの場所から脱出しなければならなのに……。呪いが更に強まっているのだ。

「どうしたらいいのでしょうか……」

 か細く、誰にも届かない声で呟く。目の前の牢屋へ入れられている男性はこちらへ見向きもしない。……と言うか何かを考えているようにも見える。

 この薄暗く、静寂に満ちた世界では考え事がはかどりそうではあるが……。とはいえ、脱出する方法なんてそう思い付くものでもない。

 昨日、一日中、牢屋を見回してみたリリアとしては思いつくものは何もなかった。堅牢な格子は押しても引いてもびくともしなかった。伝わってくるのはヒヤリとした冷たさと、手に残る鉄の匂いだけだ。

 錆びて脆くなっている。何て言うようなご都合主義のような展開もない。壊すこともまず無理だろう。

 何より、魔法対策までバッチリされている。試しに光を圧縮して光線状にして放つ魔法のホーリーレイを格子へと打ち出してみた。

 しかし、有効な効果を与えられなかった。格子にあたった魔法はその端から魔力へと分解されていったのだ。当然、格子に傷一つつくこともなく、ただただ無駄に魔力を消費しただけとなってしまった。

 結局リリアはすぐに脱出する事を諦める他無く、その日は焦りと不安ばかりを募らせるだけで時間が過ぎ去ってしまうことになったのだ。

「何か……無いでしょうか……」

 リリアは石壁を手で触れていく。その小さな掌から何か感じ取れるものがないかを期待しての行動だ。しかし、伝わってくるのはやはり熱が奪われる冷たい感触だけである。

 一日経ったことで現状を打開する新たな発想が生まれればいいのだけれど、それすらも今は叶わないようだ。

 そんな折、牢屋の入口から大きめな声で話し声が聞こえてきた。

「おい。ギルニア様がお呼びだ。行くぞ!」

「え?ここの見張りはどうするんだ?」

「少しの間なら大丈夫だろうとのことだ。それにこの牢屋からは出ること出来ないだろう」

「……それもそうだな」

 との言葉を最後に話し声が聞こえなくなると鎧の関節部分がぶつかるガシャリガシャリといった音が聞こえてきた。その音が遠くなり次第に聞こえなくなったことで見張りが全員牢屋から出ていった事がわかる。

 何かをするなら今が好機なのだろうけど、現実的には何も出来ないのだ。それでも大きな音が出てしまう為に憚られていた事をリリアは実行に移す。

「っえい!」

 その小さな体を使った行為。自身へ痛みが跳ね返って来ることを厭わない方法。

 リリアは牢屋の格子へ体からぶつかっていく。一回一回ぶつかる度に痛みからか小さな呻き声が出てしまう。しかし、それを気にしてもいられないだろう。

「お願い……壊れてください……!」

 願いとも言えるような呟きをしながら体で打ち付けるが格子はびくともしない。

「もうお止めください」

 何度か大きな音を出した後だった。リリアの対面に入れられている男が声だけで止めに入ってきたのだ。

「……あなた……は?」

 数回の体当たりで少し乱れた息のままリリアはそう聞くと、その問いに男はゆっくりと口を開いた。

「僕はテッド。この国の王子なんだけど……」

「え!この国の王子様なんですか!?それならこの国の王様と王妃様が今どういう状態かわかりますか?」

 思ってもみない人物にリリアは声を上げて聞いた。

「今、お父様とお母様は呪いを掛けられているんだ。それもかなり高度な呪いを……それが解呪出きるのは聖女のリリア様くらいだろうけど、何処にいるのかもわからず……」

 少し疲れ気味の声だ。内心の焦りと見つからない希望に落胆しているのがありありとわかる。それでも、彼が自分を探していた事とその理由がわかるとリリアは臆すること無く口を開いた。

「あの!私がリリアです!」

 その一言は今のテッドに衝撃を与えた。まさかこんな牢屋に入れられる人物だとは思えなかったからだ。だが、その考えも直ぐに否定した。

「リリア様もギルニアに謀られて……」

 今のギルニア公爵ならそのくらいの事をするだろう。王族だろうが聖女だろうが関係なく邪魔物は排除する。

「……テッド様もギルニア様に牢屋に入れられてたのですか?」

 十中八九その見識で問題ないとわかっていながらリリアは質問をした。今、こんな時だからこそ正確な情報を必要もしているのだ。

「はい。ギルニアはこの国を乗っとるつもりなのです」

「乗っとるなんて……そんなことできるのでしょうか」

 国を乗っとることなんてそうそう出来はしない。簡単な話じゃないのだ。こんな王族を不当に扱えば民などついては来ない。

「今、街では僕の父と母は病魔に伏せていると伝えられています。そこから僕を父と母に毒を盛った大罪人として仕立て上げて処刑するつもりなんです。そして、その後は父と母が呪いで亡くなった後にまたひと演技するつもりかもしれません」

「そんな……処刑って……」

「リリア様。僕の父と母は三階から行ける渡り廊下の先にある塔に閉じ込められているはずなんだ……!」

 ガシャリと勢いつけたテッドが格子へすがりつく。その先にいるリリアへ少しでも近づく為に。そして、元々の願いを口にする――その前に入口の方からけたたましく鎧の擦れる音が幾つも重なって聞こえてきた。

「王様、王妃様殺害の企てた大罪人テッド!準備は整った!出ろ!」

 この場における準備とはただ一つの意味を指す。それを知っていたところでもどうにも出来ないリリアは、それでもただただ連れ去られていくテッドを見ていても立ってもいられず、飛び付く勢いでガシャリと格子を掴む。

「テッドさん!!」

 そんなリリアに連れ去られていくテッドは告げる。

「リリア様!どうかお願いします!!僕の父と母を呪いから救ってください!」

 何人かの騎士に連れ去られる中、テッドは叫ぶように言う。処刑台に連れていかれる恐怖よりも先行して両親を助けたい一心で……。

 そうして徐々に遠ざかっていく声を聴きながら何も出来ないリリアは不甲斐なさと、この後に待ち受けるテッドの確実な死に嘆きながら崩れ落ちる。

 そうして牢屋に残ったのは一人の幼い少女の悲しむ泣き声だけだった。
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