初めての異世界転生

藤井 サトル

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月光の花嫁

あらかじめ仕組まれていたこと

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 月の都へ無事に戻ってくるとシーラ達の帰りを待っている者たちが出迎えてくれた。そこには月の都の主であり日本で言うところの殿様となるプラムでさえ城から出て待っててくれていたのだ。

 だが、少しだけ空気が重い……というかピリっとしたものを感じたリリアはそれとなく大地の服へ手を伸ばして掴んだ。その空気の違いを感じ取ったのは当然リリアだけではない。シーラも、ルーナも、モリスも。そして大地でさえこちらを見てくる視線に冷たい物を感じ取っているのだ。

「お父様。お母様……?」

 その異様な空気にシーラは恐る恐るといった形で原因の二人を呼ぶ。

「シーラ。それにルーナとモリスもこちらへ来なさい」

 プラムのその言葉には有無を言わさないものがあった。ここを纏める者の威厳……と言うのが一番近いだろう。だからこそ質問すら出来ずにシーラとルーナ。そしてモリスは黙ったままプラムの近くへと歩いて行った。

 こうなると月の都を境に住民と大地、リリアで分かれる形となった。そしてそれを望んだのがプラムだ。

「悪いが君たちをおいそれと迎え入れることは出来ない」

「お父様!!!」

 プラムの物言いにシーラが責めるように言ったがそれを無視してプラムは二人へ質問を口にした。

「デルラトを倒したのはどちらだ?」

 その問いを口にする際、プラムはチラリとリリアを見た。それが何を思っての言動かは計れないところだが嘘をつく必要性を感じていない大地は素直に答える。

「戦ったのは俺だ。それと倒したわけではないがこの地から居なくなったのは確かだ」

 プラムは大地の言葉を聞いて気落ちしたように「そうか……」と答える。そして直ぐに顔を上げるのだ。

「デルラトを倒したのが聖女様ならよかった……」

 プラムはそう言うが、そもそもリリアが聖女だからと言ってSランクモンスターと一人で戦えるかというと無理である。聖女とてとんでもない破壊力のある魔法が使えるわけではないのだ。それは今までの傾向から簡単にわかる。が、護り癒す力であれば世界で唯一の存在になるのも確かだ。とどのつまり後方として共に戦うのであれば頼もしい存在はいないという事であるが倒す事は出来ない。

「ダイチ……と言ったな。お主は何者だ?」

 今までの不穏な空気。そして今しがたされた質問の意図はこの一言に集約されるだろう。プラムは大地を警戒しているのだ。

「仮に聖女様がデルラトを倒したのであればそれほどの力をお持ちになっている。で済ませられる話だ。だが、聖女でもない一介の人の身であれを倒せる等とは到底思えん。もう一度問おう。お主は何者だ?」

 その静かながらも迫力ははっきりと伝わってくる。それ故にリリアが不安そうに大地の服を握る手に力が入る。だから仕方なく……。

「俺は大地だ」

 大地は空気を読まない選択をした。

「そうだな。好きな食べ物は肉で好きな事は……」

 好きな事をゲームだと答えそうになるところをグッと堪えた。この世界にゲーム等見たことなく少しだけ悔やまれる思いだ。

「寝る事かな。今の目標は家を買ってグータラに過ごす事だな」

 そうやって話す大地の思ってもいなかった返答にプラムが呆気に取られているところに大地は続ける。

「嫌な事されれば怒るし、悲しい事があれば泣く。嬉しい事があれば笑うし楽しい事は好き。それに辛い事があれば苦しくもなる。ここに来た目的はシーラが辛そうにしていたからだ。彼女がこの月の都へ帰りたいと願ったから手を貸した。それくらいの良識はある……そんなただの人間だ」

「ただの……人間……」

 ここで大地の意図が分かった。大地は自分の事をアピールしているのだ。

「そうだ」

 頷きながら大地はプラムへと近づいていく。その行動に集まっている里の人達がざわつき始めるがそれを無視して大地は片手をプラムへと差し出した。

「少しだけ他の人より強いだけの……な。でも、そんな俺の事が怖いか?」

 プラムはその手を見つめる。大地が言いたい事をしっかりと理解したプラムだ。そして差し出された手の意味も。

「その手を握れるか?と、このワシに問いたいのだな」

 迫害をされてきた歴史を持つ亜人。普通の人より身体能力が高かったり、特別な能力……月の都の住人であれば精霊使いの力を持つ等で畏怖からなる弾圧で苦しんだ。今はそう言ったことも少なくなってきたが人より少し違うと言うだけで起きていたのだ。なればこそ、普通の人だと言う大地の手は……。

「当然、手に取れる。改めてダイチ、そしてリリア様を我らの客人として迎え入れさせてもらおう」

 プラムはガシッと大地の手を握った。そしてその瞬間に不穏な空気は消えていき、住民たちも笑顔でリリアを迎え入れ始めてくれた。

「娘のシーラとルーナ。そしてこれから息子になるモリスを助けてくれてありがとう。これからシーラとモリスの結婚式をやるからぜひ参加して言ってくれ」

 プラムがそう言った瞬間、シーラとモリスが素っ頓狂な声で「え?」と言いながらプラムへ振り向いた。

「お、おお、お父様!?何を言っているんですか!?」

「俺とシーラが結婚だなんて……出来るわけありません!」

 二人の猛抗議を黙って聞いていたプラムが「何故だ……?」と言葉を発し始めた。

「シーラ。もうデルラトはいないのだぞ?今となっては小さい使命感なんて捨てて素直になりなさい」

 その言葉を聞いたシーラは俯いてしまうが、耳を赤くしているところから落ち込んではいなさそうだ。それを見届けたプラムがモリスへと顔を向ける。

「モリス。シーラが居ないところで告白めいた事を言ったじゃないか。それとも覚悟も持たずに護ると言ったのか?」

「それは……いや。あの言葉に嘘偽りはない!」

 モリスの表情が変わると確かな足取りでシーラへと近づいていった。

「シーラ」

「モリス……」

 声をかけたモリスが何を言おうか考えるところにシーラが先に口を開いてしまった。

「私ね。精霊の力が殆どルーナに渡っちゃったから……もうモリスに護ってもらえる程の特別な存在じゃ……無いよ」

 その消え入りそうな声で言うシーラにモリスは首を横に振った。

「関係ない。俺は……シーラが特別な力を持っているから護りたいんじゃない。君が好きだから……君の全てが好きだからだ。だから……これからの人生を全て俺に護らせてくれ」

「モリス……うん」

 一筋の雫を流したシーラが頷き、そのままモリスは彼女を力強く抱きしめた。
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