初めての異世界転生

藤井 サトル

文字の大きさ
上 下
198 / 281
月光の花嫁

酒による人生哲学

しおりを挟む
 おててを繋いで大地とリリアは骨が転がる通路を歩いていくと先にある部屋から物音が聞こえてきた。

 最初はなんの音かわからなかったが部屋に近づくにつれて音が大きくはっきりと聞こえるようになり、何かを叩いている音だとわかる。

「ダイチさん。この先から……ですよね」

「ああ」

 中で何が起きているのかわからない。だからこそ慎重に、そして緊張を張りつめながら部屋を覗くがちょうどそのタイミングで怒号が聞こえてくる。

「俺の酒を返せぇっ!!」

 叩きつける音が響くが何かが壊れる音は聞こえてこない。

「グラネス……」

「グラネスさん……」

 大地とリリアが見たものは透明のガラスケースのような物に入った酒瓶をグラネスが取り出そうと大剣でガンガン殴っている姿だった。

「ん?リリアさんとダイチ」

 グラネスがこちらに気づいても手を止める様子がなく叩き続ける。

「いや、何しているんだよ」

 そのシュールさに唖然としているリリアに代わり大地がそう訪ねるとグラネスは大剣を力いっぱい振り下ろしてから答えた。

「俺の酒が良くわからないこれに盗られちまったんだよ」

 グラネスがその一言を皮切りに敬意を教えてくれる。

 二人が落とし穴に落ちた後、グラネスも続こうとしたが開いた落とし穴は直ぐに閉じてしまい通れなくなってしまった。そこでグラネスは同じ罠をもう一度起動させようとするが、何故か罠が働かずにこれも出来なかった。

 それならばと地面を壊そうとまで考える。だが壊した後の落石でリリアに何かあれば不味いと思い直したグラネスは諦めて下へ続く道を探し始めたのだ。

 道中は特にモンスターも現れなかったらしい。見た感じ住民区に繋がっていたと言うようだ。それから小さい城のような場所へ入っていく。幾つかの分かれ道や玉座の間を通り進み続けると今の部屋についたらしい。

「それで?酒があの中に入った理由は?」 

 大地がそう問うとグラネスは悔しそうにいった。

「大地もリリア様も見つからないから、景気づけに一杯やろうかとしてそこの台座に酒を置いたんだ」

 なんの景気づけだよ。と思いながらも大地はグラネスが指す方向へ視線を向ける。確かにそこには四角い台座が設置されている。

「そして俺がコップを取り出しているうちに台座からその透明の箱のようなのが出てきて俺の……さ、酒を奪いやがったんだ……!」

 酒を盗られただけで泣くなよ……。

「はぁ……ソウデスカ」

 とんでもなくくだらない理由だった事で興味をなくした大地は素っ気なく答える。その隣のリリアも顔がひきつって苦笑いしているのだ。

 酒を取り替えそうと何時からやっているのかわからないが、遺跡の調査に来ていることを忘れてはならない。

「もう諦めて行こうぜ?」

「断る!!酒を諦めるだと?正気か貴様!」

 あ、やべぇ地雷踏んだ。

「酒というのはだなぁ」

 グラネスは語ると同時に大剣を振り下ろしてガンと音をならす。

「時には甘く」

 ――ガン!

「時には辛く」

 ――ガン!

「時には楽しく」

 ――ガン!

「言うなれば人生そのものなのだ!!!」

 ――ガン!!!

 最後に相違って振り下ろすとグラネスの手が止まった。ちょっとした息切れを起こしているところ疲れたようだ。

 グラネスの力説を尻目にリリアが大地へと振り向いて「お酒って人生なのですか?」と聞いてくるが、大地としては答えようがない。

「さ、さぁ?そう思う人もいるってことじゃないかな……」

 そんな適当な応答でもリリアは何を思ったのか「お酒ってすごい!」と少しだけ目を輝かせた。その様子を見ながら『リリアは何を考えたんだ?』と疑問に思う。

「そんな酒をここに見捨てて行くだと!?バカをいうな!!俺は酒を奪い返すまでテコでも動かんからな!!」

 途中から完全にグラネスの話を無視していたのに気付き、まだ酒の話をしていたのかと少々困惑する。普段真面目なやつほど壊れると大変ってことだろうか。

「テコでも動かないって……」

「それが嫌ならダイチ!お前も酒を取り出すのに協力しろ!」

 そんな交渉があるかよ……完全にわれを忘れてやがる。

 ここまで狂えるグラネスが凄いのか、ここまで狂わす酒が凄いのか。どうにかそんなくだらない考えで逃避しようとするが、ちらりと見たリリアが本当に困ってきている表情に変わり始めたのを見て大地は逃避をあきらめた。

「仕形がないな。グラネス、少し離れろ」

 大地が何も言わずに鍵をリリアへ差し出すと、こちらもまた何も言わずに受け取った。

 そしてそのまま透明の箱へ近づきながら大地が剣を召喚する。いつもの鉄の剣だ。そして大地は一思いに酒瓶ごとぶっ壊す積もりで剣を振るう。全力からなるその一撃によってグラネスよりも大きな音とそれに連なって地面が少し揺れた。だが、透明の箱は砕けない。

「まじかよ……どんな材質で出来てるんだ?」

 箱が壊れないだけじゃない。中の酒瓶まで無事なのだ。これはもう不思議などという言葉では片付けられない硬さだ。

「ダイチさんでも壊せないんなんて……きゃ!?」

 リリアがその箱に近づいていく途中、自分の右足と左足を引っ掛けて転んだ。その拍子に手に持っていた鍵が投げ出されてしまう。

 鍵は見事なまでにくるくる回りながら放物線を描いて透明の箱に横から突き刺さった。

「リリア大丈夫か?」

 大地がリリアを助けお越している中、グラネスは刺さった鍵を見つめていた。そしてそのまま鍵をぐるっと回す。

「何してるんだよ」

「これで開くかなと思ってな……」

 そんなわけないだろ……。

 ついにグラネスはここまで来たか。そう思った矢先である。カチリと音が鳴り箱のパカリと中心から上に開いた。

 驚きながら近づいてくるリリアに鍵への興味を無くしたグラネスが鍵をそっと渡した。

 しかし、リリアとしてはこの鍵の性能に驚かざるを得ない。何せこの鍵は……と予想し始めたところで、リリアの視界の隅でグラネスが酒瓶を開けようとしているのが見えてしまった。

「グラネスさん!お仕事中ですからお酒はダメですよ!!」

 そう言われてしまい、鬼の居ぬ間に洗濯と言わんばかりに飲もうとしていた酒も飲めずに終わったグラネスは涙目になりながら「はい……」と応えて諦めたのだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

この称号、削除しますよ!?いいですね!!

布浦 りぃん
ファンタジー
元財閥の一人娘だった神無月 英(あずさ)。今は、親戚からも疎まれ孤独な企業研究員・27歳だ。  ある日、帰宅途中に聖女召喚に巻き込まれて異世界へ。人間不信と警戒心から、さっさとその場から逃走。実は、彼女も聖女だった!なんてことはなく、称号の部分に記されていたのは、この世界では異端の『森羅万象の魔女(チート)』―――なんて、よくある異世界巻き込まれ奇譚。  注意:悪役令嬢もダンジョンも冒険者ギルド登録も出てきません!その上、60話くらいまで戦闘シーンはほとんどありません! *不定期更新。話数が進むたびに、文字数激増中。 *R15指定は、戦闘・暴力シーン有ゆえの保険に。

愚かな父にサヨナラと《完結》

アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」 父の言葉は最後の一線を越えてしまった。 その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・ 悲劇の本当の始まりはもっと昔から。 言えることはただひとつ 私の幸せに貴方はいりません ✈他社にも同時公開

【完結】精霊に選ばれなかった私は…

まりぃべる
ファンタジー
ここダロックフェイ国では、5歳になると精霊の森へ行く。精霊に選んでもらえれば、将来有望だ。 しかし、キャロル=マフェソン辺境伯爵令嬢は、精霊に選んでもらえなかった。 選ばれた者は、王立学院で将来国の為になるべく通う。 選ばれなかった者は、教会の学校で一般教養を学ぶ。 貴族なら、より高い地位を狙うのがステータスであるが…? ☆世界観は、緩いですのでそこのところご理解のうえ、お読み下さるとありがたいです。

追放したんでしょ?楽しく暮らしてるのでほっといて

だましだまし
ファンタジー
私たちの未来の王子妃を影なり日向なりと支える為に存在している。 敬愛する侯爵令嬢ディボラ様の為に切磋琢磨し、鼓舞し合い、己を磨いてきた。 決して追放に備えていた訳では無いのよ?

王命を忘れた恋

須木 水夏
恋愛
『君はあの子よりも強いから』  そう言って貴方は私を見ることなく、この関係性を終わらせた。  強くいなければ、貴方のそばにいれなかったのに?貴方のそばにいる為に強くいたのに?  そんな痛む心を隠し。ユリアーナはただ静かに微笑むと、承知を告げた。

【完結】婚約破棄されて修道院へ送られたので、今後は自分のために頑張ります!

猫石
ファンタジー
「ミズリーシャ・ザナスリー。 公爵の家門を盾に他者を蹂躙し、悪逆非道を尽くしたお前の所業! 決して許してはおけない! よって我がの名の元にお前にはここで婚約破棄を言い渡す! 今後は修道女としてその身を神を捧げ、生涯後悔しながら生きていくがいい!」 無実の罪を着せられた私は、その瞬間に前世の記憶を取り戻した。 色々と足りない王太子殿下と婚約破棄でき、その後の自由も確約されると踏んだ私は、意気揚々と王都のはずれにある小さな修道院へ向かったのだった。 注意⚠️このお話には、妊娠出産、新生児育児のお話がバリバリ出てきます。(訳ありもあります)お嫌いな方は自衛をお願いします! 2023/10/12 作者の気持ち的に、断罪部分を最後の番外にしました。 2023/10/31第16回ファンタジー小説大賞奨励賞頂きました。応援・投票ありがとうございました! ☆このお話は完全フィクションです、創作です、妄想の作り話です。現実世界と混同せず、あぁ、ファンタジーだもんな、と、念頭に置いてお読みください。 ☆作者の趣味嗜好作品です。イラッとしたり、ムカッとしたりした時には、そっと別の素敵な作家さんの作品を検索してお読みください。(自己防衛大事!) ☆誤字脱字、誤変換が多いのは、作者のせいです。頑張って音読してチェックして!頑張ってますが、ごめんなさい、許してください。 ★小説家になろう様でも公開しています。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から「破壊神」と怖れられています。

渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。 しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。 「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」 ※※※ 虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。 ※重複投稿作品※ 表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。

処理中です...