初めての異世界転生

藤井 サトル

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月光の花嫁

酒による人生哲学

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 おててを繋いで大地とリリアは骨が転がる通路を歩いていくと先にある部屋から物音が聞こえてきた。

 最初はなんの音かわからなかったが部屋に近づくにつれて音が大きくはっきりと聞こえるようになり、何かを叩いている音だとわかる。

「ダイチさん。この先から……ですよね」

「ああ」

 中で何が起きているのかわからない。だからこそ慎重に、そして緊張を張りつめながら部屋を覗くがちょうどそのタイミングで怒号が聞こえてくる。

「俺の酒を返せぇっ!!」

 叩きつける音が響くが何かが壊れる音は聞こえてこない。

「グラネス……」

「グラネスさん……」

 大地とリリアが見たものは透明のガラスケースのような物に入った酒瓶をグラネスが取り出そうと大剣でガンガン殴っている姿だった。

「ん?リリアさんとダイチ」

 グラネスがこちらに気づいても手を止める様子がなく叩き続ける。

「いや、何しているんだよ」

 そのシュールさに唖然としているリリアに代わり大地がそう訪ねるとグラネスは大剣を力いっぱい振り下ろしてから答えた。

「俺の酒が良くわからないこれに盗られちまったんだよ」

 グラネスがその一言を皮切りに敬意を教えてくれる。

 二人が落とし穴に落ちた後、グラネスも続こうとしたが開いた落とし穴は直ぐに閉じてしまい通れなくなってしまった。そこでグラネスは同じ罠をもう一度起動させようとするが、何故か罠が働かずにこれも出来なかった。

 それならばと地面を壊そうとまで考える。だが壊した後の落石でリリアに何かあれば不味いと思い直したグラネスは諦めて下へ続く道を探し始めたのだ。

 道中は特にモンスターも現れなかったらしい。見た感じ住民区に繋がっていたと言うようだ。それから小さい城のような場所へ入っていく。幾つかの分かれ道や玉座の間を通り進み続けると今の部屋についたらしい。

「それで?酒があの中に入った理由は?」 

 大地がそう問うとグラネスは悔しそうにいった。

「大地もリリア様も見つからないから、景気づけに一杯やろうかとしてそこの台座に酒を置いたんだ」

 なんの景気づけだよ。と思いながらも大地はグラネスが指す方向へ視線を向ける。確かにそこには四角い台座が設置されている。

「そして俺がコップを取り出しているうちに台座からその透明の箱のようなのが出てきて俺の……さ、酒を奪いやがったんだ……!」

 酒を盗られただけで泣くなよ……。

「はぁ……ソウデスカ」

 とんでもなくくだらない理由だった事で興味をなくした大地は素っ気なく答える。その隣のリリアも顔がひきつって苦笑いしているのだ。

 酒を取り替えそうと何時からやっているのかわからないが、遺跡の調査に来ていることを忘れてはならない。

「もう諦めて行こうぜ?」

「断る!!酒を諦めるだと?正気か貴様!」

 あ、やべぇ地雷踏んだ。

「酒というのはだなぁ」

 グラネスは語ると同時に大剣を振り下ろしてガンと音をならす。

「時には甘く」

 ――ガン!

「時には辛く」

 ――ガン!

「時には楽しく」

 ――ガン!

「言うなれば人生そのものなのだ!!!」

 ――ガン!!!

 最後に相違って振り下ろすとグラネスの手が止まった。ちょっとした息切れを起こしているところ疲れたようだ。

 グラネスの力説を尻目にリリアが大地へと振り向いて「お酒って人生なのですか?」と聞いてくるが、大地としては答えようがない。

「さ、さぁ?そう思う人もいるってことじゃないかな……」

 そんな適当な応答でもリリアは何を思ったのか「お酒ってすごい!」と少しだけ目を輝かせた。その様子を見ながら『リリアは何を考えたんだ?』と疑問に思う。

「そんな酒をここに見捨てて行くだと!?バカをいうな!!俺は酒を奪い返すまでテコでも動かんからな!!」

 途中から完全にグラネスの話を無視していたのに気付き、まだ酒の話をしていたのかと少々困惑する。普段真面目なやつほど壊れると大変ってことだろうか。

「テコでも動かないって……」

「それが嫌ならダイチ!お前も酒を取り出すのに協力しろ!」

 そんな交渉があるかよ……完全にわれを忘れてやがる。

 ここまで狂えるグラネスが凄いのか、ここまで狂わす酒が凄いのか。どうにかそんなくだらない考えで逃避しようとするが、ちらりと見たリリアが本当に困ってきている表情に変わり始めたのを見て大地は逃避をあきらめた。

「仕形がないな。グラネス、少し離れろ」

 大地が何も言わずに鍵をリリアへ差し出すと、こちらもまた何も言わずに受け取った。

 そしてそのまま透明の箱へ近づきながら大地が剣を召喚する。いつもの鉄の剣だ。そして大地は一思いに酒瓶ごとぶっ壊す積もりで剣を振るう。全力からなるその一撃によってグラネスよりも大きな音とそれに連なって地面が少し揺れた。だが、透明の箱は砕けない。

「まじかよ……どんな材質で出来てるんだ?」

 箱が壊れないだけじゃない。中の酒瓶まで無事なのだ。これはもう不思議などという言葉では片付けられない硬さだ。

「ダイチさんでも壊せないんなんて……きゃ!?」

 リリアがその箱に近づいていく途中、自分の右足と左足を引っ掛けて転んだ。その拍子に手に持っていた鍵が投げ出されてしまう。

 鍵は見事なまでにくるくる回りながら放物線を描いて透明の箱に横から突き刺さった。

「リリア大丈夫か?」

 大地がリリアを助けお越している中、グラネスは刺さった鍵を見つめていた。そしてそのまま鍵をぐるっと回す。

「何してるんだよ」

「これで開くかなと思ってな……」

 そんなわけないだろ……。

 ついにグラネスはここまで来たか。そう思った矢先である。カチリと音が鳴り箱のパカリと中心から上に開いた。

 驚きながら近づいてくるリリアに鍵への興味を無くしたグラネスが鍵をそっと渡した。

 しかし、リリアとしてはこの鍵の性能に驚かざるを得ない。何せこの鍵は……と予想し始めたところで、リリアの視界の隅でグラネスが酒瓶を開けようとしているのが見えてしまった。

「グラネスさん!お仕事中ですからお酒はダメですよ!!」

 そう言われてしまい、鬼の居ぬ間に洗濯と言わんばかりに飲もうとしていた酒も飲めずに終わったグラネスは涙目になりながら「はい……」と応えて諦めたのだ。
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