初めての異世界転生

藤井 サトル

文字の大きさ
上 下
158 / 281
温泉の中の金と銀

香り亀の臭いにはご用心

しおりを挟む
 クラリスとレヴィアはセントトータスへと対峙していた。一見、速攻で倒し終わるものかと思われたがセントトータスの非常に硬い甲羅を二人は砕くことが出来ないでいた。

「もう!なんなのよこれは!!」

 レヴィアが巨大なハンマーを氷で作り上げてガツンガツンと振り下ろし続けるというシュールな絵を作り続けている。

 少し前に一瞬で終わらせようとレヴィアが巨大な氷の槍を上空に作り上げて放った所から始まった。その氷の槍はセントトータスの甲羅に当たったのだがヒビが入ることもなく期待した結果にはならず、続いてクラリスが力を込めてぶっ叩いたのだがこれも意味をなさなかった。

 元々雑魚のセントトータスを一撃で終わらせられなかった事からレヴィアの頭に血が上り様々な氷魔法をぶつけた。小さい氷塊を連続で放ったり、氷柱を真上から落としたり、氷のツララを地面から出して串刺しにしようとしたり。だが、何れもセントトータスを傷付ける事すら出来なかったのだ。

 そこでクラリスから「継続的に叩いて割る方がいいのかな?」と言われたことで叩きやすそうなハンマーを作ったのだ。

「凄く……硬い」

 同じくひたすら拳を叩きつけているが怯む様子をまったくと言っていいほどに見せない。唯一の救いはこのモンスターが首と手足を甲羅の中に引きこもってくれて攻撃をしてこないことだ。

 どんな戦いかたをしてくるかわからないのが怖くもあるが……。そもそもセントトータスがランクBなのはその無害さゆえだ。歩く速度は遅く辺鄙へんぴな山にしかいない。そんな事でランクはある程度あっても討伐依頼では出てこない。ただ逆を言えばそれ故にモンスターの情報がかなり少ないのだ。

「……何か……変な匂いしない?」

 クラリスが気づいたように聞くとレヴィアもその匂いが気になりだし、クラリスもレヴィアも手を止めた。

「この匂いは何かしら?」

 少し甘いような匂いが漂ってきた。
 うんともすんとも言わないモンスターに辟易へきえきしていたこともあって叩いた手を休めるのには十分な理由になると考えたクラリスは手を止めて匂いのもとを探す事にした。

 しかし、その手を休める理由言い訳は呆気なく終わってしまう。ものの数秒で匂いを放つ発生源を匂いの濃さで突き止めたのだ。その場所はセントトータスの甲羅からだ。

「ここから……?」

 呟いたクラリスはとても嫌な予感がした。何かが起きようとしている。それはレヴィアにはない嗅覚だ。ハンターとして日々戦ってきたクラリスだからこそ危険を敏感に察知する。

「レヴィアちゃん!ここから離れるよ」

 クラリスがその言葉を発したタイミングでセントトータスは甲羅が火花を散らすと一気に爆発した。

 爆音と爆風と爆炎が辺りを包みその衝撃に二人は短い悲鳴をあげる。何かの魔法かどうかすらわからなかった。気づいた時には吹っ飛んでいたのだ。

「痛い、何が起きたの~?」

 目を回す程度ですんだレヴィアと違いクラリスは地面に体を打ち付けた痛みに耐えていた。それでも立ち上がりながら回りを見た。

「大変!火が!!」

 草木が燃えていた。爆発の火が燃え移ったのだ。このままじゃここら一帯が丸焼けの大惨事になってしまう。
 しかし、セントトータスが攻撃を止めることはない。

「甘い香り……」

 その臭いを感じた瞬間、クラリスは横に飛び退いた。その直後にセントトータスからクラリスがいた位置まで一直線に爆発が生じた。

「レヴィアちゃん、甘い匂いがしたらその場所から離れて!」

 クラリスはようやく敵の攻撃方法を見極めることができた。

 敵の攻撃の正体は恐らく可燃性ガスによる爆発だ。甘い匂いで獲物を引き寄せ爆発して仕留める罠を張るのだろう。だが、皮肉にも戦いであればその匂いで攻撃は見極められる。

 ただ、一つだけ想定外の事がある。それは敵の攻撃頻度だ。ガスを出してから火花を散らすこの二つの動作によって攻撃を繰り出した後にインターバルがあると踏んだのだが、それが無いようで絶え間なく爆発を起こしてくる。

「もう、なんなのよー!」

 怒りを露にしながらレヴィアは爆風に正面から突っ込んで手に氷を纏ってクラリスのように拳を振るう。だけど音が鳴り響くだけでダメージが通っている様子は見えない。

「きゃぁっ!」

 またもや爆発に巻き込まれたクラリスが悲鳴をあげながら吹き飛んだ。致命傷にならないが浴衣はだいぶボロボロになってきてしまっている。

 しかし、その浴衣よりもここまでこけにされたことで堪忍袋の緒が切れたクラリスがゆらりと立ち上がった。

「レヴィアちゃん。火を消すことって……出来る?」

「え?……それは簡単だけど今消してもすぐに燃やされちゃうんじゃない?」

「それじゃあお願いね。今からこのモンスターを全力でなぐるから……」

 拳に魔力を集中させながらセントトータスへと近づいていくと、セントトータスはクラリスのやべぇ気配を察知したのか甲羅ががたがた動き出す。甲羅に入ったまま逃げようとしているのだ。

 クラリスの握った拳、その先に真っ赤な球体が出来ている。よく見るとそれは小さな太陽の様に燃え盛っていた。

「奇遇だよね。あなたも私も火を使うなんて……。でも回りが燃えるから気を遣って使わなかったのにあなただけ使うのはずるいよね?」

 小さな太陽は液体のように変化すると拳へとまとわりついた。その灼熱の余波がクラリスの回りの地面を燃やしていく。

 さらに一歩近づくと逃げることを諦めたセントトータスは甲羅を回し始めた。何かの攻撃かとも思われたが甲羅を起き上がらせて硬い面をクラリスに向ける。そして、セントトータスの背面からモンスターの一部が射出されて甲羅を支えた。

「大丈夫、怖がらないで。手しか使わないし音速をちょっと越えるだけだから……」

 セントトータスの目の前についたクラリスは既に拳の間合いだ。

 魔法と技術を組み合わせる者は少なくない。例えば弓矢で射る時に矢に風属性魔法を纏わせ風の刃を形成したり。例えば剣に地属性魔法を纏わせて巨大な鋼鉄の剣を形成したり。例えば靴に水属性魔法を纏わせて水上を歩いたり。

 これらを大きい区別では魔技まぎと呼ばれ、細かくなってくると魔法剣まほうけん魔法弓まほうきゅうと呼ぶ者もいる。

 クラリスがこれから使う魔技は扱いが難しく未熟ゆえに自分の回りが燃えてしまうのだ。だが、この魔技は非常に強力な効果をもたらす。

「いくよ!」

 クラリスが拳を振るった。

 その拳はセントトータスの甲羅に到達する前に音の壁を突破して破裂音を響かせる。そして拳が甲羅へ衝突した瞬間、纏った焔が爆発した。

 しかし、クラリス自身はその爆炎も爆風も浴びるが本の少しだけでとどまる。それは爆発規模が小さい訳ではない。爆発の殆どを圧縮して拳の先へ放ったからだ。

 音速を越える拳の威力と圧縮された爆発を受けたセントトータスの甲羅にはどでかい穴が空いた。

「ふぅ」

 とクラリスが一息入れるがパチパチとする音が近くから聞こえてくる。魔技の余波で更に燃えてしまっているのだろう。早くレヴィアに火を消してもらわなければ。

「クラリス……あなた大丈夫なの?」

 レヴィアが心配そうに聞いてきた。確かに音速で動かせば肉体への被害は計り知れないものがあるが、クラリスが持つ亜人の肉体。それを魔力で覆ったからこそ成せる魔技なのである。

「大丈夫だよ。私の体はやわじゃないから」

 元気に言葉を返すとレヴィアが首をかしげてもう一度聞く。

「服が燃えてるみたいだけど熱くないの?」

「え?……きゃあ!早く消してーー!!」

 燃え移っていた火が浴衣を少しずつ焦がしていくのを見て慌ててレヴィアに泣きつく。その直後、大きな水の塊が落ちてきて回りの火を即座に水浸しにした(クラリス含む)。

「あ、ありがとう」

 回りの火が消えたのは嬉しいが浴衣が肌に張り付いてしまって体のラインが強調されてしまった。しかも、浴衣がボロボロになってしまっている。何度も受けた爆発の影響で所々に空いた穴からクラリスの肌を除かせる。こんなはしたない姿を人に見られたくない。大地には特にだ。

「これじゃあダイチさんの前にでれないよぉ……」

 これがモンスターとの戦いに勝利した言葉だった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

愚かな父にサヨナラと《完結》

アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」 父の言葉は最後の一線を越えてしまった。 その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・ 悲劇の本当の始まりはもっと昔から。 言えることはただひとつ 私の幸せに貴方はいりません ✈他社にも同時公開

この称号、削除しますよ!?いいですね!!

布浦 りぃん
ファンタジー
元財閥の一人娘だった神無月 英(あずさ)。今は、親戚からも疎まれ孤独な企業研究員・27歳だ。  ある日、帰宅途中に聖女召喚に巻き込まれて異世界へ。人間不信と警戒心から、さっさとその場から逃走。実は、彼女も聖女だった!なんてことはなく、称号の部分に記されていたのは、この世界では異端の『森羅万象の魔女(チート)』―――なんて、よくある異世界巻き込まれ奇譚。  注意:悪役令嬢もダンジョンも冒険者ギルド登録も出てきません!その上、60話くらいまで戦闘シーンはほとんどありません! *不定期更新。話数が進むたびに、文字数激増中。 *R15指定は、戦闘・暴力シーン有ゆえの保険に。

冷宮の人形姫

りーさん
ファンタジー
冷宮に閉じ込められて育てられた姫がいた。父親である皇帝には関心を持たれず、少しの使用人と母親と共に育ってきた。 幼少の頃からの虐待により、感情を表に出せなくなった姫は、5歳になった時に母親が亡くなった。そんな時、皇帝が姫を迎えに来た。 ※すみません、完全にファンタジーになりそうなので、ファンタジーにしますね。 ※皇帝のミドルネームを、イント→レントに変えます。(第一皇妃のミドルネームと被りそうなので) そして、レンド→レクトに変えます。(皇帝のミドルネームと似てしまうため)変わってないよというところがあれば教えてください。

王命を忘れた恋

須木 水夏
恋愛
『君はあの子よりも強いから』  そう言って貴方は私を見ることなく、この関係性を終わらせた。  強くいなければ、貴方のそばにいれなかったのに?貴方のそばにいる為に強くいたのに?  そんな痛む心を隠し。ユリアーナはただ静かに微笑むと、承知を告げた。

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

【完結】虐待された少女が公爵家の養女になりました

鈴宮ソラ
ファンタジー
 オラルト伯爵家に生まれたレイは、水色の髪と瞳という非凡な容姿をしていた。あまりに両親に似ていないため両親は彼女を幼い頃から不気味だと虐待しつづける。  レイは考える事をやめた。辛いだけだから、苦しいだけだから。心を閉ざしてしまった。    十数年後。法官として勤めるエメリック公爵によって伯爵の罪は暴かれた。そして公爵はレイの並外れた才能を見抜き、言うのだった。 「私の娘になってください。」 と。  養女として迎えられたレイは家族のあたたかさを知り、貴族の世界で成長していく。 前題 公爵家の養子になりました~最強の氷魔法まで授かっていたようです~

嫌われ聖女さんはとうとう怒る〜今更大切にするなんて言われても、もう知らない〜

𝓝𝓞𝓐
ファンタジー
13歳の時に聖女として認定されてから、身を粉にして人々のために頑張り続けたセレスティアさん。どんな人が相手だろうと、死にかけながらも癒し続けた。 だが、その結果は悲惨の一言に尽きた。 「もっと早く癒せよ! このグズが!」 「お前がもっと早く治療しないせいで、後遺症が残った! 死んで詫びろ!」 「お前が呪いを防いでいれば! 私はこんなに醜くならなかったのに! お前も呪われろ!」 また、日々大人も気絶するほどの魔力回復ポーションを飲み続けながら、国中に魔物を弱らせる結界を張っていたのだが……、 「もっと出力を上げんか! 貴様のせいで我が国の騎士が傷付いたではないか! とっとと癒せ! このウスノロが!」 「チッ。あの能無しのせいで……」 頑張っても頑張っても誰にも感謝されず、それどころか罵られるばかり。 もう我慢ならない! 聖女さんは、とうとう怒った。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

処理中です...