初めての異世界転生

藤井 サトル

文字の大きさ
上 下
149 / 281
温泉の中の金と銀

狐だって温泉に浸かりたい

しおりを挟む
 大地達は脱衣場から出て温泉浴場へ足を踏み入れた。木の柵で囲われていて見上げれば空が見えた。開放的な空間だが……やはりこう言った温泉は自然と一体化させてくれる気がする。

 因みに女湯と繋がっているのか男湯と女湯で大きな円形状の風呂になっている。木の柵で区切られている形だが木の柵が隙間なく繋がっているから柵をよじ登るなどしなければ覗き見る事は出来ないだろう。

 大地とライズとグラネスはかけ湯して体を洗ったあとゆっくりと湯の中へと体を沈めていく。心身暖まるこの温度は少し肌寒い今の気候にはちょうどいい……。あれ?

「なぁ。なんで今、こんなに肌寒いんだ?」

 大地やライズよりホワイトキングダムに長くいるグラネスが気持ち良さそうに湯に浸かりながら答えた。

「……山の溶岩はこの辺の気候に関わっているからな。本来なら溶岩が上がりきった後どんどん下がっていって今のような寒い気候になるはずなんだ」

 あー。あれがこの辺の熱管理しているのなら、レヴィアが冷やしたから寒くなって来るのも当然か。

 湯に浸かりながら空を見上げると青々した澄んだ空が広がっていて、その中に白い雲が流れているのを見ると世界は平和だと思えてくる。

「わあぁ。ひろーい!」

 シャーリーの声が隣の柵越しに聞こえてきた。

 ゆったりと湯の中でくつろいでいるはずなのに#聞こえてくる騒がしい声がはしゃいでるソレで大地はやや呆れていた。

「何やっているんだあいつら……」

「そう言うなダイチ。可愛い女の子が騒ぐ声は良いものじゃないか。グラネスさんもそう思わない……それは酒か?」

 ライズがグラネスのいる方へ視線を動かすと、グラネスはお盆の様な物に酒と肴を乗せて一杯やっていた。
 大地もつられてグラネスへ向くと徳利とっくりにお猪口ちょこと日本酒か!?と思わざるを得ない酒を飲んでいた。

「……それはなんの酒だ?」

「これか?これは女神様のお告げを基に作られたニホ酒と言ってな、強い酒だが澄んだ美味さがあるんだ」

 やはり日本酒じゃないか?

「どうだ?二人も飲むか?」

 グラネスが余分に頼んでいたお猪口を大地とライズへ渡してくる。これは断れないだろう。

「悪いな」

「ありがたく」

 そう言って二人は確りとお猪口を受けとるとついでに酌してもらう。

 酒を注いで貰っている時に「本当ならリリアさんに酌して貰いたいだろうが我慢してくれ」という言葉は聞かなかったことにした。

 流石にリリアがこっちに来て酌してきたら事案待ったなしだからな。

 お猪口に口をつけてぐいっと口の中へ放り込む。日本酒とはまたちょっと違う味わいだな。やや甘めだが後味はスッキリしている。

「こりゃ中々美味いな」

「ああ、温泉と言えばやはりこれだろう?」

 流石、酒信者の男だぜ。酒の事に関するとぬかりない。この男の恐ろしいところは俺達が呑むことを前提にした徳利の数を用意している事だ。

 大地の手が空けば二人に酌をして、ライズの手が空けば同じように酌をして。三人で湯に浸かりながら酒と肴を楽しんでいると、大地は湯の中に黄色い何かが浮かんでいるのを見つけた。

「なんだありゃ?」

 特に変な動きをしているわけでもないが見た目は丸みを帯びていて両端には三角形の何かがついている。興味深そうに大地がそれに近づいて行くと、その黄色い何かは浮き上がりザバッと湯の中から飛び出した。

「狐か?」

 黄色い何かが温泉を囲っている岩へ着地すると、その姿を見た大地が呟いた。黄色……若しくは輝いていない金色のような毛色をしていて人目で狐とわかる。だが、それが普通の動物ではないことも人目でわかってしまう。

 何せ尾の数が三本あるのだ。この場所が日本なら妖怪だ!と言う感じだが、この世界でいうならばモンスターだろう。

「キューッ!」

 どうやら足を怪我している見たいだがモンスターも湯治をしに来たんだろうか?モンスターと言えど可愛らしい顔をしているのもいるものだ。……ウォーラビットのような怖い目をしてなくてなにより。

「よーしよしよし。こっちゃこ~い」

 そう言いながら近づいていく大地に警戒してすごい速さで岩から岩へと跳び移る。

 うお、結構速いな。

「ナインテイルの子供か」

 グラネスが立ち上がりモンスターと対峙するように素手で構える。

「育てば九尾……Sランクモンスターになるんだっけか」

 続いてライズが立ち上がり魔力を集め始める。二人とも戦闘体勢はバッチリだ。何かしなければならない使命感にかられた大地は徐にグラネスが持ってきたお盆へ手を伸ばした大地はその中にある肴の肉を一つ取るとモンスターへと近づいた。

「食うか?」

 ナインテイルの子供は大地が差し出した肉へゆっくり警戒しながら口を近づけて一瞬でパクリと肉をくわえて食べ始めた。

 ナインテイルが食べ終えたのを見極めた大地はモンスターの頭へ手を伸ばす。少し近づけて見ると気を許してくれたのか警戒されるそぶりを見せなかった為、そのまま頭に手を置いて撫でるとナインテイルは嬉しそうに目を細めた。

「おお。狐は可愛いな」

 撃退体勢を取っていたグラネスやライズはその光景に唖然としていたが、お互いの顔を見て呆れつつ湯の中に入り直すと再び酒を呑み始めた。

「なぁダイチ。一応そいつモンスターなんだが?」

 グラネスは酒をくいっと喉に流し込んだあと言うが、大地はさも気にしていないように撫で続けてた。

「おう。……あ、もしかして寄生虫とかいるのか?」

 昔少し調べたところエキノコックス?とやらが狐にいて人間にも寄生するとかなんとか。

 モンスターだから大丈夫かと思っていたが……逆にモンスターの様に凶悪になったエキノコックス?がいたらどうすれば……。

「いや、そういう訳じゃ……」

「まぁ、今は温泉に入ってるんだ。敵意がない限りは休戦でいいじゃないか」

 ナインテイルの子供も再び湯の中に入りまったりとした良い顔して遣っている。そんな顔を見たあとでは倒すに倒せないのが人間の情というものだ。

 この事、リリアに言ったら羨ましがられるだろうか。そんな風に考えながら大地は濡れているせいでふわふわな毛ではないが撫でたときの嬉しそうに反応するナインテイルの子供を見てようやく癒されるのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

愚かな父にサヨナラと《完結》

アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」 父の言葉は最後の一線を越えてしまった。 その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・ 悲劇の本当の始まりはもっと昔から。 言えることはただひとつ 私の幸せに貴方はいりません ✈他社にも同時公開

王命を忘れた恋

須木 水夏
恋愛
『君はあの子よりも強いから』  そう言って貴方は私を見ることなく、この関係性を終わらせた。  強くいなければ、貴方のそばにいれなかったのに?貴方のそばにいる為に強くいたのに?  そんな痛む心を隠し。ユリアーナはただ静かに微笑むと、承知を告げた。

この称号、削除しますよ!?いいですね!!

布浦 りぃん
ファンタジー
元財閥の一人娘だった神無月 英(あずさ)。今は、親戚からも疎まれ孤独な企業研究員・27歳だ。  ある日、帰宅途中に聖女召喚に巻き込まれて異世界へ。人間不信と警戒心から、さっさとその場から逃走。実は、彼女も聖女だった!なんてことはなく、称号の部分に記されていたのは、この世界では異端の『森羅万象の魔女(チート)』―――なんて、よくある異世界巻き込まれ奇譚。  注意:悪役令嬢もダンジョンも冒険者ギルド登録も出てきません!その上、60話くらいまで戦闘シーンはほとんどありません! *不定期更新。話数が進むたびに、文字数激増中。 *R15指定は、戦闘・暴力シーン有ゆえの保険に。

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

嫌われ聖女さんはとうとう怒る〜今更大切にするなんて言われても、もう知らない〜

𝓝𝓞𝓐
ファンタジー
13歳の時に聖女として認定されてから、身を粉にして人々のために頑張り続けたセレスティアさん。どんな人が相手だろうと、死にかけながらも癒し続けた。 だが、その結果は悲惨の一言に尽きた。 「もっと早く癒せよ! このグズが!」 「お前がもっと早く治療しないせいで、後遺症が残った! 死んで詫びろ!」 「お前が呪いを防いでいれば! 私はこんなに醜くならなかったのに! お前も呪われろ!」 また、日々大人も気絶するほどの魔力回復ポーションを飲み続けながら、国中に魔物を弱らせる結界を張っていたのだが……、 「もっと出力を上げんか! 貴様のせいで我が国の騎士が傷付いたではないか! とっとと癒せ! このウスノロが!」 「チッ。あの能無しのせいで……」 頑張っても頑張っても誰にも感謝されず、それどころか罵られるばかり。 もう我慢ならない! 聖女さんは、とうとう怒った。

【完結】精霊に選ばれなかった私は…

まりぃべる
ファンタジー
ここダロックフェイ国では、5歳になると精霊の森へ行く。精霊に選んでもらえれば、将来有望だ。 しかし、キャロル=マフェソン辺境伯爵令嬢は、精霊に選んでもらえなかった。 選ばれた者は、王立学院で将来国の為になるべく通う。 選ばれなかった者は、教会の学校で一般教養を学ぶ。 貴族なら、より高い地位を狙うのがステータスであるが…? ☆世界観は、緩いですのでそこのところご理解のうえ、お読み下さるとありがたいです。

私はお母様の奴隷じゃありません。「出てけ」とおっしゃるなら、望み通り出ていきます【完結】

小平ニコ
ファンタジー
主人公レベッカは、幼いころから母親に冷たく当たられ、家庭内の雑務を全て押し付けられてきた。 他の姉妹たちとは明らかに違う、奴隷のような扱いを受けても、いつか母親が自分を愛してくれると信じ、出来得る限りの努力を続けてきたレベッカだったが、16歳の誕生日に突然、公爵の館に奉公に行けと命じられる。 それは『家を出て行け』と言われているのと同じであり、レベッカはショックを受ける。しかし、奉公先の人々は皆優しく、主であるハーヴィン公爵はとても美しい人で、レベッカは彼にとても気に入られる。 友達もでき、忙しいながらも幸せな毎日を送るレベッカ。そんなある日のこと、妹のキャリーがいきなり公爵の館を訪れた。……キャリーは、レベッカに支払われた給料を回収しに来たのだ。 レベッカは、金銭に対する執着などなかったが、あまりにも身勝手で悪辣なキャリーに怒り、彼女を追い返す。それをきっかけに、公爵家の人々も巻き込む形で、レベッカと実家の姉妹たちは争うことになる。 そして、姉妹たちがそれぞれ悪行の報いを受けた後。 レベッカはとうとう、母親と直接対峙するのだった……

【本編完結】さようなら、そしてどうかお幸せに ~彼女の選んだ決断

Hinaki
ファンタジー
16歳の侯爵令嬢エルネスティーネには結婚目前に控えた婚約者がいる。 23歳の公爵家当主ジークヴァルト。 年上の婚約者には気付けば幼いエルネスティーネよりも年齢も近く、彼女よりも女性らしい色香を纏った女友達が常にジークヴァルトの傍にいた。 ただの女友達だと彼は言う。 だが偶然エルネスティーネは知ってしまった。 彼らが友人ではなく想い合う関係である事を……。 また政略目的で結ばれたエルネスティーネを疎ましく思っていると、ジークヴァルトは恋人へ告げていた。 エルネスティーネとジークヴァルトの婚姻は王命。 覆す事は出来ない。 溝が深まりつつも結婚二日前に侯爵邸へ呼び出されたエルネスティーネ。 そこで彼女は彼の私室……寝室より聞こえてくるのは悍ましい獣にも似た二人の声。 二人がいた場所は二日後には夫婦となるであろうエルネスティーネとジークヴァルトの為の寝室。 これ見よがしに少し開け放たれた扉より垣間見える寝台で絡み合う二人の姿と勝ち誇る彼女の艶笑。 エルネスティーネは限界だった。 一晩悩んだ結果彼女の選んだ道は翌日愛するジークヴァルトへ晴れやかな笑顔で挨拶すると共にバルコニーより身を投げる事。 初めて愛した男を憎らしく思う以上に彼を心から愛していた。 だから愛する男の前で死を選ぶ。 永遠に私を忘れないで、でも愛する貴方には幸せになって欲しい。 矛盾した想いを抱え彼女は今――――。 長い間スランプ状態でしたが自分の中の性と生、人間と神、ずっと前からもやもやしていたものが一応の答えを導き出し、この物語を始める事にしました。 センシティブな所へ触れるかもしれません。 これはあくまで私の考え、思想なのでそこの所はどうかご容赦して下さいませ。

処理中です...