初めての異世界転生

藤井 サトル

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王族からは逃げられない

実際に何でもするなんて言われたら困るよね

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「え?クルスお兄ちゃんに何かあったんですか?」

 それはリリアにとっても衝撃的な言葉だった。定期的にあっていたアーデルハイドからはこれまで何も言ってこなかったからこそ、クルスも健在だと思っていたのだ。

「ああ。最近の流行り病は知っているか?」

「はい……」

 そのアーデルハイドの言葉だけでも心臓が跳ねた。嫌な予感という話ではない。アーデルハイドがそう前置きしたことを考えると、自分の頭に過った考えは確実と言っていいだろう。

「治療方法が見つかっていない不治の病で……かかれば治せず死んでしまうという……あの弱死病じゃくしびょうですよね」

「そうだ。お兄様がそれにかかってしまったんだ」

「そんな……」

 アーデルハイドの言葉から予想はできていたにしても、直接聞けばどうしてもショックは隠しきれない。

 足を止め呆然とリリアは立ち尽くしてしまう。信じたくない内容を受け入れることは難しい。それも16歳の少女とあれば尚更だろう。

 リリアはアーデルハイドに慕っているからと言って、その兄である王子クルスを嫌っているわけではない。むしろ、アーデルハイドとまではいかなくてもクルスのことも十分慕っているのだ。

 それは、慕ってきた分だけ……生きてきた中でクルスに会った分だけ大切な思い出があるということだ。

「やだ……クルスお兄ちゃんが死んじゃうなんてやだ……」

 聞き分けのよい普段のリリアからでは想像が出来ない程の、まるで駄々をこねる幼女のようにリリアは言う。

「お姉ちゃん……嘘だって……言ってよ……」

 泣きながらアーデルハイドの胸に飛び込むリリアをアーデルハイドはそっと抱き締める。いくらリリアが駄々をこねようと、クルスの病は嘘にならないのだから。

 ただ、アーデルハイドはまだ本題を残している。本当は直ぐにでも言うつもりだったのだが、リリアが解決策を考えるより前にここまで取り乱すとは予想外だった。その姿を見たからこそ、成人したとしてもまだまだ子供なのだとアーデルハイドは実感する。

「どうした?何かあったのか?」

 そんな立ち止まっている二人に近づいた大地が声をかけた。

「もう!大地さんはもう少し待ってから声をかけましょうって言ったのに!」

 ただ事ではなさそうな二人の状況をみた大地とフルネールは声を掛けるか待つかで意見が別れていた。

 大地としては何かあればすぐに対処するのが得策だと言う考えだが、フルネールは一旦リリアが落ち着くまで待ってあげたいという考えだった。

 だから近づこうとした大地をフルネールは大地の腕を引いて「もう少し待ってあげてください」と止めようとした。しかし、「冷たい言い方だが、モンスターいつ出てくるかわからないんだ。無理にでも悩みを聞いて少しでも安心させる方がいいだろ」と、フルネールに腕を捕まれながらリリアに近づいたのだ。

 リリアはアーデルハイドから離れるがその涙は止まってはいない。そして、震える声で大地に言うのだ。

「お兄ちゃん……死んじゃうって……」

 リリアが発した言葉に大地は動揺しつつもどう言うことなのか詳しい事を知っているだろうアーデルハイドへ視線を向ける。
 その事によりアーデルハイドは意図を察したのか口を開いた。

「リリアが言っているのはクルス・ロウ・ホワイト王子。つまり私のお兄様なのだが、ここ数日前にある病にかかってしまったんだ。その病というのが弱死病と言ってな……確実に死ぬ病だ」

 だから『お兄ちゃん』という事か。王女であるアーデルハイドと交流があった事を考えると王子であるクルスとも交流があってもおかしくはない。

「確実に死ぬと言うのは……治療法が見つかっていないという事か?」

 リリアが首を縦に振る。だが、アーデルハイドはその逆に首を横に振った。

「リリア。ここからが本題なんだよ」

「え?」

 未だ涙が目に溜まっているリリアはアーデルハイドへ振り向いた。

「その病を治療する果実がある事は掴めた。それを口にすれば治るらしい」

「そうなんですか!?おに……王子様は助かるかもしれないんですね!」

 リリアの瞳に希望が宿ったようにアーデルハイドへ食いつくように聞く。

「ああ。ただ、その果実を手にいれるのは難しいだろうな……」

 ああ、なるほど。だから厄介な依頼という事か。

 そうみたいですね。察しが良い大地さんはその依頼どうするんですか?最初に100万ゴールドって聞きましたけど、大規模っていう事は分け前も減りますよね。

 まぁそうだろうな。

「果実が有りそうな場所は見当がついている。その果実は寒い場所じゃなければ実らないらしいんだ。そこで私は大規模な作戦を考えた。30人。その数の腕利きをそろえて果実があるとされる北の海を越えた先にある雪山へ遠征だ」

「俺にする依頼もその遠征だよな?」

 頷くアーデルハイドからリリアは大地へと視線を移す。

「ダイチさんは行くんですか?」

「アーデルハイドが俺に依頼をするかどうかを見極めるらしいからな。その御眼鏡に適ってから考える形なんだが」

 リリアは勢いよくアーデルハイドへ振り向いた。

「そうだ。今日の依頼で大地がどういう人間かを見極める為についてきてもらった。AランクとSランクの間の強さを持つモンスターと戦うぞ。と脅したうえでな」

「脅し?」

 さっき戦ったクリスタルリザードはやはり違うか。まぁそこまで強くなかったしCランクくらいか。

「という事はそのモンスターは居ないのか?」

「いない事は無いが、実はそうそう出会う事はないのだ」

「まさかドラゴンか!?」

 ちょっとワクワクしながら聞く大地だがアーデルハイドは首を横に振る。

「そんなわけないだろう。ドラゴンならSランクは当たり前だからな。とは言え、強いモンスターが出る事を知ったことで大地が逃げ腰になるかも見たんだが……胆力は十分そうだ。強さも申し分なかったからな。そして人間性は……まぁ及第点といったところじゃないか?」

 なんでそこだけ及第点なんだよ。

「と言うことなんだが、ダイチは依頼を受けてくれないだろうか?」

 最後の評価も気になるところではあるが、そもそも雪山か。砂漠で環境の厳しさは思い知ってるからな。

 砂漠で死にかけたことがある大地としては正直なところあまり頷きたくないところである。しかし、目の前のリリアはじっと大地の瞳へ見続けている期待の眼差しからのプレッシャーがすごい。

「ダイチさん。お願い……出来ませんか?」

 そんな彼女が口を開いた。

「何度も図々しいってわかっているんですけど……でも、少しでもクルスおにいち……王子様が助かる可能性をあげたいんです……」

 少しずつ俯いていくリリアの姿は大地へ頼むこと自体良くないことだと考えているようで、声も同じくして沈んでいく。

 彼女からしたら迷惑をかけて、またかけて、更にかけて。と、自分の行いが図々しいことこの上ないことだと思い込んでいるのだ。

 それで、どうするんですか?リリアちゃんがすごい落ち込んでるんですけどー?

 そうだな。正直な話、チート能力が有ろうと一歩判断を間違えれば自然の力で死ぬから雪山も怖いんだよな。

 ……それはそうですね。危機に陥っても判断できる状態ならなんとかなりますが、雪山となると寒さによる弊害で判断ができなくなる可能性は十分にあります。

 だよな。ただ……。

 ただ?

 言い方悪いがそろそろ煩わしくなってきたし、それをダシに引き受けるか。

 んー?その言い方ですと元々引き付けるつもりだったんですか?

 そりゃまそうだろ?リリアから頼まれたんじゃ断れんよ。

 愛!ですか!?

 違う!断じて違う!リリアが命の恩人だからだ。

 ふむふむ。つまり一生リリアちゃんに頭が上がらなくて尻に敷かれると?

 尻に敷かれるは、間違ってるんじゃないか?

 ふふ。それはどうでしょう?あながち間違いとは思えませんけどね?ところで、煩わしくなってきたと言うのは?

 呼び方のことだ。

「リリア?この依頼はアーデルハイドがしてきたものだ。そこでリリアが口を挟むのは筋が違うんじゃないか?」

 大地さん!リリアちゃんに何言ってるんですか!リリアちゃんの心境くらいわかるでしょう!!

 わかってる。だが、そもそも今のリリアの言葉は流石にアーデルハイドを蔑ろにして進めすぎだ。

「それは……」

「アーデルハイド。一つ聞いていいか?」

 言葉につまるリリアを置いておいて黙って聞いているアーデルハイドへ視線を向けた。

「なんだろうか?」

「俺はアーデルハイド。君から依頼を聞いてリリアからもお願いされる結果になったが、君はこの事に何も言ってこないな……。それはつまりこの依頼は君達二人からの依頼という認識でいいのか?」

 大地の言葉にリリアは交互に二人へ視線を移し、最後にアーデルハイドを見つめ続ける。大地の言葉はリリアのお願いの筋を通そうとするものだと言うことがわかったからだ。

 アーデルハイドもリリアを視線を移した。

 きっと、この話が終わったあとで自分もついていくと必ず言うだろう。

 訴えかけるリリアの瞳にも弱いアーデルハイドはそう切り出されたら断る事も出来そうにない。何よりリリアがここまで必死にお願いしたいようなのだ。協力しても良いとさえ思えた。それ故にアーデルハイドは大地へと視線を戻す。

「そうだ。この依頼は私とリリアの二人からだ」

「そうか。それじゃあリリアにも一つ聞くぞ?」

「は、はい。何でしょうか?」

 アーデルハイドから直ぐに大地へとリリアは視線を戻す。

「リリアはお願いしてきたが……その見返りを要求してもいいんだよな?」

「ま、まて、それはおかしいだろう。この依頼は100万ゴールドの報酬が……」

 この男はいったい何を言い出すんだと驚きながらアーデルハイドは待ったをかけた。

「ああ。だが、それはアーデルハイドの依頼の報酬だろ?これはリリアからのお願いを受けた時の見返りだから別だ」

 見返り……その言葉を聞きつつリリアは大地から地面へと視線を変えた。

 今の言い方だとどんな要求をされるかわからない。お金なら蓄えがある。クルス王子が助かるなら全額だって渡しても惜しくない。

 ただ……お金じゃない場合は?アーデルハイドが言っていた大地はスケベだと。

 ギルドのような場所にいる以上、そういう話は飛び交うし絡んでくる輩もいた。もちろん、絡んでくる輩にはグラネスやユーナ、ギルド長が何とかしていてくれたのだ。

 でも、そう言うこともあり男が全員とまでは思わないがそう考える人がいると言うこともわかっている。

 その輩と同じことを大地が要求してきたら自分はどうするだろう。

 ……想像した。でもそこには絡んできた輩に対する様な嫌悪感はなかった。実際に言われれば……また別かもしれない。ただ、それでもちょっとの怖さは感じる。

「わかり……ました。私にできることなら何でもします」

 少しだけ震える声でリリアは大地の顔を見上げながら言った。

 キャー!リリアちゃんの言質頂きましたよ大地さん!!これからどうするんですか!?まさかあんなことやこんなことをしちゃうんですか!?同人誌見たいに!同人誌見たいに!!!

 するかアホ!!っつーか、元々そんなことを言わせたくはなかったんだ。真面目な奴だからお金の話をするんじゃないかと思ったんだけどな……。本当に上手くいかねえもんだ。

 それは大地さんが下手だからですよ?

 うぐぅっ……。

「リリア?少し遠回しにしすぎて悪かった。だからへんに身構えないでくれ」

 大地は膝を曲げて視線がまっすぐ水平になるように屈んでから続きを言葉にする。

「俺からの要求はな……リリアのアーデルハイドとクルス王子の呼び方についてだ」

「え?」

 首をかしげるリリアには大地が伝えたいことはまだ伝わらない。

「俺とフルネールに気を使って王女様や王子様って呼んでるんだろうけどさ、俺達だけしかいない時はいつも通りの……リリアが呼びやすい言葉を使ってくれ。それが依頼を引き受ける条件だ」

 リリアは目をぱちくりさせて驚いた後にようやく理解した。大地は『見返り』何て言いながらも引き受ける条件はリリアのことを思ってだと。

 だが、二人の呼び方についての『気を使っている』という理由だけは少しだけズレてしまっている。もちろん呼び方について煩く言う人はいる。だがそれは基本的にお城の中での話であり、大地の前でも気を付けようとしていたのとは別の話だ。

 しかし、大地が持つ情報ではわからないのは当たり前なのだ。何せ知って欲しくないから出来る限り大地の耳に入らないようにしているし、回りの人も意を汲んでくれているからだ。

 だから、大地の前では取り繕おうと頑張っていたのだが、大地は真剣に言ってきた……。それならば甘えてもいいか。とリリアも考える。

「本当にそれでいいんですか?私しか得してないじゃないですか……」

 声は若干沈んでいる……と言うよりは押さえているという表現が正しいだろう。俯いているリリアの顔は大地からでは見えないが、何せ今のリリアの表情は嬉しそうに顔がにやけていて、それを必死に取り繕おうとしているのだから。

「そんなことないぞ?」

 そう言いながら大地は次の言葉に詰まってしまう。思い付くことばはどれもキザっぽくなりすぎてしまうから言うに言えなくなってしまった。

「大地さんはね、リリアちゃんがアーデにお姉ちゃんって言いながら甘えるのを見るのが好きなんですよ?」

 おま!横から出てきて何言ってんの!?そんなこと言ったら気持ち悪がられるだけだろ!或いは事案発生じゃねぇか!

 フルネールの言葉にリリアは嫌悪感なのようなものは全く見せずに屈託のない笑顔で頷き、アーデルハイドへ振り向くと「アーデルハイドお姉ちゃん!」と元気にその名を呼ぶ。

 ただ、そのどや顔からは「ほら?大地さんはスケベな人じゃないですよ」という意図が含まれていて、リリアの表情からアーデルハイドは正確にその意図を読み取るのだが、アーデルハイドとしてはそんな純真無垢な妹の未来が心配であり、やや困った顔を浮かべるのだった。
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