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異常時には内省せよ

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いや本来は聖杖でぶん殴ること自体が不敬では──

とは誰も言わず、言い出せずにいると、寝ていたはずのデュークが何かを聞きつけたのか『わふっ』と頭を持ち上げた。
馬車は急激に止まったが車内にはまったく影響がなく、それどころか一瞬ククッと引っ張られる動きを感じたものの、外に座る御者も後方の護衛たちにも衝撃は来ない。
「……見てまいります」
「ええ」
まずはロメリアに、次いで第二王子殿下に頭を下げてからホムラは隙なく馬車を降りた。
他の王制国家では何より国王や王妃が、そして王家に連なる者が最上の礼を受けるが、ダーウィン大王国とその周辺の属王国にとっては大聖女が顕現すればその最敬礼は彼女にまず捧げられる。
ましてやホムラは大聖女ロメリアの最側近侍女であるため、王太子の次に高位にあるはずのヴィヴィニーア第二王子は特に気分を害することなく、軽く頷いて深々と座席に身体を預けた。
その落ち着いた様子に、思わずロメリアが目を軽く細めてクスッと笑う。
「なっ、何だよ……」
「いえ。ずいぶんとお可愛らしくなられた、と」
「うっ……ちゃ、ちゃんと大人になったんだ!いいだろ?!デュークだって成長したんだし!」
「悪いとは言っておりません。幼い故の我儘な様も、今となっては懐かしい…というだけのこと」
確かにロメリアに出会った五歳の頃はヴィヴィニーアにとって天下は自分自身で、父である国王に向けて捧げられる敬礼を共に受けて、己を至上最高の存在だと思っていた。
だからこそ頭ごなしに目の前の美しい少女を──いや出会ったあの瞬間には天使かと見紛うような美しい幼女だったが──人形を強請るが如く欲しいと叫んだが、スッと半眼になった美幼女は素気無く高貴な王子殿下の申し込みを払いのけたのである。

「おまえ!きんぱつがきにいった!ぼくのおよめさんになれ」
「え。いやです」

あのやりとりはいまだに忘れられず、忘れてはならず、そして自戒と自省のためにずっと自分の日記帳の最後のページに書いてある。
この言葉と共に。
『欲しいものがあっても けっして驕らず 相手を重んじ 礼儀と誠意を持って しかし 相手を見て けっして断られぬように 手と心と言葉を尽くせ』
散々試行錯誤し、何度も心に無い『婚約破棄』をチラつかせ、どこまで言えば本当に怒らないかと探りながらヴィヴィニーア殿下が見つけた、ロメリアをと共にいるための心得だったが、実のところいまだ研究中であった。


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