257 / 264
幼児
しおりを挟む
計算に関しては──まあ期待はしていなかったが、エリーの学習能力は本当に初級程度だった。
必要最低限の読み書きはできるため、文章問題を読むことはできるのだが、そこに意味を付随させてしまう。
『リンゴが2個ありました。Aくんが3個持ってきました。Bさんが1個食べました。残りはいくつでしょう』
「えっ!お友達が持ってきたリンゴを、1人で食べてしまったのですか!そんな……お腹を壊していませんか?」
「いや、そういう問題ではなく……」
『オレンジは1つ銅貨3枚です。リンゴは1つ銅貨2枚です。お母さんはオレンジ3つとリンゴを5つ買ってくるようにと言いました。CちゃんとDくんは銅貨を何枚出しましたか』
「まあ!CちゃんとDくんはすごいですのね!わたくし、オレンジとリンゴは1つずつしか持てませんわ」
「いや、これは持って帰るのがどうとかいうのでは……」
簡単な足し算や足し算と引き算が加わった文章問題を解かせるのは、単純な計算だけでは美しくないという貴族が多いため、エリー嬢のために雇った家庭教師が選んだものだが、どうにも理解してもらえない。
では庶民のように本当に数字と記号だけで問題を出せば──
2 + 3 – 1=
3 + 3 + 3 =
2 + 2 + 2 + 2 + 2 =
9 + 10 =
「まあ!数字の間にあるこの読めない文字は何ですの?え、これが演算……まあ!ではこの十字の記号は何て言いますの?何故こんな形ですの?」
「お、お嬢様……形ではなく、この記号は『足す』や『引く』という意味ですので、それに従って計算していただかねば……」
「どうして『引く』となりますの?」
最終的にはリンゴやオレンジ、そして銅貨や銀貨を並べて物質的に理解してもらうという幼児に教えるが如き方法で、ようやく先に進み始めた。
「……初級計算もできないお嬢様は初めてですわ……」
「そうなんですか?」
「ええ。普通は乳母などが簡単な計算を教えますの。わたくしたち家庭教師はそれを下地として、貴族学園に入っても困らないだけの知識を与えます。ですが……」
チラッと見るその視線の先には、応用としてリンゴの前に銅貨を5枚置き、2つの時は銅貨は何枚という進んだんだか戻っているのだかわからない授業を、ルエナが幼少期に遊んでいた人形たちを生徒に見立ててエリーが行っている。
それに付き合っているのはエリーと同僚と言えるはずのルエナ付きの侍女だが、彼女たちまるで彼女がルエナの妹のような態度で接していた。
「……本来はああやって遊ぶのは、それこそエリー嬢が5歳ぐらいの時でなければならないのです」
「でしょうね」
前世の記憶があるとはいえ、さすがにシーナが『詩音』だった時の幼児期など忘れてしまっているため、きっと幼稚園生ぐらいであればああやって友達と遊ぶのだろうなと考えた。
確か園児共同で使える玩具の中には精巧にできたレジ台があって、『お店屋さんごっこ』なんかして遊んだような気もする。
しかしああやってお人形遊びで計算や文字を教えるのならば、子供向けの絵本があってもいいと思うのだが、どうやら宗教経典を子供向けに砕いて優しく教えるのは『子供のためにならない』という考えがこの世界の一般なのか、絵画ですら子供向けではない。
「……本当に、全部解決したら『絵本』を発行したいわ」
「えほん?何ですか?それは」
「え?たとえば、犬と猫がこうやって仲良く冒険に出るとか……」
「何てこと!こんな非常識な物、子供が本当のことだと思ったら大変ではありませんか!」
シーナがサラサラと紙に何かのキャラクターに見える二本足歩行の擬人化した犬と猫を描いてみせると、まるで悍ましい物を見せられたかのように、家庭教師は両手で顔を覆った上にバッと勢いよく身体を逸らした。
「ええ~……そ、そこまで……?」
エリーの文章理解能力はともかく、計算への理解度と、シーナが考えている『乳幼児向け絵本の出版』への道はまだまだ遠そうだった。
必要最低限の読み書きはできるため、文章問題を読むことはできるのだが、そこに意味を付随させてしまう。
『リンゴが2個ありました。Aくんが3個持ってきました。Bさんが1個食べました。残りはいくつでしょう』
「えっ!お友達が持ってきたリンゴを、1人で食べてしまったのですか!そんな……お腹を壊していませんか?」
「いや、そういう問題ではなく……」
『オレンジは1つ銅貨3枚です。リンゴは1つ銅貨2枚です。お母さんはオレンジ3つとリンゴを5つ買ってくるようにと言いました。CちゃんとDくんは銅貨を何枚出しましたか』
「まあ!CちゃんとDくんはすごいですのね!わたくし、オレンジとリンゴは1つずつしか持てませんわ」
「いや、これは持って帰るのがどうとかいうのでは……」
簡単な足し算や足し算と引き算が加わった文章問題を解かせるのは、単純な計算だけでは美しくないという貴族が多いため、エリー嬢のために雇った家庭教師が選んだものだが、どうにも理解してもらえない。
では庶民のように本当に数字と記号だけで問題を出せば──
2 + 3 – 1=
3 + 3 + 3 =
2 + 2 + 2 + 2 + 2 =
9 + 10 =
「まあ!数字の間にあるこの読めない文字は何ですの?え、これが演算……まあ!ではこの十字の記号は何て言いますの?何故こんな形ですの?」
「お、お嬢様……形ではなく、この記号は『足す』や『引く』という意味ですので、それに従って計算していただかねば……」
「どうして『引く』となりますの?」
最終的にはリンゴやオレンジ、そして銅貨や銀貨を並べて物質的に理解してもらうという幼児に教えるが如き方法で、ようやく先に進み始めた。
「……初級計算もできないお嬢様は初めてですわ……」
「そうなんですか?」
「ええ。普通は乳母などが簡単な計算を教えますの。わたくしたち家庭教師はそれを下地として、貴族学園に入っても困らないだけの知識を与えます。ですが……」
チラッと見るその視線の先には、応用としてリンゴの前に銅貨を5枚置き、2つの時は銅貨は何枚という進んだんだか戻っているのだかわからない授業を、ルエナが幼少期に遊んでいた人形たちを生徒に見立ててエリーが行っている。
それに付き合っているのはエリーと同僚と言えるはずのルエナ付きの侍女だが、彼女たちまるで彼女がルエナの妹のような態度で接していた。
「……本来はああやって遊ぶのは、それこそエリー嬢が5歳ぐらいの時でなければならないのです」
「でしょうね」
前世の記憶があるとはいえ、さすがにシーナが『詩音』だった時の幼児期など忘れてしまっているため、きっと幼稚園生ぐらいであればああやって友達と遊ぶのだろうなと考えた。
確か園児共同で使える玩具の中には精巧にできたレジ台があって、『お店屋さんごっこ』なんかして遊んだような気もする。
しかしああやってお人形遊びで計算や文字を教えるのならば、子供向けの絵本があってもいいと思うのだが、どうやら宗教経典を子供向けに砕いて優しく教えるのは『子供のためにならない』という考えがこの世界の一般なのか、絵画ですら子供向けではない。
「……本当に、全部解決したら『絵本』を発行したいわ」
「えほん?何ですか?それは」
「え?たとえば、犬と猫がこうやって仲良く冒険に出るとか……」
「何てこと!こんな非常識な物、子供が本当のことだと思ったら大変ではありませんか!」
シーナがサラサラと紙に何かのキャラクターに見える二本足歩行の擬人化した犬と猫を描いてみせると、まるで悍ましい物を見せられたかのように、家庭教師は両手で顔を覆った上にバッと勢いよく身体を逸らした。
「ええ~……そ、そこまで……?」
エリーの文章理解能力はともかく、計算への理解度と、シーナが考えている『乳幼児向け絵本の出版』への道はまだまだ遠そうだった。
10
お気に入りに追加
85
あなたにおすすめの小説
婚約破棄された侯爵令嬢は、元婚約者の側妃にされる前に悪役令嬢推しの美形従者に隣国へ連れ去られます
葵 遥菜
恋愛
アナベル・ハワード侯爵令嬢は婚約者のイーサン王太子殿下を心から慕い、彼の伴侶になるための勉強にできる限りの時間を費やしていた。二人の仲は順調で、結婚の日取りも決まっていた。
しかし、王立学園に入学したのち、イーサン王太子は真実の愛を見つけたようだった。
お相手はエリーナ・カートレット男爵令嬢。
二人は相思相愛のようなので、アナベルは将来王妃となったのち、彼女が側妃として召し上げられることになるだろうと覚悟した。
「悪役令嬢、アナベル・ハワード! あなたにイーサン様は渡さない――!」
アナベルはエリーナから「悪」だと断じられたことで、自分の存在が二人の邪魔であることを再認識し、エリーナが王妃になる道はないのかと探り始める――。
「エリーナ様を王妃に据えるにはどうしたらいいのかしらね、エリオット?」
「一つだけ方法がございます。それをお教えする代わりに、私と約束をしてください」
「どんな約束でも守るわ」
「もし……万が一、王太子殿下がアナベル様との『婚約を破棄する』とおっしゃったら、私と一緒に隣国ガルディニアへ逃げてください」
これは、悪役令嬢を溺愛する従者が合法的に推しを手に入れる物語である。
※タイトル通りのご都合主義なお話です。
※他サイトにも投稿しています。
今日は私の結婚式
豆狸
恋愛
ベッドの上には、幼いころからの婚約者だったレーナと同じ色の髪をした女性の腐り爛れた死体があった。
彼女が着ているドレスも、二日前僕とレーナの父が結婚を拒むレーナを屋根裏部屋へ放り込んだときに着ていたものと同じである。
帰らなければ良かった
jun
恋愛
ファルコン騎士団のシシリー・フォードが帰宅すると、婚約者で同じファルコン騎士団の副隊長のブライアン・ハワードが、ベッドで寝ていた…女と裸で。
傷付いたシシリーと傷付けたブライアン…
何故ブライアンは溺愛していたシシリーを裏切ったのか。
*性被害、レイプなどの言葉が出てきます。
気になる方はお避け下さい。
・8/1 長編に変更しました。
・8/16 本編完結しました。
皇太子の子を妊娠した悪役令嬢は逃げることにした
葉柚
恋愛
皇太子の子を妊娠した悪役令嬢のレイチェルは幸せいっぱいに暮らしていました。
でも、妊娠を切っ掛けに前世の記憶がよみがえり、悪役令嬢だということに気づいたレイチェルは皇太子の前から逃げ出すことにしました。
本編完結済みです。時々番外編を追加します。
【完結】婚約者に忘れられていた私
稲垣桜
恋愛
「やっぱり帰ってきてた」
「そのようだね。あれが問題の彼女?アシュリーの方が綺麗なのにな」
私は夜会の会場で、間違うことなく自身の婚約者が、栗毛の令嬢を愛しそうな瞳で見つめながら腰を抱き寄せて、それはそれは親しそうに見つめ合ってダンスをする姿を視線の先にとらえていた。
エスコートを申し出てくれた令息は私の横に立って、そんな冗談を口にしながら二人に視線を向けていた。
ここはベイモント侯爵家の夜会の会場。
私はとある方から国境の騎士団に所属している婚約者が『もう二か月前に帰ってきてる』という話を聞いて、ちょっとは驚いたけど「やっぱりか」と思った。
あれだけ出し続けた手紙の返事がないんだもん。そう思っても仕方ないよでしょ?
まあ、帰ってきているのはいいけど、女も一緒?
誰?
あれ?
せめて婚約者の私に『もうすぐ戻れる』とか、『もう帰ってきた』の一言ぐらいあってもいいんじゃない?
もうあなたなんてポイよポイッ。
※ゆる~い設定です。
※ご都合主義です。そんなものかと思ってください。
※視点が一話一話変わる場面もあります。
浮気中の婚約者が私には塩対応なので塩対応返しすることにした
今川幸乃
恋愛
スターリッジ王国の貴族学園に通うリアナにはクリフというスポーツ万能の婚約者がいた。
リアナはクリフのことが好きで彼のために料理を作ったり勉強を教えたりと様々な親切をするが、クリフは当然の顔をしているだけで、まともに感謝もしない。
しかも彼はエルマという他の女子と仲良くしている。
もやもやが募るもののリアナはその気持ちをどうしていいか分からなかった。
そんな時、クリフが放課後もエルマとこっそり二人で会っていたことが分かる。
それを知ったリアナはこれまでクリフが自分にしていたように塩対応しようと決意した。
少しの間クリフはリアナと楽しく過ごそうとするが、やがて試験や宿題など様々な問題が起こる。
そこでようやくクリフは自分がいかにリアナに助けられていたかを実感するが、その時にはすでに遅かった。
※4/15日分の更新は抜けていた8話目「浮気」の更新にします。話の流れに差し障りが出てしまい申し訳ありません。
【完結】亡き冷遇妃がのこしたもの〜王の後悔〜
なか
恋愛
「セレリナ妃が、自死されました」
静寂をかき消す、衛兵の報告。
瞬間、周囲の視線がたった一人に注がれる。
コリウス王国の国王––レオン・コリウス。
彼は正妃セレリナの死を告げる報告に、ただ一言呟く。
「構わん」……と。
周囲から突き刺さるような睨みを受けても、彼は気にしない。
これは……彼が望んだ結末であるからだ。
しかし彼は知らない。
この日を境にセレリナが残したものを知り、後悔に苛まれていくことを。
王妃セレリナ。
彼女に消えて欲しかったのは……
いったい誰か?
◇◇◇
序盤はシリアスです。
楽しんでいただけるとうれしいです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる