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独言

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シーナはやや大人しくティーカップの弦をつまんで、お上品にお茶を飲む。
これは転生してからやっと身に着けたものではなく、前世で躾に厳しかった母の教えの賜物だった。


転生前の医者家族唯一の娘──といえば完全にお嬢様をイメージするが、どちらかといえば『生粋のお嬢様』は母だった。
いや父も職業柄教養も知識もあったが、いかんせん『家族』というものを道具的に扱う傾向がある人で、妻には体裁的な外交手腕を、長兄には跡取りとしての頭脳と有能さを、次男と三男には資産家で美貌を誇る女性を嫁にできるだけの見目の良さを。
そんな父親でも唯一の娘には甘くなるというのが相場なのだろうが、女は『妻』という役割を果たすか、自分勝手に性処理道具として役に立つかでしか判断しない男の価値観で、「ようやく娘を産んだか」と言った以外に新しい生命の誕生を喜ぶことはなかったらしい。
医療技術の最高峰と言える大病院といえど自然分娩で双子を安全に取り上げる方法が確立されているとは言い難く、院長夫人が出産で命を落とすなどあってはならないと万全の体制が取られ、帝王切開での出産は決まっていた。
上のふたりを出産しても妊娠線もなくセルライトなどとは無縁の美しいボディが自慢だった母ではあったが、双子を産んだ際に刻まれた傷跡を後悔したことはないと笑ってくれた。
なのにそのせいでまだ三十代半ばにも満たない身でありながら、夫から『子作りにも値しない女』として見捨てられるなんて絶望するしかなかったに違いない。
「私には、あなたたちだけなのよ」
次兄に暴行を受けたからではない。
それよりもずっと以前から、母は幼い双子をまとめて抱きしめてそう言っていたのだが──ひょっとしたら、あの言葉は母自身に向かうものだったのかもしれない。
「私は無価値な人間ではない」と。


ふっと意識が目の前の紅茶に戻り、微かな音を立ててカップをソーサーに戻した。
前世の大きな家や母や凛音と一緒に暮らしていたマンションにあった紙のように薄く軽い磁器ではなく、まだぽってりと厚みと重さがあるカップだが、さほど気を付けることもなくそっと丁寧に置くことができて、シーナはひとりで満足げに頷く。
それから今では『いちゃつくバカップル』としか表現のしようがないルエナ嬢とリオン王太子に視線を向ける。
(うん。やっぱり趣味じゃないな)
前世の実父の希望通りに、美しい母の血筋を正しく受け継いだために整った顔で産まれた双子の兄ではあるが、詩音は別に凛音の顔にときめいたことはない。
ついでにやはり母似の長兄や父方の流れを彷彿とさせるワイルド系顔面の次兄にも。
それは普通に血が繋がった遺伝子の為せる業かと思ったが、こうやって異世界に転生して、しかもまったく血の繋がりのない家の子供にそれぞれ生まれ育っても、やはりリオンに対して恋心どころかトゥンクという胸の弾みさえ感じなかった。
「ま、フラグ立ちようがないね」
何せ推しはヒロイン自分から婚約者を奪われる悪役令嬢なのだ。
「え?何?」
こういう時だけは耳聡い。
溜息と共に吐かれた呟きを、元双子で現ずっ友の王子様は当たり前のように拾った。


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