上 下
143 / 264

昼食・1

しおりを挟む
ルエナにとっては『喧嘩腰』という言葉自体が未知すぎて聞き返したに過ぎないとわかり、リオンがわかりやすく『偉そうに突っかかり、相手をねじ伏せるような口調や命令するような態度で話さないこと』と砕いて説明し、ようやく理解を得た。
「そう……ですわね……わたくしの言い方……ひどいですものね……」
「いっ、いやっ……」
これが本来のルエナ嬢の性格だったのだろうか──リオンから窘められたと受け取ったルエナは、反論どころか『 (´・ω・`)ショボン…』 という絵文字に変換できそうな顔つきであからさまに落ち込んだ。
今まで差し向かいで会ってもほとんど口も利かず、たとえ夜会でエスコートしてもこちらには一瞥もくれずにわずかな微笑みでほぼ無言を貫いてきた婚約者のあまりの変わりように、リオンの方が慌ててしまう。

それにまだ、一番大切なことが残っている。

「……その、あなたには態度を改めて、シーナ嬢に接してもらうということもあるのだが……」
「シーナ様?シオン様?あの……わたくし、どちらであの方をお呼びすればよいのでしょうか?」

訂正。
大切なことは、ふたつだった。


シーナが気絶から睡眠へと移ったその時間は二時間ほどだったが、おかげで今日の昼食を逃してしまった。
「……今日のランチは何だったんだろー」
ぐぎゅぅ…と乙女らしくない腹音が鳴ってしまったが、とりあえずは気にしない。
むしろ気にしたのはアルベールの方だった。
「うん?我が家の厨房から弁当をもらってはいないのか?」
「え?いやいやいや!そこまで迷惑はかけられないって!……少しはさ『自分のために使いなさい』って、伯父…じゃなかった。お義父様がお小遣いくれてるから。たぶん服とかオシャレに使えってことだと思うんだけど……まあそれは自分で稼いだお金を少し持ってきているから」
「しかし……」
アルベールは渋るが、何せ前世ではまともに高校生生活を楽しめなかった『詩音』としては、家にずっと引き籠りだったかわりに学生食堂など楽しみで仕方がない。
さすがに毎日食堂で食べられるほど裕福ではないが、限られた小遣いでやりくりするのも楽しいものだ。
しかしアルベールとしてはディーファン公爵家にシーナを匿っている以上、家名にかけて衣食住に不足を覚えるようなことはできないという自負がある。
かくしてふたりの主張は平行線を辿り、譲り合うにはいたらない。

ぐぎゅぅ。

だがシーナ嬢の健康的過ぎる肉体は可及的速やかなエネルギー補給を要求しており、それ故に今日のメニューを吟味し損ねたことが恨めしい。
「くっ……いいわよね、アルは……公爵令息だもの、きっと食堂でも高額メニュー食べ放題よねっ」
「え?いや、俺が在学中は……その、面倒で」
「は?」
「食堂の時間は学年もクラスも関係ないからな……積極的な令嬢たちから突撃されることが多くて、食堂は入学してすぐから遠慮するようにしたんだ。我が家の料理長の腕はなかなかだろう?」
「あー…うん、まあね……毎日美味しくいただいてるわ?おかげで実家に戻った時に、自分で作る料理に自信が無くなりそう」
「いやシオンの作るサンドイッチも十分うま……いや、その、これ」
簡易的でよいので公爵家から弁当を届けるようにと伝え、先ほど届いた籠を差し出すと、アルベールからその手元へ、そしてまた顔へと視線を戻したシーナの目はキラキラと輝いていた。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約破棄された侯爵令嬢は、元婚約者の側妃にされる前に悪役令嬢推しの美形従者に隣国へ連れ去られます

葵 遥菜
恋愛
アナベル・ハワード侯爵令嬢は婚約者のイーサン王太子殿下を心から慕い、彼の伴侶になるための勉強にできる限りの時間を費やしていた。二人の仲は順調で、結婚の日取りも決まっていた。 しかし、王立学園に入学したのち、イーサン王太子は真実の愛を見つけたようだった。 お相手はエリーナ・カートレット男爵令嬢。 二人は相思相愛のようなので、アナベルは将来王妃となったのち、彼女が側妃として召し上げられることになるだろうと覚悟した。 「悪役令嬢、アナベル・ハワード! あなたにイーサン様は渡さない――!」 アナベルはエリーナから「悪」だと断じられたことで、自分の存在が二人の邪魔であることを再認識し、エリーナが王妃になる道はないのかと探り始める――。 「エリーナ様を王妃に据えるにはどうしたらいいのかしらね、エリオット?」 「一つだけ方法がございます。それをお教えする代わりに、私と約束をしてください」 「どんな約束でも守るわ」 「もし……万が一、王太子殿下がアナベル様との『婚約を破棄する』とおっしゃったら、私と一緒に隣国ガルディニアへ逃げてください」 これは、悪役令嬢を溺愛する従者が合法的に推しを手に入れる物語である。 ※タイトル通りのご都合主義なお話です。 ※他サイトにも投稿しています。

私の恋が消えた春

豆狸
恋愛
「愛しているのは、今も昔も君だけだ……」 ──え? 風が運んできた夫の声が耳朶を打ち、私は凍りつきました。 彼の前にいるのは私ではありません。 なろう様でも公開中です。

帰らなければ良かった

jun
恋愛
ファルコン騎士団のシシリー・フォードが帰宅すると、婚約者で同じファルコン騎士団の副隊長のブライアン・ハワードが、ベッドで寝ていた…女と裸で。 傷付いたシシリーと傷付けたブライアン… 何故ブライアンは溺愛していたシシリーを裏切ったのか。 *性被害、レイプなどの言葉が出てきます。 気になる方はお避け下さい。 ・8/1 長編に変更しました。 ・8/16 本編完結しました。

もう終わってますわ

こもろう
恋愛
聖女ローラとばかり親しく付き合うの婚約者メルヴィン王子。 爪弾きにされた令嬢エメラインは覚悟を決めて立ち上がる。

皇太子の子を妊娠した悪役令嬢は逃げることにした

葉柚
恋愛
皇太子の子を妊娠した悪役令嬢のレイチェルは幸せいっぱいに暮らしていました。 でも、妊娠を切っ掛けに前世の記憶がよみがえり、悪役令嬢だということに気づいたレイチェルは皇太子の前から逃げ出すことにしました。 本編完結済みです。時々番外編を追加します。

砕けた愛は、戻らない。

豆狸
恋愛
「殿下からお前に伝言がある。もう殿下のことを見るな、とのことだ」 なろう様でも公開中です。

婚約者に毒を飲まされた私から【毒を分解しました】と聞こえてきました。え?

こん
恋愛
成人パーティーに参加した私は言われのない罪で婚約者に問い詰められ、遂には毒殺をしようとしたと疑われる。 「あくまでシラを切るつもりだな。だが、これもお前がこれを飲めばわかる話だ。これを飲め!」 そう言って婚約者は毒の入ったグラスを渡す。渡された私は躊躇なくグラスを一気に煽る。味は普通だ。しかし、飲んでから30秒経ったあたりで苦しくなり初め、もう無理かも知れないと思った時だった。 【毒を検知しました】 「え?」 私から感情のない声がし、しまいには毒を分解してしまった。私が驚いている所に友達の魔法使いが駆けつける。 ※なろう様で掲載した作品を少し変えたものです

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

処理中です...