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恣意

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ああ──このふたりには、自分には知り得ない時間と繋がりと、切なくなるような信頼関係があり、それはとても割り込めるものではない。

イストフはシーナ嬢のことをずっと見ていた。
学園内でリオン王太子の側にあるようになったのは、まるで彼女が転入するのを知っていたかのように王太子が出迎え、そして当たり前のようにその横に立った瞬間からではあったが、その気さくさはたちまち側近たち全員も魅惑し、中でもイストフは婚約者である王太子殿下に関わろうとしないルエナ嬢への苛立ちも相まって正反対の雰囲気を持つシーナに執心した。

しかし、そんな姿は単に自分が見ていたいと思っていた幻だったのかもしれない。

アルベールをその小さな背と手で届く限りぽかぽかと殴り、笑っていなされてさらにムキになるシーナ嬢は幼い少女のようで、相手をしているアルベールもドキッとするほど幼く見える。
リオンとの近さも実は男女の間に生まれる感情的なものではなく、不思議と身内に抱く親愛のようなものらしいと察してはいたが、アルベールに向けるその表情と雰囲気はまったく違っていた。
そしてそれは絶対自分たち学園内の側近に向けられたことはなく──
「……っふ」
シーナが自分たちに対して警戒心というか、あまりいい感情を持ってはいないのは感じていたが、それは一歩引いて王太子とシーナを取り囲む自分たちを威圧的に考えていたせいかと思ったが、そうではなかったようである。
それでも一縷の望みのようなものは持っていた。
シーナの気さくな性格は側近たちの誰よりも、一番に自分が理解し相性が合うと思っていたからである。
だからこそ父親が計画していた『王家から婚約破棄をされた欠陥令嬢であるルエナ嬢』を迎え入れる計画では長男を薦め、自分は王太子の周りにいる者から絶対婚姻を反対されるであろうシーナを攫ってしまうつもりであった。
父もできればディーファン公爵家から睨まれるよりは援助をもらえればなお良いと、まだ確定もしていない公爵令嬢降嫁を画策し、長男が幼少の頃から結んでいる婚約をどうにかこちらの過失でなく消滅させるか、兄の婚約者を次男に押しつけようと算段している。
それに対してイストフは断固として拒否し、王太子と結ばれるには身分差のある子爵令嬢を迎えるつもりだと公言していた。
「親子揃って、ありもしない未来を見ていたというわけか……」
「どういう意味だ?」
わざわざ王都までやってきた父と身勝手な絵空事を嬉々として語り合っていたある晩のことを思い出し、イストフが自虐的に呟くと、その意味をアルベールが問い質したが、もうすでにその内容を知っているようにも聞こえる。
ビクッとしたイストフは恐る恐る厳しく冷たい視線を浴びせるアルベールを見上げ、洗いざらい話した。
「……シーナ嬢が話された通り……何故知っているのかはわからないが……ルエナ嬢を我がエビフェールクス侯爵家に迎え入れたいと父が考えていた。王太子殿下に婚約破棄されれば、とてもではないが王都にはいられまいと……俺はシーナ嬢に……婚姻を申し込むつもりだったから、五つ上の兄にと推していた」
「……確か君の兄上には、来年輿入れ予定の伯爵令嬢がおられたと思うが?」
「はぁ?!」
「……確かに、幼少より婚約者はいたが……彼女は俺よりさらに七歳も年下だ。伯爵位を授かってはいるが、やはり辺境ではなかなか経済を回すのが難しく……我が家からの援助を当てにしての政略結婚だ。我が侯爵家に旨味のある婚姻ではない。ならばむしろ……」
「だからって!むぐっ……」
政治的な意味ではなく人道的な感情でシーナが噛みつくより先にアルベールがその口を押え、黙って先を話すようにと促す。
「十二歳の年の差なら七歳差の俺でも構わないだろうと父は俺にその令嬢を宛がおうとしたが、俺は辺境に戻るつもりはない。だから逆に地方に領地のないオイン子爵家の令嬢であるシーナ嬢を娶り、この王都で王宮でのリオン王太子殿下の側近護衛として勤めるつもりだった……」
つまり身勝手な理由と憶測だけで、リオンが手放すつもりなどまったくないルエナ・リル・ディーファン公爵令嬢を辺境侯爵家に閉じ込め、その身の安全と引き換えにディーファン家の金を目当てにしていたらしい。
そしてリオンの学園内側近の中でも、あまり嫌悪感を抱かれていない自分こそがシーナを貰い受けるのにふさわしいと、イストフ自身は考えていたと告白した。


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