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刺繍

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シーナがひと針ずつ縫う図形はこの世界のものではなく、前世で母が教えてくれたいわゆる日本の刺し子模様だった。
母は双子の兄妹を連れてマンションへ引っ越したが、詩音の精神状態がその程度で回復するはずもなく、ゆっくりと死の淵に滑り落ちそうな無気力な娘をどうすることもできなかった。

それが数ヶ月過ぎ、最悪の事態が──『実兄の子を妊娠すること』が絶対にないという事実を告げる声が、ようやく詩音に届いた。
「ほ……ん……と……?」
「本当だって!」
「だ……って……せい…り……こな……い……」
「そりゃそうだろう?!お前、全然食ってないじゃないか!食えないなら、せめて祖父ちゃんの点滴受けろよ!親父の病院になんて行かなくていいように、ここでやってくれるって!」
「ほ……ん……と、に……?あわないで……」
「ああ!祖父ちゃんがもう親父にも兄貴たちにも会わないでいいって!祖父ちゃんがちゃんと診てくれるし、その……お前の身体については、親父の病院じゃなくて、祖父ちゃんの知り合いの遠い病院の女の先生が来てくれる約束になってるって!だから……だからさっ……」
それで第二次成長期の詩音の身体がすぐに正常に戻ったわけではないが、それでも不安定ながら女性の象徴が戻った日、詩音は母親と抱き合って泣いた。
例え婦人科の女医が往診し、検査も何度も行って『望まない妊娠』が絶対にあり得ないとはわかっていても、事実として娘に徴が現れるのは安心度が違ったと、紺染めの布に刺し子を指しながら話してくれるのを、凛音と詩音は黙って聞く。
その間、詩音どころか凛音も父にも兄たちにも会わずにいた。
母が会わせなかったという。
祖父は──母にしてみれば義父であるが──尊敬できる清廉潔白な人だったが、父はそうではなかった。
鬼畜非道な行いをした次兄に対して、詩音を守り切ったのは祖父と母と凛音であるが、父は「アレはとりあえず顔がいいから」という理由で、特に咎めもしなかったのである。
父にとっては息子たちの中で一番優先されるべきは長男のみであり、彼さえ病院を告げるだけの器量と頭脳と医療的技能があれば、他の子供などおまけに過ぎず、『自分の財産として病院の役に立てばなおよい』ぐらいの認識だった。
つまり父は次男に顔と家柄によってどこかの資産家の娘と縁ができれば、あとはどうでもよかったのである。
いや──案外出来の良すぎる長男よりも数段劣る次男の方が、父にとっては可愛い存在だったのかもしれない。
「……結局、同類なのよ、あの人も、あのバカ息子も」
自分の産んだ子供だというのに、母は次男を憎んでいるように吐き出した。
その時手元が狂い、母は白い指に針を指してしまったため、代わりに刺し子をすることを側にいた詩音が言い出したのが、教えてもらうキッカケである。


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