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「……だからと言って……そんな……」
「お嬢様と違って、次期様は早々に王太子殿下の近衛や文官を兼ねる側近候補としてお側に上がっていましたから、シーナ様にお会いする機会が多かったようでございますよ?」
「え?」
ルエナが呟いていたのは学園内で王太子が子爵令嬢を優遇して側に置いている理不尽さについてだったが、ポリエットが話しているのはアルベールやルエナが幼子だった頃のことだ。
噛み合わないその言葉に、ようやくルエナの注意が向く。
「会う機会が多い……?」
「ええ。何故わたくしをこのお屋敷に戻るように説得されるために次期様とシーナ様が同席されるのかとお聞きしましたら、オイン子爵当主様に引き取られる時に国王ご夫妻にお目通りするまで男の子の姿で、たびたび王太子殿下と次期様とご一緒に遊ばれていたそうなのですよ?」
「……え?」
「……ひょっとして、ルエナは覚えていないのか?」
兄は確かにそう言った。
覚えてなんか、いるわけがない。
ルエナは拒否をした。
シーナ・ティア・オイン嬢を。
茶色い帽子をかぶったあの男の子を。
だが──
「でも……あの子は、とても……とても、汚い……汚かったわ……ええ……くすんだ、変な黒っぽい……」
「お母様譲りの赤みがかった金髪を隠すために、実のお父様がわざと木炭で髪を染め隠し、オイン子爵家譲りの瞳の色になるべく気付かれないようにと苦心されて、あのように育てられたと」
「染め……」
それならば、気づかなくても仕方ないではないか。
年に一度、もしくは二度、しかも絵を描くためだけに父親に連れられた少年。
そんな者に気を遣る必要など──
「……次期様はシーナ様が何者であっても、友人にならないという理由にはならない、と。たとえ貴族籍があってもなくても」
そしてシーナ嬢を見る目が、友情以上であることも。
ポリエットは客観的に見ればまったく隠しきれていない次期様──アルベール・ラダ・ディーファン次期公爵の熱い視線に関しては口を噤んだ。
それこそ──ちゃんと目を開いて見れば、家族であれば、わかるはずだから。
だがルエナはポリエットの言わんとすることには気が付かず、ただ自分が今まで学んできた『下位貴族や平民は相手にする必要はない』という常識を否定されたことに混乱している。
その姿は間もなく貴族学園を卒業し王太子妃として王宮に昇るにはあまりにも幼く、そして王宮に勤める者たちから侮られたり疎まれたりしかねない思考を持った『資格のない少女』にしか見えない。
このままこの家から出すわけにはいかないことは、ただの乳母であったポリエットでもわかる。
いや──このまま王宮に昇ってから国王夫妻によって『王太子妃にふさわしくない』と断罪され、傷物として降殿させることが目的ならば、他の高位貴族家としてはルエナの思想教育を偏らせることに、そして煽ることに注力するかもしれない。
そうして傷心し、しかも王太子婚約者として教育を受けたルエナを、下位貴族であろうとも簡単に受け入れてくれるところはないだろうから、そこに付け込んでディーファン公爵家の財産と他国の尊い血統とを手に入れるための『道具』として利用されるしか道が無くなってしまう。
シーナ嬢がそのように予測しながら公爵夫妻やポリエットに向かって話した『最悪の未来図』はあり得ないものではなく、しかもおかしなお茶を飲まされて洗脳されている状態のルエナにはこの言葉は響かないだろうというその意味を、目の前で処理しきれない姿を見せるお嬢様を見たポリエットは正しく理解した。
「お嬢様と違って、次期様は早々に王太子殿下の近衛や文官を兼ねる側近候補としてお側に上がっていましたから、シーナ様にお会いする機会が多かったようでございますよ?」
「え?」
ルエナが呟いていたのは学園内で王太子が子爵令嬢を優遇して側に置いている理不尽さについてだったが、ポリエットが話しているのはアルベールやルエナが幼子だった頃のことだ。
噛み合わないその言葉に、ようやくルエナの注意が向く。
「会う機会が多い……?」
「ええ。何故わたくしをこのお屋敷に戻るように説得されるために次期様とシーナ様が同席されるのかとお聞きしましたら、オイン子爵当主様に引き取られる時に国王ご夫妻にお目通りするまで男の子の姿で、たびたび王太子殿下と次期様とご一緒に遊ばれていたそうなのですよ?」
「……え?」
「……ひょっとして、ルエナは覚えていないのか?」
兄は確かにそう言った。
覚えてなんか、いるわけがない。
ルエナは拒否をした。
シーナ・ティア・オイン嬢を。
茶色い帽子をかぶったあの男の子を。
だが──
「でも……あの子は、とても……とても、汚い……汚かったわ……ええ……くすんだ、変な黒っぽい……」
「お母様譲りの赤みがかった金髪を隠すために、実のお父様がわざと木炭で髪を染め隠し、オイン子爵家譲りの瞳の色になるべく気付かれないようにと苦心されて、あのように育てられたと」
「染め……」
それならば、気づかなくても仕方ないではないか。
年に一度、もしくは二度、しかも絵を描くためだけに父親に連れられた少年。
そんな者に気を遣る必要など──
「……次期様はシーナ様が何者であっても、友人にならないという理由にはならない、と。たとえ貴族籍があってもなくても」
そしてシーナ嬢を見る目が、友情以上であることも。
ポリエットは客観的に見ればまったく隠しきれていない次期様──アルベール・ラダ・ディーファン次期公爵の熱い視線に関しては口を噤んだ。
それこそ──ちゃんと目を開いて見れば、家族であれば、わかるはずだから。
だがルエナはポリエットの言わんとすることには気が付かず、ただ自分が今まで学んできた『下位貴族や平民は相手にする必要はない』という常識を否定されたことに混乱している。
その姿は間もなく貴族学園を卒業し王太子妃として王宮に昇るにはあまりにも幼く、そして王宮に勤める者たちから侮られたり疎まれたりしかねない思考を持った『資格のない少女』にしか見えない。
このままこの家から出すわけにはいかないことは、ただの乳母であったポリエットでもわかる。
いや──このまま王宮に昇ってから国王夫妻によって『王太子妃にふさわしくない』と断罪され、傷物として降殿させることが目的ならば、他の高位貴族家としてはルエナの思想教育を偏らせることに、そして煽ることに注力するかもしれない。
そうして傷心し、しかも王太子婚約者として教育を受けたルエナを、下位貴族であろうとも簡単に受け入れてくれるところはないだろうから、そこに付け込んでディーファン公爵家の財産と他国の尊い血統とを手に入れるための『道具』として利用されるしか道が無くなってしまう。
シーナ嬢がそのように予測しながら公爵夫妻やポリエットに向かって話した『最悪の未来図』はあり得ないものではなく、しかもおかしなお茶を飲まされて洗脳されている状態のルエナにはこの言葉は響かないだろうというその意味を、目の前で処理しきれない姿を見せるお嬢様を見たポリエットは正しく理解した。
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