49 / 264
憂悶
しおりを挟む
しかしその時はまだ原因がお茶に混入させられたモノだったとは判明しておらず、単純に『公爵令嬢が慣れた物に固執する性格が行き過ぎただけ』で片付けられ、そしてルエナ自身も一週間も王太子宮で過ごすうちに、体内に残存していた毒素がすっかり抜けて落ち着いてしまったせいもある。
きっとまだその頃はあまり大量に薬自体も混ぜられていなかったに違いない。
それゆえルエナを『癇癪持ちで人を見下す悪辣な性格で、王太子妃としてふさわしくない公女』に仕立て上げ、それを理由で王家側から婚約破棄となるように仕向けた可能性が高かった。
幼いとはいえ『人格的に問題があるかもしれない』となって王家から見捨てられれば、高位貴族の中で次の婚約者を見つけることは難しいだろう。
そうなれば自国の王族の血は入っていないとはいえ、他国の王族の血縁者ということで他の公爵家にとっては都合の良い公女だったために、『たとえ人格欠陥者でも我が公爵家で迎えてやろう』という威圧的な態度で縁を結べると思ったのかもしれない。
ディーファン家としても伯爵どころか子爵家でも引き受けないかもしれない傷物公女を、今までと同格の生活をさせてくれるなら…と、喜んで差し出すだろうという皮算用を行った末の犯行かもしれないが、その頃は誰もルエナ自身に非があると思い込んでいた。
しかしそう計画していたからこそ、将来のために薬物中毒者になるような量を与えることは控えられていた可能性があり、王太子宮で大量の『普通のお茶』や果実水を飲ませ続けた結果、攻撃的な態度は融解した。
その代わり自分が同い年の少年に対して彼の身分を嘲るような言動をしたことを自覚してさらに委縮し、滞在期間として許された時間のうち三日間も客室に閉じ籠ってしまう──それがまたルエナの評判を落としてしまうとも思わずに。
偽名として『シオン』と名乗ってルエナの誕生日会に呼ばれたシーナは信じられない速さでキャンバスへの下書きをし、薄く下地の色まで乗せてその日の作業を終えた。
リオンが『その労をねぎらい、今日の主役であるルエナと会わせたい』と側に呼び寄せたことが、今回の騒動の原因である。
「まったく!ちゃんとルエナ様に話が通ってるかと思ったら、サプライズで会わせるなんて!」
「うん……ごめん。まさかあんな態度に出るとは思わなくて……」
「ぼくからも、ごめん。シーナ……」
「シッ!アル!!ダメだよ、ぼくは『シオン』だよ?」
「あっ……ご、ごめん……」
夜も更け、王太子宮にあるリオンの私室にシーナとアルベールは招かれており、階下の客室から出てこないルエナを心配して作戦会議中だった。
本来ならばあの場では
「ごきげんよう!こちらが今回の絵です。出来上がったらお届けに参りますね!」
「ごきげんよう。まあ、素敵。完成を楽しみにしております」
という和やかで子供が大人びた会話を交わして、その他大勢の招待客に『微笑ましい邂逅』を見せつけてシーナの存在をアピールするつもりだった。
そうしてルエナともアルベールとも、そして何より『王太子の友人』というシーナ──シオンが顔見知りであり、今以上に三人と共にいても不自然ではないようにしたい──そう思っていたのに。
「……それにしても、ルエナ嬢があんな偏見を持っていたとは……確かにお茶会に招いて将来どうなりたいかという話題では『わたくしたち選ばれた者は、けっして格下の者に劣ってはなりません』だとか『平民になれなれしくしてはいけないと思います』とか言っていたが……てっきりぼくは『だれよりもしっかり勉強しなければいけない』とか『貴族として威厳のある姿勢を崩してはいけない』という言葉をまぁ……ちょっときつい言い方で話しているのかな?ぐらいに思っていたんだけど」
リオンがルエナの口調を真似してみせたが、その表情はおどけているというよりも困惑し、ルエナの兄であるアルベールも同じような表情で首を傾げる。
「ぼくもです……ルエナの家庭教師はあの子がリオン様の婚約者に決まってから、どこかの家から『ふさわしい公女様にならねば』と紹介されてきたと聞いています。父上と母上が『公爵家の血族なら安心ね』と言っていたから、ちゃんとした人だとは思いますが……」
「その割には選民思考がひどいわね。虫けら…とまではいかないまでも、まるで生きている世界が違うみたいな考え方になってしまっている」
シーナの言葉に、少年二人は顔を強張らせた。
きっとまだその頃はあまり大量に薬自体も混ぜられていなかったに違いない。
それゆえルエナを『癇癪持ちで人を見下す悪辣な性格で、王太子妃としてふさわしくない公女』に仕立て上げ、それを理由で王家側から婚約破棄となるように仕向けた可能性が高かった。
幼いとはいえ『人格的に問題があるかもしれない』となって王家から見捨てられれば、高位貴族の中で次の婚約者を見つけることは難しいだろう。
そうなれば自国の王族の血は入っていないとはいえ、他国の王族の血縁者ということで他の公爵家にとっては都合の良い公女だったために、『たとえ人格欠陥者でも我が公爵家で迎えてやろう』という威圧的な態度で縁を結べると思ったのかもしれない。
ディーファン家としても伯爵どころか子爵家でも引き受けないかもしれない傷物公女を、今までと同格の生活をさせてくれるなら…と、喜んで差し出すだろうという皮算用を行った末の犯行かもしれないが、その頃は誰もルエナ自身に非があると思い込んでいた。
しかしそう計画していたからこそ、将来のために薬物中毒者になるような量を与えることは控えられていた可能性があり、王太子宮で大量の『普通のお茶』や果実水を飲ませ続けた結果、攻撃的な態度は融解した。
その代わり自分が同い年の少年に対して彼の身分を嘲るような言動をしたことを自覚してさらに委縮し、滞在期間として許された時間のうち三日間も客室に閉じ籠ってしまう──それがまたルエナの評判を落としてしまうとも思わずに。
偽名として『シオン』と名乗ってルエナの誕生日会に呼ばれたシーナは信じられない速さでキャンバスへの下書きをし、薄く下地の色まで乗せてその日の作業を終えた。
リオンが『その労をねぎらい、今日の主役であるルエナと会わせたい』と側に呼び寄せたことが、今回の騒動の原因である。
「まったく!ちゃんとルエナ様に話が通ってるかと思ったら、サプライズで会わせるなんて!」
「うん……ごめん。まさかあんな態度に出るとは思わなくて……」
「ぼくからも、ごめん。シーナ……」
「シッ!アル!!ダメだよ、ぼくは『シオン』だよ?」
「あっ……ご、ごめん……」
夜も更け、王太子宮にあるリオンの私室にシーナとアルベールは招かれており、階下の客室から出てこないルエナを心配して作戦会議中だった。
本来ならばあの場では
「ごきげんよう!こちらが今回の絵です。出来上がったらお届けに参りますね!」
「ごきげんよう。まあ、素敵。完成を楽しみにしております」
という和やかで子供が大人びた会話を交わして、その他大勢の招待客に『微笑ましい邂逅』を見せつけてシーナの存在をアピールするつもりだった。
そうしてルエナともアルベールとも、そして何より『王太子の友人』というシーナ──シオンが顔見知りであり、今以上に三人と共にいても不自然ではないようにしたい──そう思っていたのに。
「……それにしても、ルエナ嬢があんな偏見を持っていたとは……確かにお茶会に招いて将来どうなりたいかという話題では『わたくしたち選ばれた者は、けっして格下の者に劣ってはなりません』だとか『平民になれなれしくしてはいけないと思います』とか言っていたが……てっきりぼくは『だれよりもしっかり勉強しなければいけない』とか『貴族として威厳のある姿勢を崩してはいけない』という言葉をまぁ……ちょっときつい言い方で話しているのかな?ぐらいに思っていたんだけど」
リオンがルエナの口調を真似してみせたが、その表情はおどけているというよりも困惑し、ルエナの兄であるアルベールも同じような表情で首を傾げる。
「ぼくもです……ルエナの家庭教師はあの子がリオン様の婚約者に決まってから、どこかの家から『ふさわしい公女様にならねば』と紹介されてきたと聞いています。父上と母上が『公爵家の血族なら安心ね』と言っていたから、ちゃんとした人だとは思いますが……」
「その割には選民思考がひどいわね。虫けら…とまではいかないまでも、まるで生きている世界が違うみたいな考え方になってしまっている」
シーナの言葉に、少年二人は顔を強張らせた。
0
お気に入りに追加
85
あなたにおすすめの小説
ヤンデレ王子とだけは結婚したくない
小倉みち
恋愛
公爵令嬢ハリエットは、5歳のある日、未来の婚約者だと紹介された少年を見てすべてを思い出し、気づいてしまった。
前世で好きだった乙女ゲームのキャラクター、しかも悪役令嬢ハリエットに転生してしまったことに。
そのゲームの隠し攻略対象である第一王子の婚約者として選ばれた彼女は、社交界の華と呼ばれる自分よりもぽっと出の庶民である主人公がちやほやされるのが気に食わず、徹底的に虐めるという凄まじい性格をした少女であるが。
彼女は、第一王子の歪んだ性格の形成者でもあった。
幼いころから高飛車で苛烈な性格だったハリエットは、大人しい少年であった第一王子に繰り返し虐めを行う。
そのせいで自分の殻に閉じこもってしまった彼は、自分を唯一愛してくれると信じてやまない主人公に対し、恐ろしいほどのヤンデレ属性を発揮する。
彼ルートに入れば、第一王子は自分を狂わせた女、悪役令嬢ハリエットを自らの手で始末するのだったが――。
それは嫌だ。
死にたくない。
ということで、ストーリーに反して彼に優しくし始めるハリエット。
王子とはうまいこと良い関係を結びつつ、将来のために結婚しない方向性で――。
そんなことを考えていた彼女は、第一王子のヤンデレ属性が自分の方を向き始めていることに、全く気づいていなかった。
長女は悪役、三女はヒロイン、次女の私はただのモブ
藤白
恋愛
前世は吉原美琴。普通の女子大生で日本人。
そんな私が転生したのは三人姉妹の侯爵家次女…なんと『Cage~あなたの腕の中で~』って言うヤンデレ系乙女ゲームの世界でした!
どうにかしてこの目で乙女ゲームを見届け…って、このゲーム確か悪役令嬢とヒロインは異母姉妹で…私のお姉様と妹では!?
えっ、ちょっと待った!それって、私が死んだ確執から姉妹仲が悪くなるんだよね…?
死にたくない!けど乙女ゲームは見たい!
どうしよう!
◯閑話はちょいちょい挟みます
◯書きながらストーリーを考えているのでおかしいところがあれば教えてください!
◯11/20 名前の表記を少し変更
◯11/24 [13] 罵りの言葉を少し変更
シナリオ通り追放されて早死にしましたが幸せでした
黒姫
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢に転生しました。神様によると、婚約者の王太子に断罪されて極北の修道院に幽閉され、30歳を前にして死んでしまう設定は変えられないそうです。さて、それでも幸せになるにはどうしたら良いでしょうか?(2/16 完結。カテゴリーを恋愛に変更しました。)
転生後モブ令嬢になりました、もう一度やり直したいです
月兎
恋愛
次こそ上手く逃げ切ろう
思い出したのは転生前の日本人として、呑気に適当に過ごしていた自分
そして今いる世界はゲームの中の、攻略対象レオンの婚約者イリアーナ
悪役令嬢?いいえ
ヒロインが攻略対象を決める前に亡くなって、その後シナリオが進んでいく悪役令嬢どころか噛ませ役にもなれてないじゃん…
というモブ令嬢になってました
それでも何とかこの状況から逃れたいです
タイトルかませ役からモブ令嬢に変更いたしました
********************************
初めて投稿いたします
内容はありきたりで、ご都合主義な所、文が稚拙な所多々あると思います
それでも呼んでくださる方がいたら嬉しいなと思います
最後まで書き終えれるよう頑張ります
よろしくお願いします。
念のためR18にしておりましたが、R15でも大丈夫かなと思い変更いたしました
R18はまだ別で指定して書こうかなと思います
王妃を蔑ろにし、愛妾を寵愛していた王が冷遇していた王妃と入れ替わるお話。
ましゅぺちーの
恋愛
王妃を蔑ろにして、愛妾を寵愛していた王がある日突然その王妃と入れ替わってしまう。
王と王妃は体が元に戻るまで周囲に気づかれないようにそのまま過ごすことを決める。
しかし王は王妃の体に入ったことで今まで見えてこなかった愛妾の醜い部分が見え始めて・・・!?
全18話。
さようなら、家族の皆さま~不要だと捨てられた妻は、精霊王の愛し子でした~
みなと
ファンタジー
目が覚めた私は、ぼんやりする頭で考えた。
生まれた息子は乳母と義母、父親である夫には懐いている。私のことは、無関心。むしろ馬鹿にする対象でしかない。
夫は、私の実家の資産にしか興味は無い。
なら、私は何に興味を持てばいいのかしら。
きっと、私が生きているのが邪魔な人がいるんでしょうね。
お生憎様、死んでやるつもりなんてないの。
やっと、私は『私』をやり直せる。
死の淵から舞い戻った私は、遅ればせながら『自分』をやり直して楽しく生きていきましょう。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる