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突撃
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シーナは何故この素敵なディーファン公爵家の素敵な前庭の端で、会いたくもない『攻略対象者』と向かい合っているのかと、ややうんざりした表情を浮かべていた。
その男の名はディディエ・ファーケン・ムスタフ──ムスタフ侯爵家の嫡男で、リオン王太子の学園内での側近を命じられている。
王宮内での側近であるアルベールとは立ち位置が違い、学園内で王太子へ近づこうとする婚約者以外の女生徒や害する者たちを排除するためにいると言っても過言ではなく、暴力的実行も厭わない武闘派ばかりの中でも一番の乱暴者で、女性への興味も意地汚い。
本当か嘘かわからないが、街で暴漢から救った女性をその恩に付け込んで、その身体を報酬代わりに好きにしようとしたところを、王太子側近を探していた宰相にその実力を認められて推薦されたとか──
(どんな推薦よ、まったく……というか、その暴漢を使って女性を襲わせたのも、その宰相の差し金じゃないの?)
とにかくろくでもない男なのは確かで、シーナとしては前世の悲惨な経験から関わり合いにはなりたくなく、たとえこの男を攻略しなければ生来的に幸せになれないと言われても、絶対恋人どころか友人関係すらご遠慮したい男だ。
なのにどうしてこのように手土産も持たずに格上である公爵家に突撃してきたかというと、その理由がまったく根拠がないもので──あの断罪モドキの学期末交流パーティーの場にいたならば間違えようもないのだが、シーナがディーファン家に捕らわれて拷問されているというバカバカしい噂のせいだという。
「……では私の無事は確認したわけだし、帰っていただけないかしら?」
「そんなっ?!俺は……俺は、お前を救い出しにっ!」
「救い出して?どこに連れて行くつもり?」
「そっ…それはっ……」
カァッと顔を真っ赤にし、俺様剣士はモジモジとシーナを下から覗き込むようにしてから、いきなり近寄って少女の前に跪いた。
「ああ……そんな可愛らしい顔を憂いに染めないで……俺がお前をこんな悪魔の館から連れ出してやるから、すぐにでも教会へ駈け込もう!王太子妃なんてお前には窮屈なだけだろう?あのいけ好かない王太子なんかより、ずっと俺の方がお前と価値観が合うはずだ! 」
「いや、いけ好かないって……仮にもあんたのご主人様でしょうが」
「あぁ?そんなの関係ねぇ!あんなの勝手に『側近になったら、報酬をたっぷりやる』って言われて、あんな王太子の側にいるだけだ!あんなの、王族でもなければ頭を下げる必要も、お前を側に侍らす資格もねぇ!さあ!俺の手を取れ!ともにこの牢獄のような屋敷から抜け出し、俺の嫁になるがいい!」
それはまた違う牢獄に行くだけだろう。
しかもこの男の言う『牢獄のような屋敷』はとても景観が素晴らしく、ふたりがいる前庭においては護衛やお茶の準備をしてくれる女中がいるとはいえ、綺麗に整えられた小道は正門に続いているのだ。
夫人の許可さえもらえば質のいいハーブが手に入るし、手入れの行き届いた庭に年月が美しく老朽化する屋敷を彩って、シーナはキャンバスに向かう指を止められない。
今こそ絵を描く才能があること、そしてそれを活かせる人生を生きていられることを感謝している。
そんな自分にとっての楽園を『牢獄』と言い放つこの男は、シーナにとっては完全に不必要な人物だ。
何よりこの男は──二度と会いたくない前世の次兄に似すぎるほど、似ている。
顔かたちではなく、その性格が、だ。
傲慢でプライドが高く、自分こそが至高だと勘違いし、手に入れられないモノは力づくで奪えばいいと考えている。
握られている手が不快だ。
だからこそ完全に握り込まれる前に振り払うと、一瞬呆気にとられた表情をしてから、手のひらを返したような憤怒の炎をその目に燃え上がらせる。
ああ、そんな所も次兄 にそっくりすぎて、反吐が出る。
その男の名はディディエ・ファーケン・ムスタフ──ムスタフ侯爵家の嫡男で、リオン王太子の学園内での側近を命じられている。
王宮内での側近であるアルベールとは立ち位置が違い、学園内で王太子へ近づこうとする婚約者以外の女生徒や害する者たちを排除するためにいると言っても過言ではなく、暴力的実行も厭わない武闘派ばかりの中でも一番の乱暴者で、女性への興味も意地汚い。
本当か嘘かわからないが、街で暴漢から救った女性をその恩に付け込んで、その身体を報酬代わりに好きにしようとしたところを、王太子側近を探していた宰相にその実力を認められて推薦されたとか──
(どんな推薦よ、まったく……というか、その暴漢を使って女性を襲わせたのも、その宰相の差し金じゃないの?)
とにかくろくでもない男なのは確かで、シーナとしては前世の悲惨な経験から関わり合いにはなりたくなく、たとえこの男を攻略しなければ生来的に幸せになれないと言われても、絶対恋人どころか友人関係すらご遠慮したい男だ。
なのにどうしてこのように手土産も持たずに格上である公爵家に突撃してきたかというと、その理由がまったく根拠がないもので──あの断罪モドキの学期末交流パーティーの場にいたならば間違えようもないのだが、シーナがディーファン家に捕らわれて拷問されているというバカバカしい噂のせいだという。
「……では私の無事は確認したわけだし、帰っていただけないかしら?」
「そんなっ?!俺は……俺は、お前を救い出しにっ!」
「救い出して?どこに連れて行くつもり?」
「そっ…それはっ……」
カァッと顔を真っ赤にし、俺様剣士はモジモジとシーナを下から覗き込むようにしてから、いきなり近寄って少女の前に跪いた。
「ああ……そんな可愛らしい顔を憂いに染めないで……俺がお前をこんな悪魔の館から連れ出してやるから、すぐにでも教会へ駈け込もう!王太子妃なんてお前には窮屈なだけだろう?あのいけ好かない王太子なんかより、ずっと俺の方がお前と価値観が合うはずだ! 」
「いや、いけ好かないって……仮にもあんたのご主人様でしょうが」
「あぁ?そんなの関係ねぇ!あんなの勝手に『側近になったら、報酬をたっぷりやる』って言われて、あんな王太子の側にいるだけだ!あんなの、王族でもなければ頭を下げる必要も、お前を側に侍らす資格もねぇ!さあ!俺の手を取れ!ともにこの牢獄のような屋敷から抜け出し、俺の嫁になるがいい!」
それはまた違う牢獄に行くだけだろう。
しかもこの男の言う『牢獄のような屋敷』はとても景観が素晴らしく、ふたりがいる前庭においては護衛やお茶の準備をしてくれる女中がいるとはいえ、綺麗に整えられた小道は正門に続いているのだ。
夫人の許可さえもらえば質のいいハーブが手に入るし、手入れの行き届いた庭に年月が美しく老朽化する屋敷を彩って、シーナはキャンバスに向かう指を止められない。
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握られている手が不快だ。
だからこそ完全に握り込まれる前に振り払うと、一瞬呆気にとられた表情をしてから、手のひらを返したような憤怒の炎をその目に燃え上がらせる。
ああ、そんな所も次兄 にそっくりすぎて、反吐が出る。
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