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曇心
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ヒソヒソと意地の悪い囁き声や、悪意のこもった微笑みを他の令嬢たちに向けられることがないのは幸いだった。
長期休暇の一日目である。
だが目覚めたルエナの表情は暗い。
側にはいつも通りサラが控えているが、心なしか彼女の表情も硬い気がする。
「……カーテンをお開けしてよろしゅうございますか?」
「ええ、おはよう、お願いするわ」
「おはようございます。今、湯浴みの用意をいたします」
「ええ、お願いするわ」
通常はサラ以外の侍女ひとりが湯浴み係を担うが、何故か今朝は他にふたりも浴室に控えている。
これではまるで夜会か何かに行くような──
「……本日はお昼頃に王太子殿下とお客様がいらっしゃるとのことで、正装でお迎えするようにとの旦那様からのお言いつけでございます」
サラが感情を殺し切れていない声で、ルエナに今日の予定を告げる。
こういったところは専属侍女としてはまだまだといったところであるが、二年間という短い期間であっても次の主に使えるまでに身につけてもらえればいいと思っていた。
できればずっとこの家にいてほしいとは思っているが──ルエナはいずれ王太子妃となるため、その後のことまで責任を持ってやれないため、サラを無理やりこの家に縛り付けておくことはできない。
どんなに親友になりたいと思っている女性でも、ルエナひとりの我がままで使用人としての礼儀作法に疎い者を連れて行くことができないことぐらい、公爵令嬢として弁えているつもりだった。
しかし──
昼に子爵令嬢を連れて王太子が来るということは、今夜から隣室にはあの気持ち悪い妄想趣味を持つ人間が寝泊まりすることを意味している。
「……気持ち悪いっ……」
思わず湯船の中で鳥肌を立てると、付き添っていた侍女が慌てて湯をかけてくれるが、悪寒が消えることはない。
いっそのこと体調不良と言いたてて、部屋に閉じ籠ってしまえないだろうか──一瞬そう考えてはみたが、そうなれば王太子殿下が確実に王宮医を寄こして診察を受けさせようとするだろうし、何よりルエナに期待されているのは子爵令嬢に礼儀作法を完璧に叩き込むことなのだから、仮病を用いて来客を避けるなどはできない。
「ありがとう。もういいわ。上がりましょう」
丁寧に水滴が拭き取られ、お茶会の際につける香油を肌に塗り込まれ、髪も丁寧に梳られる。
用意されたアフタヌーンドレスを見ると、どうやら昼食からルエナ的に遠慮したい来客と同席しなければらないようだ。
「……仕方ありませんわね」
「……お嬢様」
溜め息をつくルエナに対して、サラが同情するように呟く。
そうして煌びやか過ぎはしないものの、公爵令嬢として威厳を損なわない程度に着飾ったルエナは、意を決して階下の食堂へと向かった。
ホッとしたことに食堂には誰もおらず、ルエナは使用人たちに見守られて朝食を取る。
父と兄はすでに朝食を終えて身支度をしており、母は自室で朝食を取りながら準備をしていると、食堂を取り仕切る従僕が皆の動向を教えてくれた。
「わかったわ、ありがとう。とりあえず私はここにいますわ」
隣室にスケッチブックがぎっしり詰まったことを考えると自室に戻る気がせず、かといって直接王太子たちが通されるかもしれない大居間で本を読む気にもなれない。
だからいつもより軽めにとった朝食の味もわからず、とにかく自室から読みかけの本や刺繍の籠などを持ってきてもらい、食堂のテラスに設えられたベンチに座って時間を潰すことにした。
痛いほどに青い空が、恨めしい。
長期休暇の一日目である。
だが目覚めたルエナの表情は暗い。
側にはいつも通りサラが控えているが、心なしか彼女の表情も硬い気がする。
「……カーテンをお開けしてよろしゅうございますか?」
「ええ、おはよう、お願いするわ」
「おはようございます。今、湯浴みの用意をいたします」
「ええ、お願いするわ」
通常はサラ以外の侍女ひとりが湯浴み係を担うが、何故か今朝は他にふたりも浴室に控えている。
これではまるで夜会か何かに行くような──
「……本日はお昼頃に王太子殿下とお客様がいらっしゃるとのことで、正装でお迎えするようにとの旦那様からのお言いつけでございます」
サラが感情を殺し切れていない声で、ルエナに今日の予定を告げる。
こういったところは専属侍女としてはまだまだといったところであるが、二年間という短い期間であっても次の主に使えるまでに身につけてもらえればいいと思っていた。
できればずっとこの家にいてほしいとは思っているが──ルエナはいずれ王太子妃となるため、その後のことまで責任を持ってやれないため、サラを無理やりこの家に縛り付けておくことはできない。
どんなに親友になりたいと思っている女性でも、ルエナひとりの我がままで使用人としての礼儀作法に疎い者を連れて行くことができないことぐらい、公爵令嬢として弁えているつもりだった。
しかし──
昼に子爵令嬢を連れて王太子が来るということは、今夜から隣室にはあの気持ち悪い妄想趣味を持つ人間が寝泊まりすることを意味している。
「……気持ち悪いっ……」
思わず湯船の中で鳥肌を立てると、付き添っていた侍女が慌てて湯をかけてくれるが、悪寒が消えることはない。
いっそのこと体調不良と言いたてて、部屋に閉じ籠ってしまえないだろうか──一瞬そう考えてはみたが、そうなれば王太子殿下が確実に王宮医を寄こして診察を受けさせようとするだろうし、何よりルエナに期待されているのは子爵令嬢に礼儀作法を完璧に叩き込むことなのだから、仮病を用いて来客を避けるなどはできない。
「ありがとう。もういいわ。上がりましょう」
丁寧に水滴が拭き取られ、お茶会の際につける香油を肌に塗り込まれ、髪も丁寧に梳られる。
用意されたアフタヌーンドレスを見ると、どうやら昼食からルエナ的に遠慮したい来客と同席しなければらないようだ。
「……仕方ありませんわね」
「……お嬢様」
溜め息をつくルエナに対して、サラが同情するように呟く。
そうして煌びやか過ぎはしないものの、公爵令嬢として威厳を損なわない程度に着飾ったルエナは、意を決して階下の食堂へと向かった。
ホッとしたことに食堂には誰もおらず、ルエナは使用人たちに見守られて朝食を取る。
父と兄はすでに朝食を終えて身支度をしており、母は自室で朝食を取りながら準備をしていると、食堂を取り仕切る従僕が皆の動向を教えてくれた。
「わかったわ、ありがとう。とりあえず私はここにいますわ」
隣室にスケッチブックがぎっしり詰まったことを考えると自室に戻る気がせず、かといって直接王太子たちが通されるかもしれない大居間で本を読む気にもなれない。
だからいつもより軽めにとった朝食の味もわからず、とにかく自室から読みかけの本や刺繍の籠などを持ってきてもらい、食堂のテラスに設えられたベンチに座って時間を潰すことにした。
痛いほどに青い空が、恨めしい。
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