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理由・2

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「それから、さっきのお前のスケッチだけでなく、今持っているその絵の保管だ」
「絵……です、か……?」
絵具で少し汚れてはいるが、十歳の少女が描いたというその水彩画はキャンバスではなく、ただのスケッチブックの安い紙の物だ。
「その手軽に持ち出せる物、見張りを付けられる環境ではないこと……平民のままでは家の中で野ざらしだ。子爵家でも住み込みの警護兼家政のできる者を住まわせることができない家なんて、どれだけの広さかわかるだろう?」
「で、でも……オイン子爵様が……」
彼女が行く場所はもっとあるはずだと、ルエナは悪あがき気味に解決法を言おうとする。
「……あの量を、か?それならわざわざ酒蔵室を地下に持っていた部屋を借りていたシーナ嬢の父君の方が、置いておくだけの広さはあったさ」
「で、でしたらそのご実家に……」
「その家が燃やされようとしなければ、な……」
幸いにも火は燃えるどころか煙が上がった時点で消されて一枚の絵も燃えなかったのだが、そのことが王太子の耳に入って事態が動いた。
本来シーナ嬢がオイン子爵家に引き取られるのは、成人となる十八歳の誕生日の後を予定していたのである。
「そこまで平民として暮らしていれば、貴族的な婚姻には向かないと、無理やり結婚させられることはないだろうという心積もりでいたらしい。彼女の希望は画家になりたいということだったから……」
いつの間に持ち出していたのか、兄の手には小さなスケッチブックがあり、それを見てふっと悲しげに笑うのをルエナはわずかに眉を顰めて目を逸らした。
同じような表情でサラも目を伏せたが、敢えて何も言わない。
「ルエナは学園の勉強で忙しくて知らなかっただろうが、シーナ嬢の作品は『ある画家の絵』という匿名の作品として貴族たちに有名なんだ」
「え?」
「わかる者が見ればわかる価値ある物……そんな物が平民の家の地下に、あるいは警護もままならないコソ泥が簡単に入り込めるような子爵の屋敷など、無謀に過ぎると思わないか?」
「だ、だからと言って……」
「ではどこだ?国で一番警備の厚い場所は?王宮以外で」
重ねて言われれば、逃げ道はどんどんなくなる。
「さっきも言ったが、シーナ嬢は王太子のご友人だ。女性で、身分が低すぎて、正体不明で……利用できる者にしてみれば、生きてさえいれば王家の一部分を支配できるほど価値のある人間だ。さらに『絵画』という有形財産を金の卵を産む、しかも見てくれの良い鵞鳥だ」
長い金糸のような髪が最上といわれるこの国どころか、ひょっとしたら世界中でも珍しいであろうピンクゴールドの髪は、きっと伸ばして手入れすればそれだけで価値あるように見えるだろう。
しかも可愛らしい顔立ちをしているが、化粧によっては美しくもなるとわかる。
冷たい印象を与えるプラチナゴールドの髪と冷静沈着さを表現したような整った顔のルエナとはまったく別の魅力があることは否めない。
「……とにかく、今言ったことは決定だ。お前とは何度か顔を合わせているというのに、まったく覚えていなかったというのは少し呆れるがな……」
「え……?」
「その可能性はあると言っていたからある意味予想外ではないが、俺にとっては……」
ボソッと顔を背けられたので、アルベールの話す言葉が意味不明になったが、ルエナに話し直すつもりはないらしい。
「明日には令嬢が来る。仲よくしろよ?」
最後には兄らしい愛情を込めて笑いかけられたが、ルエナにはとうていそんなことはできそうにはなかった。


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