間の悪い幸運勇者

行枝ローザ

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見極める者。

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サイラーが思いついたのは、バルトロメイの捜す『師匠のいる場所』がひょっとしたら山の向こうではないのかということだった。
単純かもしれないが、バルトロメイが覚えているのが──『誰と』とは言わなかったが──森の中で生活していたこと、川はともかく海を見たことも匂いも嗅いだこともないこと、そして見たことがある物といえばかなり広い敷地を持つ教会の建物や朽ちかけた納屋のある修道院であること、そして村人らしき者たちと交流はあるがそれは常ではなく決まった間隔をあけていたらしいこと。
「そんな建物があるとすれば、都市部ではあり得ないだろう」
「としぶ?」
「……王都に行ったことは?」
「おうと?」
バルトロメイの知識は驚くほど乏しく、自分が今いる国の名前、その統治者、身分制度──何もかもが不足していた。
字は読めるし、語彙は少ないが話すこともできるし、地図も知っているし、だが経済に関しては無知というか無関心だし、『人間社会』で生きていくにはあまりにも頼りない。

本当にどうやって生きてきたのか──

「いや、どこぞの教会で孤児として育てられたのなら……」
いや、それにしては国のことを知らな過ぎてあり得ないとサイラーは首を振る。
では知能的に問題があるのかと思えばそうでもないし、単純に『物を知らない』としか考えられなかった。
では親がいなくとも生きていけるスラムなどで何とか生き延びたのか──というのも当てはまらない。
そんな場所で生きてきたのならば、もっと狡賢かったり、目付きや顔付きがあんなに素直なわけはないと混乱する。
何よりあの兄が──人を見抜くことに関しては誰よりも鋭いテイラー・ドファーニが手放しでバルトロメイを『得難い人間』と評し、懐柔できないかと自分と気安い関係の冒険者と一緒にいさせたり軽鎧を与えたりしたのに、まったく靡く様子がなかったのだ。

打算のない人間──そんなものがいるのだろうか。

テイラーほど人間を『資産』として見るほどではないにしろ、サイラー自身がバルトロメイを面白いと思い、ちょっとばかり一緒に冒険したいと思ったのである。
「で、仮加入っていう届けを出す!」
「は、はあ………」
サイラーが豪快に笑いながらバルトロメイと共に冒険者復帰の届け出と共に冒険者パーティーを組む手続きを始めると、受付嬢はやや強張った笑顔を浮かべながら必要事項が書き込まれた用紙を受理した。


「というわけで、頼むな!」
どういうわけか理解しているか心配になるほどニコニコと笑みを浮かべたバルトロメイはサイラーにエンとヤシャを会わせ、彼が二頭それぞれのたてがみをグッと撫でつけながらご機嫌伺いのリンゴを食ませるのを見ていた。
それを若干引いた顔で見ているのは、彼が山向こうの町までという期間限定で募集した冒険者たちである。
エンとヤシャは彼らをまるっきり無視し、サイラーの手からもらったリンゴを噛み砕き、良い香りのする涎を摺りつけながら彼の髪を口に挟んで引っ張ったりしている。
「いい仔だなぁ!」
「ええ!いい子たちなんです!」
あまりの小柄さに冒険者たちは仔馬だと思っているが、この2頭でバルトロメイの荷馬車を牽けることを知っているサイラーは改めてその張り詰めた馬体に手を添えて目を輝かせる。
何を隠そう彼は無類の馬好きで、それゆえエンとヤシャが普通の馬ではないことを見抜いていた。

だからといってそれを特に『仲間』に明かすつもりはない。

むしろこれは彼ら自身をテストするという魂胆もある。
何しろ『ドファーニ商会の臨時護衛隊』という副業を狙っている者たちなのだから。
バルトロメイがどんなふうに冒険をしているのかを間近で見る、自分の部下として使える人材なのか冒険者として信頼できる人間なのか。
サイラーとしては一石何鳥分かの思惑をもって、出発は3日後でいいかとバルトロメイに笑いながら問いかけた。


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