間の悪い幸運勇者

行枝ローザ

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誘われる者。

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まあ自領だけでなく他国の地図までも出てくるというのは、かの地にドファーニ商会が支店なり伝手なりを持っているということだが、バルトロメイにはまったく理解できない。
数枚欠けた土地の分があるにしても、並べれば繋がるということもわからない。
そしてその距離も──
「ま、それはともかく……どちらに行こうというのは、まだ決まっていないってことかな?」
「そうですね」
「ふむ」
「とりあえず、この町は何か変な匂いがするんで、ちょっと見てみたいなって思ってますけど」
「変な……?」
すっかり海と海産物の匂いに慣れ切ってしまったサイラーは一瞬思いつかなかったが、この町に着いてすぐの内陸の人間はけっこうな確率で顔を顰めて「変な匂いがしません?」と知り合いや警邏の者に確認する場面を思い出し、「ああ!」と拳を手のひらに当てた。
「うむ!そうだったな!貴殿はこの町は初めてと言っていたな。では港も見たことが無かろう!」
「みなと?」
「うむ。この町に住む漁師たちが漁をするための船もそうだが、他国からの船もある。停留できるほど海の底が深いせいで普通の人間が泳ぐことも敵わんが、見事な物だぞ!町から出てしまうが、砂浜もあるし泳ぎ遊ぶに不便のない場所もある。貴殿の馬たちもこの慣れない環境では休まるまい。よし!」
「ふね……みなと……すな……?」
どれもバルトロメイは聞いたことのない単語で、それが何なのかさっぱりわからない。
しかしそれはこの国に生まれても海岸沿いの領に生活の場がない者ならば、おそらく大半が『海』を見たことがないはずだ。
似たようなものであれば内陸にはかなりの大きさの湖があるが、そんな物と比べられるのは少々業腹である。
だから、見せてやろう。
「いずれ冒険者ギルドに滞在の連絡を入れてから、宿を探すのであろう?ならば、我が屋敷に来るがいい!厩もあるし、なぁに、貴殿の荷馬車のような可愛らしい物、あと3台は置いても差し支えないほどの馬車置き場もあるゆえ!」
「えっ」
そんな悪いですよ、などという断わり文句が出るはずもなく、バルトロメイは素直にお礼を言った。
「ありがとうございます!嬉しいです」
「おっ…おお……」
自分から言い出したことだというのに、躊躇いも恥じらいもなく単純な喜びの表情で快諾するのを見て、サイラーは少しばかり用心が足りないのではないかと心配になった。


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