間の悪い幸運勇者

行枝ローザ

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初めて知る者。

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『世間』や『世界』という『人間』ならば当たり前に覚え習う知識を持ち合わせていない少年──それが『バルトロメイ・ルー』という者だ。
一般常識もないが、歴史の流れも理解していない。

むしろそんなものとは無縁に続く、もっと原始的な命の繋がりの中で生きてきた。

だがそれを説明できる言葉も知識も持たずにバルトロメイが『家族』から突然放り出された場所にいたのは、それを説明する必要すらない『宗教』といういわば『治外法権』な人間たち。
彼らは当然、自分たちが何者かと言わずとも理解されると思っており、逆に『人間の言葉』を理解できないバルトロメイを知能の足りない子供と見下していた感もある。
もちろん師匠であるバルトバーシュやマクロメイは単純に『ただの子供』とは思っていなかったが──
しかし彼らにしてもバルトロメイ自身が『ここに来る前にいた場所』について説明できない以上、何かしら隠匿しなければならない存在と思って、意識的に地理的知識を与えなかったのである。
それが再会を困難にするとは思ってもいなかったし、きっと今頃は後悔していることは想像に難くない。
サイラーは簡単に教えてもらったバルトロメイの経歴を聞いて、鼻の横を擦りながらそう推察する。
しかも困ったことにバルトロメイの捜す森のそばで大きな宿舎のある教会も、そんな教会が存在する村や町もこの国にはいくらでもあるため、「こちらに行けば絶対見つかる」とは言えない。
もしかしたら国境を越えた隣国かもしれないし、バルトロメイが興味を持った『海』のはるか向こう側にある場所かもしれない。
本気で探すのならば、その範囲は『世界中』と言えるだろう。


バルトロメイは驚いていた。
まだ目にしていないが、この町には『港』というものがあり、そこには変な匂いのする水がたくさんある『海』というものがあり、そこに浮かぶ『船』という乗り物があり、さらにその水の上を進むと別の『国』がある『陸』がある。らしい。
もう純粋に驚くしかない。
だいたいバルトロメイは生まれてすぐに拾われた『家族』以外に世界はなかったのに、本人が意識していなかった『13回目の誕生日』の翌日には師匠となるバルトバーシュの住んでいた『教会』の敷地そばに移され、それからもうひとりの師匠であるマクロメイと一緒に住むことになった森のそばの廃屋となり、さらにマロシュ・ガンスとその孫息子のレオシュの家に住んで──陸続きだと疑ったことがないというよりも、意識したことすらないのだ。
そこにサイラーからもたらされた『地理』では何枚もの地図が出てきて、さらに『海の向こう』とかいう場所の物まである。
「あれ?」
「どうしたのかね?」
自慢げに次の地図を広げかけていたサイラーが、バルトバーシュの上げた声に反応した。
「これ、なんか違いますよ?」
「は?」
うーんうーんと唸りながらバルトロメイはクルクルと地図を回して、全部同じ向きにようにならないかと試していた。
当然ながらそうはならず、サイラーはそのことを疑問に思ったことはない。
だがバルトロメイにしてみれば初めてレオシュが手書きで描いたもの以外の地図をしっかり見たとは言えず、まあまあ『道と森と集落』という印以外はあまり気にしたことがなかった。
だいたい景色もそんなに代わり映えのする場所ではなかったこともあるし、まったく違った場所まで来ることがあるなんて未来を想像したことすらなかったのである。


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