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惑わされない者。
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確かに毒が抜ければ試験は受けられたかもしれないが、ラン・バクーは自分自身を客観的に見て、負傷する前が最高潮であり今の自分はその半分にも及ばないと判断してすぐ引退を決めた。
引き留めるべきパーティーの仲間も同じく毒に侵されて回復は見込めず、早々に冒険者稼業を諦めていたのも決心をより固めることになったのである。
そうは言ってもさすがにSランクへの昇格試験を受けようと思うほどの手練れであり、引退後には冒険者ギルド職員としての勧誘を断れなかったのは、先輩冒険者であるアギディハーンがその先鋒としてやってきたせいかもしれない。
破天荒な上司に悩まされることは多々あれど、ラン・バクーは今の生活を後悔しているかといえばそうでもなく──いや、むしろついて来いと言われて幸運だったと思ったくらいである。
その証は目の前で溜息をついている女性だ。
『余所者の血が混じった子供』という侮られやすい立場で保護者を失った美しい娘を手の内に引き入れ、村の男たちが簡単に手を出せないようにと匿い大切に教会の奥で育てられてきたのだろう──目的はともかく。
本当に美しい。
冒険者として各地を渡り歩いたアギディハーンにしても、ラン・バクーにしても、人外の美しさを持つエルフ族や魔族、水棲魔物の一種である人魚族の雌種にも目を奪われたが、透きとおるような薄幸を漂わせるその憂い顔は、ある種の加虐心を煽らないでもなかった。
そんな彼女に対する『引き取り先』というのは選り取り見取りだったらしく、1番の高値をつけたのが彼女を自分の屋敷にある礼拝付きにしたいという例の貴族と頻繁にやり取りしていた証拠である手紙が破棄もされずに見つけられた時は、2人とも喜ぶよりも呆れる他なかったのである。
「……しかもこれだけじゃねぇっていうのが、な」
「いや……ええ、確かにその……あの『修道女』を名乗る資格もない女が、おそらくは男を惹きつける容貌だったろうとは思いますが……」
そう──さすがにレーアのような瑞々しさは失われてはいたが、修道女長は村の女たちにはない艶やかさを保ち、禁欲を現わす修道服には似つかわしくない色香を振りまいていた。
どんな思考回路をしているのか取り押さえられるその瞬間にすら男たちに媚びて捕縛を逃れようとしたが、さすがに冒険者ギルド職員であるアギディハーンとラン・バクーには通じず、さらに純粋無垢なバルトロメイに嫣然と微笑みかけても男としての反応を示されるどころかキョトンと見つめ返され、元・修道女長は愕然とした顔をしていたのは笑えたが。
おそらく彼女はバルトロメイぐらいの若い男性から性欲の枯れない年齢の者ならば誑しこんできた自信があったのかもしれないが、当の本人はそれこそ人外であるエルフの『母』の顔を見慣れているのと、『ヒト』が普通に育っていれば持ちうるはずの性欲という本能が目覚めていなかったため、その手法はまったくと言っていいほど通じなかったのである。
そんなバルトロメイの生い立ちや事情は知らずとも大人2人がニヤついたのは事実で、その場にいたレーアと村の男たちは呆然と元・修道女長の魅力に反応しない男たちを見つめた。
引き留めるべきパーティーの仲間も同じく毒に侵されて回復は見込めず、早々に冒険者稼業を諦めていたのも決心をより固めることになったのである。
そうは言ってもさすがにSランクへの昇格試験を受けようと思うほどの手練れであり、引退後には冒険者ギルド職員としての勧誘を断れなかったのは、先輩冒険者であるアギディハーンがその先鋒としてやってきたせいかもしれない。
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その証は目の前で溜息をついている女性だ。
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本当に美しい。
冒険者として各地を渡り歩いたアギディハーンにしても、ラン・バクーにしても、人外の美しさを持つエルフ族や魔族、水棲魔物の一種である人魚族の雌種にも目を奪われたが、透きとおるような薄幸を漂わせるその憂い顔は、ある種の加虐心を煽らないでもなかった。
そんな彼女に対する『引き取り先』というのは選り取り見取りだったらしく、1番の高値をつけたのが彼女を自分の屋敷にある礼拝付きにしたいという例の貴族と頻繁にやり取りしていた証拠である手紙が破棄もされずに見つけられた時は、2人とも喜ぶよりも呆れる他なかったのである。
「……しかもこれだけじゃねぇっていうのが、な」
「いや……ええ、確かにその……あの『修道女』を名乗る資格もない女が、おそらくは男を惹きつける容貌だったろうとは思いますが……」
そう──さすがにレーアのような瑞々しさは失われてはいたが、修道女長は村の女たちにはない艶やかさを保ち、禁欲を現わす修道服には似つかわしくない色香を振りまいていた。
どんな思考回路をしているのか取り押さえられるその瞬間にすら男たちに媚びて捕縛を逃れようとしたが、さすがに冒険者ギルド職員であるアギディハーンとラン・バクーには通じず、さらに純粋無垢なバルトロメイに嫣然と微笑みかけても男としての反応を示されるどころかキョトンと見つめ返され、元・修道女長は愕然とした顔をしていたのは笑えたが。
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そんなバルトロメイの生い立ちや事情は知らずとも大人2人がニヤついたのは事実で、その場にいたレーアと村の男たちは呆然と元・修道女長の魅力に反応しない男たちを見つめた。
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