間の悪い幸運勇者

行枝ローザ

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慰めぬ者。

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スンスンと鼻を小さく鳴らし呼吸も落ち着く。
普通の男ならばこの隙をついて身体を寄せてきたりするものだが、目の前の青年は驚いたような顔をしたまま動こうとしなかった。
情に縋って慰めてもらおうと計算していたわけではないが、自分の気持ちの根底に浅ましい願いが沈んでいたのだと気付き、レーアは自分の意志で気持ちを静めようと集中する。
修道女──そう、自分は道を修めるため、人の情を得るためではなく安らぎを与えるために、この『家』にいるはずなのだから。
「………失礼、いたしました」
「……え、あの……いいえ?何で、泣きました?」
「え?」
思いもしなかった客人からの問い返しに、今度はレーアの方がキョトンと見つめてしまう。
「父と母、いない。いないから、持てない。なぜ?いないのに、持たせたい?わからない……」
理解が追いつかず、バルトロメイの口調はつい片言のようになる。
「わからない……?」

わからない。
なぜ。

「……私にも、わかりません」
「わからない」
「はい。この小刀は、私のためにと父が残してくれたものです。しかし遡れば、伯父が父のためにと家宝の宝石を渡したと、伯父の手紙にはありました。そしてこの先、この柄の宝石は何かあれば売り払って身を立ててほしいとも……ですが、私はそんなふうに父の形見を、家宝の宝石を、手放したくはないのです」
「はい」
「ですが……私の命が尽きた時、もうこの家宝を伯父や私のいとこという人に手渡す方法が、もうありません」
「……冒険者ギルドに依頼すれば、いいのではないんですか?」
バルトロメイが疑問を口にすれば、レーアはサラサラと衣擦れの音を立てて頭を左右に振る。
「私には届けてもらうための依頼料も、届けていただくための報酬も、支払うことができないのです。そのお金を作るために、この小刀と意思を売ってしまうのでは、本末転倒です」
「ほんまつ…てんとう?」
「ふふ……『小刀大切な物を送るために、その小刀大切な物を売る』という意味のないことをしてしまうということです。ええ、本当に意味のない……ですが、これは私の自由にしていいということですので、正当に譲られた父の遺体とともに収めたいのです」
「……はぁ」
何となく『特別なこと』をしようとしているらしいとは思ったが、それがバルトロメイに安置室にレーアの両親の遺体があるかどうかを確かめさせる意味はまだよくわからなかった。


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