108 / 257
ひとりになる者。
しおりを挟む
朝の到来を正確に知らせるのは、人の町でも森の中でも同じように囀る小鳥たちである。
バルトロメイはその自然な目覚ましの合図に逆らうことなく、爽やかに目覚めた。
周囲には人間や異形のモノの気配はなく、ぐっすりと眠りこんでいる間にバルトロメイを探し出そうとしていた冒険者たちは、1人も戻ってこなかったらしい。
そのことに疑問を抱きつつも、いそいそと身支度と朝食を用意する。
もっとも身支度は川で顔を洗い、荷馬車のこちら側で小さな焚火を作って小さな鍋で川の水を沸かして飲料水にし、それを持って荷馬車の中に戻ってお茶を淹れて携帯食と共に胃袋の中に納めるだけであるが。
「うぅぅ……いや…美味しいことは美味しいんだけど……やっぱり美味しくないなぁ……」
荷馬車の中で久しぶりに1人ぼっちの朝ご飯を食べているバルトロメイは、ちょっと泣きそうな気持で呟いた。
本当は鍋の中にラジムから分けてもらったカラカラに乾ききった干し肉と、ビンの町の乾物屋から餞別にもらった干しキノコを入れてスープにしたかったのだが、何故かヤシャがグイグイと鼻を押し付けて邪魔をしてきて、結局それらをゆっくりと口の中で噛むしかなかったのである。
「……ふふっ」
けれど、バルトロメイは後ろの幌を上げた荷馬車の中から、何とも器用に土を蹴り上げて火を使った跡を消しているエンと、のんびりと草を食んでいるヤシャをそれぞれ見て微笑む。
「前は川の水を沸かせばいいことも、こうやってお肉を焼いたり干したり煮たりすることも、お湯を作って身体を拭くことも知らなかったのにねぇ……」
生水を飲もうと、生肉を食べようと、野草をそのまま食べようと、『家族』は皆平気だったのに、バルトロメイだけはしょっちゅう腹を下していた。
『家族』は皆水に入ったり、魔法を使ったりすることで身体を綺麗にしていたが、幼いバルトロメイが季節を問わずに同じように身を清めては高熱を出して、危うく死んでしまうかということもあった。
だからバルトロメイはあまり日々の食事を取れず、たまに落雷などで起きた火事で偶然焼けた獣肉を『きょうだい』が見つけた時に食べられたのだが、同じように火の通った肉を食べる習慣のある『父』がほとんど食べてしまったので、実際のところあまり口にしたことはない。
暖かい季節では水浴びはできたが、雪の積もる日々が続く間はどこかの穴に潜らされ、時々『母』が清浄の魔法で綺麗にしてくれるだけで、たいていは『きょうだい』が持ってきたゴワゴワした毛皮に包まって動かずにいた。
だから『神殿』という場所でバルトバーシュが肉や野菜、炊いた米や小麦粉を練って作るパンなどを調理するのはとても不思議だった。
しかもそれらは刻まれたり捏ねられたりして正体がわからなくなるのに、やたらと美味そうな匂いを放ち、だからこそ『家族』に注意するようにと言われた『森の中の毒』のようなものかとずいぶん用心したのである。
あまりにも身体が細いバルトロメイの消化器官を心配して、野菜が溶けるほど煮込んだミルクスープというのも得体が知れずになかなか口にしなかったが、同じ鍋から掬った物を師匠が口にするのを見てから少しずつ食べることに慣れていったのだが、その食べ物がちゃんと『自分の分』として確保されていることを理解するのにも時間がかかった。
それが『安心』だとか『信頼』という言葉に置き換えられる感情だったと今ではわかるが、マクロメイがそうやって師匠の真似をして恐る恐る『見たことのない何か』を口にしたり、食べさせてもらっているバルトロメイを見て「親鳥も大変だな!」と笑っていたのが懐かしい。
考えてみると、バルトロメイが本当に『ひとりきりで』食事を取るのは、生まれて初めてかもしれない。
物心がつく頃には『家族』が、聖ガイ・トゥーオン神殿の前に置かれてからはバルトバーシュやマクロメイが、そこから見知らぬ場所に飛ばされてすぐにガンス家の孫息子であるレオシュと出会って家に招いてもらい、マロシュ老の依頼を受けて旅立ってからは人助けをしてお礼に誰かが一緒にご飯を食べてくれる日々だった。
自分の意志とは関係なく生きる場所、進む道、そして職業までまったく何も望まずにコロコロと変わってしまったが、それは確かに幸運なことだった。
バルトロメイはその自然な目覚ましの合図に逆らうことなく、爽やかに目覚めた。
周囲には人間や異形のモノの気配はなく、ぐっすりと眠りこんでいる間にバルトロメイを探し出そうとしていた冒険者たちは、1人も戻ってこなかったらしい。
そのことに疑問を抱きつつも、いそいそと身支度と朝食を用意する。
もっとも身支度は川で顔を洗い、荷馬車のこちら側で小さな焚火を作って小さな鍋で川の水を沸かして飲料水にし、それを持って荷馬車の中に戻ってお茶を淹れて携帯食と共に胃袋の中に納めるだけであるが。
「うぅぅ……いや…美味しいことは美味しいんだけど……やっぱり美味しくないなぁ……」
荷馬車の中で久しぶりに1人ぼっちの朝ご飯を食べているバルトロメイは、ちょっと泣きそうな気持で呟いた。
本当は鍋の中にラジムから分けてもらったカラカラに乾ききった干し肉と、ビンの町の乾物屋から餞別にもらった干しキノコを入れてスープにしたかったのだが、何故かヤシャがグイグイと鼻を押し付けて邪魔をしてきて、結局それらをゆっくりと口の中で噛むしかなかったのである。
「……ふふっ」
けれど、バルトロメイは後ろの幌を上げた荷馬車の中から、何とも器用に土を蹴り上げて火を使った跡を消しているエンと、のんびりと草を食んでいるヤシャをそれぞれ見て微笑む。
「前は川の水を沸かせばいいことも、こうやってお肉を焼いたり干したり煮たりすることも、お湯を作って身体を拭くことも知らなかったのにねぇ……」
生水を飲もうと、生肉を食べようと、野草をそのまま食べようと、『家族』は皆平気だったのに、バルトロメイだけはしょっちゅう腹を下していた。
『家族』は皆水に入ったり、魔法を使ったりすることで身体を綺麗にしていたが、幼いバルトロメイが季節を問わずに同じように身を清めては高熱を出して、危うく死んでしまうかということもあった。
だからバルトロメイはあまり日々の食事を取れず、たまに落雷などで起きた火事で偶然焼けた獣肉を『きょうだい』が見つけた時に食べられたのだが、同じように火の通った肉を食べる習慣のある『父』がほとんど食べてしまったので、実際のところあまり口にしたことはない。
暖かい季節では水浴びはできたが、雪の積もる日々が続く間はどこかの穴に潜らされ、時々『母』が清浄の魔法で綺麗にしてくれるだけで、たいていは『きょうだい』が持ってきたゴワゴワした毛皮に包まって動かずにいた。
だから『神殿』という場所でバルトバーシュが肉や野菜、炊いた米や小麦粉を練って作るパンなどを調理するのはとても不思議だった。
しかもそれらは刻まれたり捏ねられたりして正体がわからなくなるのに、やたらと美味そうな匂いを放ち、だからこそ『家族』に注意するようにと言われた『森の中の毒』のようなものかとずいぶん用心したのである。
あまりにも身体が細いバルトロメイの消化器官を心配して、野菜が溶けるほど煮込んだミルクスープというのも得体が知れずになかなか口にしなかったが、同じ鍋から掬った物を師匠が口にするのを見てから少しずつ食べることに慣れていったのだが、その食べ物がちゃんと『自分の分』として確保されていることを理解するのにも時間がかかった。
それが『安心』だとか『信頼』という言葉に置き換えられる感情だったと今ではわかるが、マクロメイがそうやって師匠の真似をして恐る恐る『見たことのない何か』を口にしたり、食べさせてもらっているバルトロメイを見て「親鳥も大変だな!」と笑っていたのが懐かしい。
考えてみると、バルトロメイが本当に『ひとりきりで』食事を取るのは、生まれて初めてかもしれない。
物心がつく頃には『家族』が、聖ガイ・トゥーオン神殿の前に置かれてからはバルトバーシュやマクロメイが、そこから見知らぬ場所に飛ばされてすぐにガンス家の孫息子であるレオシュと出会って家に招いてもらい、マロシュ老の依頼を受けて旅立ってからは人助けをしてお礼に誰かが一緒にご飯を食べてくれる日々だった。
自分の意志とは関係なく生きる場所、進む道、そして職業までまったく何も望まずにコロコロと変わってしまったが、それは確かに幸運なことだった。
0
お気に入りに追加
9
あなたにおすすめの小説
一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!
当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。
しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。
彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。
このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。
しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。
好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。
※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*)
※他のサイトにも重複投稿しています。
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?
闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。
しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。
幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。
お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。
しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。
『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』
さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。
〈念の為〉
稚拙→ちせつ
愚父→ぐふ
⚠︎注意⚠︎
不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。
幼なじみ三人が勇者に魅了されちゃって寝盗られるんだけど数年後勇者が死んで正気に戻った幼なじみ達がめちゃくちゃ後悔する話
妄想屋さん
ファンタジー
『元彼?冗談でしょ?僕はもうあんなのもうどうでもいいよ!』
『ええ、アタシはあなたに愛して欲しい。あんなゴミもう知らないわ!』
『ええ!そうですとも!だから早く私にも――』
大切な三人の仲間を勇者に〈魅了〉で奪い取られて絶望した主人公と、〈魅了〉から解放されて今までの自分たちの行いに絶望するヒロイン達の話。
【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
愚かな父にサヨナラと《完結》
アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」
父の言葉は最後の一線を越えてしまった。
その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・
悲劇の本当の始まりはもっと昔から。
言えることはただひとつ
私の幸せに貴方はいりません
✈他社にも同時公開
ボロボロに傷ついた令嬢は初恋の彼の心に刻まれた
ミカン♬
恋愛
10歳の時に初恋のセルリアン王子を暗殺者から庇って傷ついたアリシアは、王家が責任を持ってセルリアンの婚約者とする約束であったが、幼馴染を溺愛するセルリアンは承知しなかった。
やがて婚約の話は消えてアリシアに残ったのは傷物令嬢という不名誉な二つ名だけだった。
ボロボロに傷ついていくアリシアを同情しつつ何も出来ないセルリアンは冷酷王子とよばれ、幼馴染のナターシャと婚約を果たすが互いに憂いを隠せないのであった。
一方、王家の陰謀に気づいたアリシアは密かに復讐を決心したのだった。
2024.01.05 あけおめです!後日談を追加しました。ヒマつぶしに読んで頂けると嬉しいです。
フワっと設定です。他サイトにも投稿中です。
断罪されているのは私の妻なんですが?
すずまる
恋愛
仕事の都合もあり王家のパーティーに遅れて会場入りすると何やら第一王子殿下が群衆の中の1人を指差し叫んでいた。
「貴様の様に地味なくせに身分とプライドだけは高い女は王太子である俺の婚約者に相応しくない!俺にはこのジャスミンの様に可憐で美しい女性こそが似合うのだ!しかも貴様はジャスミンの美貌に嫉妬して彼女を虐めていたと聞いている!貴様との婚約などこの場で破棄してくれるわ!」
ん?第一王子殿下に婚約者なんていたか?
そう思い指さされていた女性を見ると⋯⋯?
*-=-*-=-*-=-*-=-*
本編は1話完結です(꒪ㅂ꒪)
…が、設定ゆるゆる過ぎたと反省したのでちょっと色付けを鋭意執筆中(; ̄∀ ̄)スミマセン
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる