間の悪い幸運勇者

行枝ローザ

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目を覚ます者。

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スッと目が覚めたのは、隣で息を殺しながらソロリと頭を動かすラジムの気配のせいではなかった。
「……行けるか?」
「う、うん………」
囁きにバルトロメイは躊躇いながらも頷く。
嫌な予感がするが、きっとここを乗り越えねば自分に付けられた『見習い』という文字が消えないことを、何となく本能で理解する。
今夜この時を乗り越えればきっと成長するだろうが、それは──後戻りができないことを意味した。
ミスリル剣を握る指さきが白くなるほど力を込めつつ、以前から打ち合わせした通りにラジムが先陣を切るのを待つ。


キンッという澄んだ音がいくつも聞こえる。
街道を進んでいる最中ではなく夜中の襲撃ということから、暗視の魔法を使えるか──魔物が敵だということだ。
人間が運ぶ物など魔物に益があるとは思えないが、魔力を帯びた薬や道具などが彼らを呼び寄せるのかもしれないと言われている。
「お前の荷物にはそういったもんはないから、たぶん狙われたりはしないと思うけど……護衛っていう仕事上お前も……って、そういやお前は依頼を受けているわけじゃないんだっけ?」
「あ」
そうなのだ。
バルトロメイは隊の最後尾にいるが、護衛を装ったドファーニ商会の荷物のひとつではないし、バルトロメイを連れて行ってくれるということではあるがその運搬代を払った客というわけでもない。
とても曖昧な立場だが、冒険者としてあまりにも未熟な少年を鍛えたいという年上の冒険者たちが関わってくれるので、ラジムだけでなくバルトロメイ自身も護衛として戦わなくてはと勘違いしていた。
だが実際のところ、危険は少ないとはいえ魔物が襲ってくれば、バルトロメイは自分と荷物と馬たちを守るために戦うことを選択するつもりである。
たぶん師匠であるバルトバーシュやマクロメイ、そしてエクルーをリーダーとした僧兵たちのもとにいれば、きっとこんなふうに戦いに身を投じることはなかったかもしれないが、今はそんなことを言っている場合ではない。
「うん……でも、エンもヤシャもいるし。たぶん、いく」
「?エンとヤシャ?お前の馬か?何で……」
「え……?あの仔たち、森の住人だよ?」
「え」
悲壮なほど決意を込めてバルトロメイが宣言すると、キョトンとラジムが問い返す。
「あの……みんな、わからなかった?」
「え?だって、あいつ、身体が小さいから重たい物は曳かせられない……え?あれ?」
バルトロメイがそれぞれ『エン』と『ヤシャ』と名付けた二頭の馬は普通の仔馬よりもやや大きかったが、荷役馬としては確かに小柄で、山ほどの木材を曳かせるのは気の毒だと思ったし、まだ軽いはずの荷馬車に繋ぐのも気の毒に思えた。
だが二頭で重さを分け合うからか、バルトロメイの荷馬車は遅れずにちゃんと隊に付いてきていたし、ラジムの乗っていた馬を馬車の前に繋いだ後もその速度はまったく変わらなかった。
「い、いや、だって、その……え……も、森の住人……」
それは森の中で生息する精霊や魔物をいい意味で肯定する言葉。
嫌悪ではなく好意や憧れを込めて、人間たちが付けた名称。
「それって……一角獣ユニコーン二角獣バイコーンの仔ってことか?でも、あいつらに角は……」
「う~ん……たぶん、角がないからあの人に預けられたのかも?|母たちはそういうことをする」
「はは……?」
「うん。母」
だがラジムがバルトロメイに問い質す前に、バッと幌が払われ、シェイジンが大声で呼びかけてきた。


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