間の悪い幸運勇者

行枝ローザ

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祈られる者。

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それから何を思ったのかマロシュ老に連れられて行ったのは武器屋や防具屋ではなく神殿──聖ガイ教のこの町にある小さな分殿と言われる建物だった。
碌でもない神官も多いが、しっかりと自分の務めを自覚し果たしている者も多い──ここまで巨大に膨れ過ぎた組織というものは神聖なものであろうと俗なものであろうと、そこにいる人間としての在り方は変わらないのだろう。
だからこそマロシュ老は自分の財を寄進してまで、バルトロメイのために不可思議な加護の付いた革袋を購入するつもりだった。
だが対応してくれた神官はとても敬虔で、自分の師匠であるバルトバーシュをほうふつとさせるようなその人物をバルトロメイはぼんやりと眺めてしまう。
「これこれ。神官様の前じゃぞ?頭を下げんか……」
そっとマロシュ老に囁かれて、慌ててバルトロメイは師匠たちと共に過ごしていた小屋で行っていた祈りの形で跪いた。
「いえいえ。初めて神殿に来られたのでしょう。こちらはこの町の住人ではないようですが……?」
そんなに大きくはない町だからか、長くこの分殿に努める神官は町に生まれてきた子供たちのほとんどに祝福を授けており、たとえ聖ガイ教を信仰していない家の子供でもちゃんと顔を覚えていた。
「えっ……あ、ああ……あの……この子は3年前に我が家に来まして……この町の子供ではないのですじゃ」
「ああ!ではこの少年があなたの弟様のご遺児ですか……どうかあなた様のお父様を失われた辛さ悲しさが癒され、これから先幸福の光が降り注ぎますように……」
そう祈られたが、バルトロメイはキョトンとしてしまう。
何せ生みの親とは捨てられて以来会ったことはないし、13歳までは人外の『家族』と共にあったがそこからも出されて辺境にある聖ガイ・トゥーオン神殿で師匠となったバルトバーシュに会ったが、結界が壊れて起こった魔物の襲来のせいで今いる見知らぬ地に飛ばされてしまったのだ。
故に『父を失った辛さと悲しさ』というのは自分に当てはまらないし、生きている毎日が続かなくなるのが『終わり』ということなのでそれが幸か不幸かということにどう繋がるのかわかっていない。
とりあえず「健やかにあれ」と祈られているのだけはわかったので、それだけは何の疑いもなく受け取る。
それからマロシュ老が特別に祈祷してもらったのは真新しい四角い革袋で、『財布』という名前がついていた。
「ではこちらに手を置いてください」
そう言われて素直に革袋の上に自分の手を置くと、神官はところどころ文言を間違えながらも神語の祈りを捧げた。
[我 祈る この 袋 価値 ある この者 この 袋 持ち主 他人 触れない 災いあれ]
[我は祈る これは我にのみ価値ある 我以外 悪意ある者 触れるなかれ]
何やら恐ろし気なことを告げるので、こっそりその後にバルトロメイは神語を唱え直す。
誰かは知らないが『持ち主となるバルトロメイ自分以外の者がこの袋に触ったらとんでもないことが起こる』という呪文など付与することはできない。
おそらくこの神官としては『この皮袋を手にしても悪いことをすることはできない』というつもりだろうが、唱えたままの意味ではたとえバルトロメイが落としてしまったのを拾ったとしても、その者にこの神官が持つ法力に見合った災いが降りかかるのだ。
文言が少し間違っているからそんなにひどいことにはならないと思いたいが、万が一善意で拾った者が命を落とすような災いを受けるなどあってはならないだろう。

幸いにもその神官は自分がとんでもない祈祷を行ったことには気付かず、穏やかにその『財布』という革袋はバルトロメイの物になった。
「いやぁ、いつもより力を入れてしまいましたわい」
「いやいやいや…世間知らずの子供ですから、大いなるご加護があれば安心ですわい」
のんびりと笑みを交わす老人たちの話を聞いてみれば、どうやらこの神官もあんな物騒な加護を授けることはめったにないらしく、いつもは単に『持ち主からこの皮袋を盗んだら転んで怪我をしろ』ぐらいの祈祷らしい。
どれくらいの大金を寄進したのかと恐れ入るが、本来なら中銅貨10枚とか20枚で祈祷するようなところを大銅貨5枚──小銅貨でいえば5000枚分に当たるほどの大金を出してくれたらしい。
「なぁに、気にせんでいい。わしの大事な孫みたいなもんなんじゃから、お前さんは……」
少し寂しそうにそういうマロシュ老を見て老神官も何か感じたのかもしれないが、何も言わずにただ祈りを捧げてくれた。


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