間の悪い幸運勇者

行枝ローザ

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託される者。

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「……行くのなら、これを届けてもらえんかな?」
そう言われて手渡されたのは、ガンス家の家宝であるはずの濃紫の宝石が嵌ったあの小刀だった。
一緒に手紙とカメオのペンダントも添えられている。
「でも……これ……」

大切な、ものでは。

「いいんじゃよ。家が少しずつ裕福になってから、わしは弟妹ひとりひとりに宝石を買った。『自分の宝物にしろ』とな……むろん、何かやむなきことがあればそれを手元にせいとも言ってあるが、ありがたいことに全員がちゃぁんと持っていてくれている。双子の妹にはとてつもなくでっかい真珠貝が抱えていた同胞の真珠をそれぞれに渡してあるから、今さらこのたった1つしかない宝石を渡すこともない。ならばこれはドウシュの物じゃ……アレに子がおるというのならば、その子に渡してやってほしいのじゃ」
弟自身の手の物ではない最後の手紙は何度も何度も読み返した跡で古びれ擦り切れていたが、マロシュ老が改めて書き写した紙と、老人自身の言葉で書き連ねられた手紙が一緒の紐で纏められている。
「誰にも言わんかったが、どうやらドウシュの連れ合いには女の子が産まれていたらしい。自分の命が無くなったらこの小刀から宝石を取り出してその子に与えてほしいと言われていたらしいが、そんなことをしたらわしにドウシュのことを伝えられんとそのまま返してくれたのじゃ。もうわしの手元に10年近くもあった……もうそろそろアレの忘れ形見に継いでもらっても構わんじゃろ」
戸惑うバルトロメイに向かって、マロシュ老は皺だらけの顔を明るく綻ばせる。
「弟の子は男ではなく女……何故か皆に言う気は起きんかった……いや、そもそもアレの死を伝えるこの手紙が来てたことすら……レオシュはこの手紙が来たのがお前さんがこの家に現れる少し前だと思っておるみたいだが、そのずぅっと前にわしはもう……アレがおらんことを知っとった……この手紙の内容も、本当のことはわしだけが知っていればいいじゃろう……これを写した物は、お前さんが確かにわしの使いで、この小刀を弟の形見に受け取ってくれと伝える確かな証拠じゃ。無くさんでくれよ?……もし、できたら……その子の名前を教えに、帰ってきてくれたら嬉しいんじゃが……の……」
最後の方はよく聞き取れなかったが、それは滴り落ちそうな涙を堪えてのことだった。

レオシュとの別れはもう昼間の内に済ませ、月のない空の下でひっそりとマロシュ老と別れの握手を交わして家を出る。
振り返らないバルトロメイの目には、屋根裏の物置の窓から小さく振られるランプの光は見えなかった。



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