間の悪い幸運勇者

行枝ローザ

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取り引きする者。

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聖ガイ・トゥーオン神殿の上層部に対する交渉は、ある意味難航した。
上の者たちにとってバルトバーシュの古代文献や神語の研究は貴重な財産のひとつであり、神殿が行う神事にも影響するため、問題児のマクロメイだけあの隔離された地に残し、少年とバルトバーシュを本館に戻す『寛大な処置』を提示されたのである。
翻って隔離チーム側としては、捌ききれない上等な綿花をすべて神殿側に持ち帰ってもらって精製し、地域貢献に間接的に貢献するから、バルトバーシュとマクロメイの研究に必要な物すべてをあっちに送って二度と関わって来るな──というのが、かみ砕いたマクロメイの要求だった。
むろんそれがそのまま受け入れられることはなく、マクロメイだけ置き去り、もしくはバルトバーシュと少年は本館に戻る代わりにマクロメイは毎日本館へ通って週末はミサのために本館に籠る、食糧など一切の援助拒否を解除してマクロメイだけは住みよいようにするなど、とにかく『お前は要らん』という条件ばかり突き付けられ、当然それが受け入れられるはずもない。
マクロメイとしても本館に戻って、僧兵隊や上層部と衝突しまくるよりは、魔法研究をし放題にできる元・廃屋側の広い敷地は格段の差がある。
だからと言って生贄の子羊を、むざむざと為政者たちに渡すつもりはない。
何せバルトバーシュの神語の研究にとって少年は文字通り『宝物』であるし、おそらく口減らしでどこかの森に捨てられた少年が人外とどのように生きてきたのかを研究し、『奇跡の子』として恩恵をもたらす象徴として担ぎ上げれば、辺境の地にあるということで重要な役目を担いながらも軽視されがちなこの聖ガイ・トゥーオン神殿の名を国中に知らしめて俗物的に『儲ける』ことが可能なのだ。
「あーあ。バルトバーシュが泣くぜぇ?あいつはいまだに、神殿のお偉いさん方に夢見てるんだから」
「マクロメイ!」
そっと窘めながらも、エクルーもあまりに自分たちの都合ばかり押し付ける条件しか示さない上層部に対し、冷ややかな視線になることを止められない。
「と・り・あ・え・ず!」
バンッと強く机を叩き、マクロメイは緩やかな風を纏いつつ、見本にと持ってきた袋を開け、その場に綿花を溢れ出させる。
「こいつを精製する仕事をやるって言ってんだ。ひよっこ神官どもでもいいし、仕事に焙れてる奴らを雇うのでもいい。おそらくこいつぁ南方でもめったにお目にかかれない上物のはず。育つかどうかわからんが、種付きだ……一攫千金の約束はできねえが、植物研究部署に回して綿花畑をこの地域に展開して、地域民に富をもたらす方が、神事でっち上げ行事よかよっぽど感謝されるぜぇ?」
まるで悪魔の囁きである。
あるが──乗らない手はないと思えるほど確かに上等な綿花を実際に手を取り、ようやくマクロメイの出した条件を渋々飲んだ。
「……今日中にお前たちの研究の物を届けさせよう」
「ああ、いくらでも持って来いよ。ついでに麻袋をあと50は頼まぁ」
「なっ……?!」
驚いたのは上層部だけでなく、実際に綿花の詰まった麻袋を見たエクルーもである。
「ま、まさか……あの部屋にあったのが全部では……?」
「あの部屋にあったのは、麻袋に詰めれた分だけ~。残りは元・厩の端に部屋作って、結界の外で見つけるたびに持ち込んである」
親に二度も捨てられた『不幸な少年』は、どうやらとんでもない贔屓を自然からもたらされているようだった。


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