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第一章 アーウェン幼少期

伯爵夫人は静かに怒る ②

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ズズズッと貴族にはあるまじき音を立てて啜って飲み干すと、わずかな水滴まで舌で舐めとろうと顔を斜め上にあげてカップから甘い水が落ちてくるのをジッと見つめているアーウェンを誰も見ていられず、ヴィーシャムが指示を出す前につい側にいた侍女がおかわりを差し上げますと進言してしまったほど、アーウェンは『蜂蜜入り紅茶』を気に入ったらしい。
「お茶だけではお腹に良くなくてよ。こちらのサンドイッチもお食べなさい。カナッペはどう?お魚は嫌い?」
だがアーウェンには『新しいお義母様』の言うことが何ひとつ理解できず、「はい」とも「いいえ」とも言わずにただきょとんと食べ物の乗った皿を見つめている。
反応が薄すぎるのを悲しく思いながらもヴィーシャムは適当に見繕って子供たちの前に置くようにとメイドに告げ、ひと口大のチーズサンドイッチ、瑞々しいキュウリのサンドイッチ、パテのサンドイッチを乗せた皿、小さなクリームケーキ、チョコレートケーキ、ベイクドチーズケーキ、クリームチーズ、クロテッドクリームやジャムをつけたスコーンを乗せた皿が置かれるのを待った。

さすがに目の前にあれば、子供らしく喜んで手を伸ばすはず──

そう思っていたのに、アーウェンの目は確かにその美しく、香しい大量の食べ物に目を釘付けにしながらも、皿そのものを持とうと手を出し、引っ込め、キョロキョロとし出した。
「……どうしたのかしら?」
「あの……こ、これ…は……どちらの、かたに……?」
「え?」
意味が解らなかった。
隣に座るエレノアはもうサンドイッチに手を伸ばして、キュウリのサンドイッチを頬張っている。
なのにアーウェンは自分も同じく食べていいのだとは思わずに、どこへ持って行こうとしているのか。
「お腹がいっぱい……?」
まさかとは思ったがそう聞きかけ、途端にきゅるる…と可愛らしい音がアーウェンの腹から聞こえた。
「あーにーしゃま!あい!」
その音を聞いて何を思ったのか、エレノアが口を開けないアーウェンの顔に向けて、ベしゃっと柔らかいケーキを押し付ける。
小さい女の子がいきなり動いたことに驚いて動けなかったアーウェンは、思わず自分の顔下半分についたクリームをペロリと舐めた。

タベテ、イイモノ……

ボロリと涙が溢れ、アーウェンは呆然としたまま手指だけで顔についたクリームを夢中で舐めとっていく。
少年の年齢を考えればそれは本当に礼儀もなっていない、貴族としての嗜み以前の問題行動だ。
しかし泣きながら指をしゃぶるアーウェンを止める者はおらず、むしろ女主人たちに見えないようにと交互に下がって涙を拭う。

こんな幸せな時間はきっと、夢に違いない──

アーウェンはふわふわと酔ったように顔を赤らめながら幸せそうに、だが困ったように笑みを浮かべて、エレノアに勧められるまま一口ずつ食べたことのない美しい物たちを口に含んだ。



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