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第一章 アーウェン幼少期
少年は歌を知る ①
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まさしく『乾いた砂地』と呼ぶに等しいアーウェンの脳みそは、クレファーから教えてもらうことをぐんぐんと吸収していった。
特に記憶力は素晴らしく、ほぼ赤ん坊の頃から『どのような行動をしたら怒られないのか』を察するような訓練をしていたようなものだから、クレファーが言ったり読み上げたりすることを聞き取って繰り返すことは得意である。
代わりに想像したり思いついたことを話すことや絵を描くといったことはほぼできず、それこそ赤ん坊からターランド伯爵家に引き取られる七歳の最後の日までの悪劣な環境がいまだに影響の尾を引いていた。
もうひとつ判明したことはアーウェンのたどたどしい三歳児にも劣る喋り方だが、それは家庭内で会話がなかったのもそうだが、『歌う』という行為すらしたことがないことも判明した。
それが判明したのは──
「カ~ナリア~がよ~るのとばり~ひいて~いく~……」
「……カラ?」
「あっ……この歌では眠れませんか?う~ん……リラはこの子守歌で寝てくれたからなぁ……」
「リラ……って……?」
「ああ……リラって言うのは、俺……いえ、私の妹です。王都にいます。ターランド家の厨房に働けるようになってから会わずに王都を出てしまったのですが……そう言えば、アーウェン様と同い年ですよ」
「いもうと。カラ、いもうとがいるの?」
眠るどころかカラの身の上に興味を引かれ、アーウェンは目を覚ましてしまった。
一応ロフェナからはアーウェンの生活を規則正しいものにするように言い付けられているため、子守唄を歌って寝かしつけようとしたのだが──
「いえ、確かに八歳の男の子に子守歌って言うのも……」
「カラ?ねえ、いもうとってどんなこ?それからさっきのふしぎなのはなあに?」
好奇心が止まらないのはいいことだが、今はそれよりも睡眠が大事である。
それなのに、カラも今のアーウェンの言葉に引っかかりを覚えて聞き返した。
「アーウェン様……?『不思議なの』とは?」
「なんか……音?カー…ナ…リアーがよーるのとばりーひいてーいくー?」
それはお世辞にも『歌』と呼べるものではなく、聞いた言葉は正しかったが、音階というものがまったく無いただの『言葉』だった。
「そう言えば……アーウェン様はお歌を歌われたことは」
「おうた?」
「ええ。そうですね……小さい頃に眠る前にお母様が歌ってくれた歌とか……」
そう言ってしまってから、カラはハッとして口を押える。
だがアーウェンはキョトンとした顔で、自分の環境をサラリと告白した。
「ねるときは、ぬののしたにはいって、でてきちゃいけないんだよ。こえをだしたりうごいたらだめなんだよ。そうしたら、おへやのそとでねないといけないんだよ!」
さすがにターランド伯爵家ではそんな非道な真似はしないが、今まで生きてきたほとんどをそんなふうに虐待され、しかもそれが当たり前だと思ってきたアーウェン。
カラ自身も救貧院で育ったから普通の家庭というわけではなく、夜中に騒いだ子供たちがその日面倒を看る当番になっている誰かの母親に叱られて夜中に寒い廊下に立たされたことはあるが──そこで布団すらない状態で寝ることを強要されたことなど一度もない。
しかし自分が赤ん坊の頃からされてきたことを無意識に薄笑いを浮かべて話すアーウェンのその顔は、アズ町の公園の茂みで見せたものによく似ていて、カラは思わずゾッとした。
特に記憶力は素晴らしく、ほぼ赤ん坊の頃から『どのような行動をしたら怒られないのか』を察するような訓練をしていたようなものだから、クレファーが言ったり読み上げたりすることを聞き取って繰り返すことは得意である。
代わりに想像したり思いついたことを話すことや絵を描くといったことはほぼできず、それこそ赤ん坊からターランド伯爵家に引き取られる七歳の最後の日までの悪劣な環境がいまだに影響の尾を引いていた。
もうひとつ判明したことはアーウェンのたどたどしい三歳児にも劣る喋り方だが、それは家庭内で会話がなかったのもそうだが、『歌う』という行為すらしたことがないことも判明した。
それが判明したのは──
「カ~ナリア~がよ~るのとばり~ひいて~いく~……」
「……カラ?」
「あっ……この歌では眠れませんか?う~ん……リラはこの子守歌で寝てくれたからなぁ……」
「リラ……って……?」
「ああ……リラって言うのは、俺……いえ、私の妹です。王都にいます。ターランド家の厨房に働けるようになってから会わずに王都を出てしまったのですが……そう言えば、アーウェン様と同い年ですよ」
「いもうと。カラ、いもうとがいるの?」
眠るどころかカラの身の上に興味を引かれ、アーウェンは目を覚ましてしまった。
一応ロフェナからはアーウェンの生活を規則正しいものにするように言い付けられているため、子守唄を歌って寝かしつけようとしたのだが──
「いえ、確かに八歳の男の子に子守歌って言うのも……」
「カラ?ねえ、いもうとってどんなこ?それからさっきのふしぎなのはなあに?」
好奇心が止まらないのはいいことだが、今はそれよりも睡眠が大事である。
それなのに、カラも今のアーウェンの言葉に引っかかりを覚えて聞き返した。
「アーウェン様……?『不思議なの』とは?」
「なんか……音?カー…ナ…リアーがよーるのとばりーひいてーいくー?」
それはお世辞にも『歌』と呼べるものではなく、聞いた言葉は正しかったが、音階というものがまったく無いただの『言葉』だった。
「そう言えば……アーウェン様はお歌を歌われたことは」
「おうた?」
「ええ。そうですね……小さい頃に眠る前にお母様が歌ってくれた歌とか……」
そう言ってしまってから、カラはハッとして口を押える。
だがアーウェンはキョトンとした顔で、自分の環境をサラリと告白した。
「ねるときは、ぬののしたにはいって、でてきちゃいけないんだよ。こえをだしたりうごいたらだめなんだよ。そうしたら、おへやのそとでねないといけないんだよ!」
さすがにターランド伯爵家ではそんな非道な真似はしないが、今まで生きてきたほとんどをそんなふうに虐待され、しかもそれが当たり前だと思ってきたアーウェン。
カラ自身も救貧院で育ったから普通の家庭というわけではなく、夜中に騒いだ子供たちがその日面倒を看る当番になっている誰かの母親に叱られて夜中に寒い廊下に立たされたことはあるが──そこで布団すらない状態で寝ることを強要されたことなど一度もない。
しかし自分が赤ん坊の頃からされてきたことを無意識に薄笑いを浮かべて話すアーウェンのその顔は、アズ町の公園の茂みで見せたものによく似ていて、カラは思わずゾッとした。
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