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第一章 アーウェン幼少期

料理人一家は恩返しをする ③

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ラウドたち本隊が合流場所に到着したのは陽も高く、昼食時を少し回ったころだった。
食事の時間があまり遅れてはならないと急いだが、交代式の前にブドウを分けてくれた八百屋で買った果物の一部少しだけ持ち込んでいたため、アーウェンとエレノアがひどい空腹に悩まされるはなく進めたのが幸いである。
「それにしても暑いな……」
「ええ。この時期には珍しくはないのでしょうけど。もう少し領地に近付けば、きっと涼しくなりましてよ?」
けっして狭くはない大きい馬車の中でラウドが汗を拭きながら呟くと、反対側に座るヴィーシャムはほとんど汗を見せずに微笑んだ。
けっして冷魔法を使っているわけではなく、体質的に暑さに強いだけであり、王国の南地方の酷暑ではぐったりと寝込んでしまったこともある。
エレノアもやや元気なく気に入ったらしいブドウを摘まんでいるが、逆にアーウェンはケロリとしていた。
それはけっして義母のような特異体質ではなく、単に夏の暑さでも冬の寒さでも世話をほとんどされることのなかった悲しい経験が、アーウェンから『季節や気温を感じる』という感覚を失わせているだけである。
朝は陽が昇る前に目覚め、夜は気を失うまで小さな窓から星を見上げる──そんな不健康極まりない生活で、育児放棄された乳幼児が育ったことが奇跡だったが、ようやく整ってきた生活リズムですら、今だアーウェンを『正常に暑さと寒さを感じる』状態には至っていない。
「……アーウェン?桃は美味しいか?」
「はいっ」
間髪入れずにアーウェンは溶けそうなほどに熟した甘い香りのする桃から顔を上げて返事をする。
八百屋の女店主はカラにアーウェンが今まで食べた物、食べ方、食べる量などを詳しく聞き出し、ふたりで考えて『自分の手で皮を剥いたりそのまま食べられる、熟しきって柔らかい果物』を選んだのだ。
おかげで服も手も顔もベトベトだが、カラはアーウェンに必要なのは貴族的な礼儀作法よりも、手指を使った遊びや食事などでアーウェン自身の様々な感覚を呼び覚ます方がよいと進言した。
確かに熟しきった桃の皮はあまり力のないアーウェンの指でも簡単に剥け、赤いほどの表皮から現れたクリーム色の実に目を輝かせ、立ち上る芳香にうっとりと目を細める様子を見、ラウドは感心する。
「カラはさすが施設で妹たちの面倒を看ていただけのことはあるな……」
「ええ、そうね。私たちや私たちの子供が育った環境とはまったく違うのですもの……ちゃんと自分の手で妹や他の子供たちの世話をしてきたあの子に任せてもいいのでしょう」
カラ自身が黒い呪術に犯され、ひょっとしたらアーウェンに対しても何かしら有害なことを行ってのかもしれないが、少なくとも今は忠義よりも強い気持ちでアーウェンを守ろうとしている様子に思う。
大きな皮はゴミ入れに入れ、そして小さな欠片を指で拾った物も同じようにゴミ入れに入れるのを見つめ、濡れた布巾の使い方を教えるカラを眺め、夫妻はお互い頷いた。


そうして到着した合流地点では、思った通りに結界魔法が展開していたが、さらに昼食の用意がされているのを見てラウドたちはしっかりと統率が取れていることに満足して、今回の統率担当者をねぎらった。
「ありがとうございます!では、まずはこちらで疲れと喉をお労りください!」
そう言って差し出されたのは、ひんやりと冷たいゴブレットにスプーンが添えられていた物だ。
「……これは?」
中に入っているのは白くてザクザクとした氷を詰めた物のようだったが、見当がつかずラウドは促されるまま口に含んだ。
「まあ!」
「まあ!」
ヴィーシャムが同じ物を受け取って口に入れた瞬間に出た感嘆を、エレノアも真似をするが、その表情は真似ではなく、実際に驚き喜んでいた。
「冷たくて……酸っぱくて……甘くて……スゥっとする」
さすがに桃と水を飲んでいたアーウェンには小さい器で渡されたが、わずかに掬ったその白い氷を含んで呟く。


それはイシューとシェイラが考案したミルクとミントレモン水を合わせたシャーベットだった。
ミルクを使ったシャーベットは店のメニューにもあったのだが、合流地点には木陰がなく、思ったよりも気温が上がったためにいつもは涼を取るために出すミントレモン水を合わせたらどうかと思ったのである。
甘味は癖のある『アマチャ』という独特の甘みのある物を使っているのだが、他にもミントの清涼感やレモンの酸味などと合わさって、出店などではよく買ってもらえる異国の飲み物だ。
だがそれを冷却どころか凍らせることも可能だというニィザの他数名の魔力を借りつつ、シャーベットだけでなく器も冷すことで、屋外では難しかった氷菓をみんなに振舞うことが可能となった。
「……まさか、俺たちの料理でこんなに喜んでもらえるなんて……」
「あんたぁ……」
「うん……『料理人冥利』って言葉は嘘だと思ってたよ……あの市では『変な味の料理』って言われたたから……それでも、お祖母ちゃんの味を継ぎたかったけど……あのままだったら、あたしは挫けてた……」
イシューもパージェも次々とお替わりを取りに来る兵たちに潤む瞳を向けるのを見て、シェイラがボソボソと告白する。
おそらくその噂の大半は市長親子が、それこそシェイラの心を折り、自分たちのどちらかに嫁がせるためのものだろうが、確信も確証もなかったために口に出しては言えず、ようやく緊張の糸が解けたようにポロリと綺麗な涙がその異国の色を継ぐ目から零れた。

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