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第一章 アーウェン幼少期
少年は初めてのおねだりをする ①
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その後は特に騒がれることもなく、ラウドは義息子との散歩を楽しんだ。
エレノアもめったに父親と出かけることがないため、初めこそは母や乳母であるラリティスの傍を離れなかったが、しばらくすると父を挟むように義兄の反対側の手を取り、アーウェンの顔を覗いて嬉しそうに笑う。
「おにーしゃま!おとーしゃま!あっち!」
「ああ、あっちだな……アーウェン、疲れてないかい?」
「は、はいっ!大丈夫ですっ!」
しかし振り回す令嬢はまだ三歳。
「……旦那様、私が」
少し疲れた様子のエレノアは、ラウドが抱き上げてからわずかの時間でストンと落ち、肩に頭を預けて寝てしまった。
ラリティスが自分の役目とばかりにその小さな身体を預かろうとしたが、ラウドは笑って抱え直す。
「たまにはいい。このような時でもなければ、我が子といえど抱いてやれないからな。早いものだ……もう三歳か。うぅむ……」
何を思ったのか、チラリとアーウェンを見下ろしてから、ラウドはおもむろに膝をついた。
「ぅ…えっ?!ひゃぁっ!!」
無言でアーウェンも抱きかかえると、ラウドは揺らぐことなく立ち上がった。
「うむ。まだまだ軽い。ふたりとももっと重くなって、この父を押し潰すぐらいに成長するのだぞ!」
「うひゃぁぁ……ひゃはぁぁいぃ……」
ルベラの肩に担がれた時よりも高くはないが、いきなり感が凄すぎて本能的に恐怖を感じたアーウェンはラウドに縋りつく。
今更ながらに、リグレが幼い頃もこうしてやればよかったという淡い後悔が胸をよぎるが、とにかく今は両腕の中に幼子を抱えていられる幸福を味わうことにし、アーウェンに見たいものがないかと聞いた。
だが急に言われても、与えられた環境にいることしか許されたことのないアーウェンにとっては、自分が今いる場所の目の前にある建物が何なのかすらわからない。
それは王都にあるターランド伯爵邸の子供用サロンに置いてあるような玩具の店である。
さすがに大型の物は買ってはいけないが、野宿する際に子供たちが暇を潰すのにちょうどいいものがあるかもしれない──そう思い、アーウェンが強請る前にラウドはその店へと入っていった。
さすがに今度は護衛たちも最低限しかラウドたちについていかず、ようやくアーウェンは店の床に立たせてもらう。
「うわぁ………」
キラキラと光を反射する天井からぶら下がるステンドグラスの城。
可愛らしいぬいぐるみ。
リアルな赤ん坊の人形。
いくつもの色と形の積み木。
屋台を模したおままごと道具。
紙を何枚も重ねて作った厚紙のパズル。
他にも見たことのない玩具に、アーウェンの目が輝く。
「……ようやく、ですわね」
「うむ……」
今まで邸にあったおもちゃやぬいぐるみは自分の物ではないと言わんばかりに、アーウェンはエレノアに渡されても積極的に遊ぼうとはしなかったが、さすがにここにある物がエレノアだけに用意されたものだとは思わなかったようだ。
ただし勝手に触ることはせず、ただラウドの傍に立って、見える範囲の物にゆっくりと視線をめぐらすだけである。
「おいで、アーウェン」
エレノアが目を覚ましていたら、きっと真っ先にぬいぐるみなどに駆け寄って抱き締めてしまうだろうが、アーウェンにとってはそれらは『目の前に出されてもすぐに仕舞われてしまう物』と同じく、『触ってはいけない物』だと思っているのだとラウドは気づいた。
「手に取ってみてもいいかね?」
「汚したり壊したりしなけりゃどうぞ」
ジロジロとアーウェンを見ていた店主はそうぶっきらぼうに言ったが、それでもアーウェンは動けなかった。
まさかその言葉が自分に向けられたとは理解していない。
だからラウドがまたヒョイと抱きかかえ、棚の上の方にある積み木に近付けられてもジッと見るだけだった。
「ふむ……これはあまり好きではないか?」
「え?」
その言葉と共に、アーウェンの目の前から積み木がスッと離れてしまう。
エレノアもめったに父親と出かけることがないため、初めこそは母や乳母であるラリティスの傍を離れなかったが、しばらくすると父を挟むように義兄の反対側の手を取り、アーウェンの顔を覗いて嬉しそうに笑う。
「おにーしゃま!おとーしゃま!あっち!」
「ああ、あっちだな……アーウェン、疲れてないかい?」
「は、はいっ!大丈夫ですっ!」
しかし振り回す令嬢はまだ三歳。
「……旦那様、私が」
少し疲れた様子のエレノアは、ラウドが抱き上げてからわずかの時間でストンと落ち、肩に頭を預けて寝てしまった。
ラリティスが自分の役目とばかりにその小さな身体を預かろうとしたが、ラウドは笑って抱え直す。
「たまにはいい。このような時でもなければ、我が子といえど抱いてやれないからな。早いものだ……もう三歳か。うぅむ……」
何を思ったのか、チラリとアーウェンを見下ろしてから、ラウドはおもむろに膝をついた。
「ぅ…えっ?!ひゃぁっ!!」
無言でアーウェンも抱きかかえると、ラウドは揺らぐことなく立ち上がった。
「うむ。まだまだ軽い。ふたりとももっと重くなって、この父を押し潰すぐらいに成長するのだぞ!」
「うひゃぁぁ……ひゃはぁぁいぃ……」
ルベラの肩に担がれた時よりも高くはないが、いきなり感が凄すぎて本能的に恐怖を感じたアーウェンはラウドに縋りつく。
今更ながらに、リグレが幼い頃もこうしてやればよかったという淡い後悔が胸をよぎるが、とにかく今は両腕の中に幼子を抱えていられる幸福を味わうことにし、アーウェンに見たいものがないかと聞いた。
だが急に言われても、与えられた環境にいることしか許されたことのないアーウェンにとっては、自分が今いる場所の目の前にある建物が何なのかすらわからない。
それは王都にあるターランド伯爵邸の子供用サロンに置いてあるような玩具の店である。
さすがに大型の物は買ってはいけないが、野宿する際に子供たちが暇を潰すのにちょうどいいものがあるかもしれない──そう思い、アーウェンが強請る前にラウドはその店へと入っていった。
さすがに今度は護衛たちも最低限しかラウドたちについていかず、ようやくアーウェンは店の床に立たせてもらう。
「うわぁ………」
キラキラと光を反射する天井からぶら下がるステンドグラスの城。
可愛らしいぬいぐるみ。
リアルな赤ん坊の人形。
いくつもの色と形の積み木。
屋台を模したおままごと道具。
紙を何枚も重ねて作った厚紙のパズル。
他にも見たことのない玩具に、アーウェンの目が輝く。
「……ようやく、ですわね」
「うむ……」
今まで邸にあったおもちゃやぬいぐるみは自分の物ではないと言わんばかりに、アーウェンはエレノアに渡されても積極的に遊ぼうとはしなかったが、さすがにここにある物がエレノアだけに用意されたものだとは思わなかったようだ。
ただし勝手に触ることはせず、ただラウドの傍に立って、見える範囲の物にゆっくりと視線をめぐらすだけである。
「おいで、アーウェン」
エレノアが目を覚ましていたら、きっと真っ先にぬいぐるみなどに駆け寄って抱き締めてしまうだろうが、アーウェンにとってはそれらは『目の前に出されてもすぐに仕舞われてしまう物』と同じく、『触ってはいけない物』だと思っているのだとラウドは気づいた。
「手に取ってみてもいいかね?」
「汚したり壊したりしなけりゃどうぞ」
ジロジロとアーウェンを見ていた店主はそうぶっきらぼうに言ったが、それでもアーウェンは動けなかった。
まさかその言葉が自分に向けられたとは理解していない。
だからラウドがまたヒョイと抱きかかえ、棚の上の方にある積み木に近付けられてもジッと見るだけだった。
「ふむ……これはあまり好きではないか?」
「え?」
その言葉と共に、アーウェンの目の前から積み木がスッと離れてしまう。
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