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第一章 アーウェン幼少期

少年は過去をまたひとつ昇華する ③

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町中で一番偉いとされる人物が、夜闇を明るくする門灯に照らされる地面に膝をついて、最上の礼を尽くして客人を迎える──その姿に先ほどまでの騒ぎは嘘のように静まった。
「……私が管理するこの地におきまして、幾度もの無礼を重ねましたこと、首長としてお詫び申し上げます。ラウド・ニアス・デュ・ターランド伯爵閣下におかれましては寛大なお心を持ちまして、この者たちの不敬を我が首にてあがなうことでお赦しいただければ……」
「なっ……」
「何をっ?!」
「何で町長がそこまで頭下げなきゃいけねぇんだっ?!」
「お…おぅ!そうだ!余所もんの貴族なんかが、うちのお館様より偉いわけ無ぇ!」
ログナスがそのように最大限の礼を尽くしているのが納得いかない町民たちが、先ほどの騒ぎなどとは比べものにならないほどの大声で騒ぎだした。
「ぅうるせぇっ!!!」
さすがに自警団以外の町民もパラパラと集まってきたが、それらもまとめてログナスは一喝する。
その声はきっと町中に響き渡ったに違いない。
「お前ら、ゼイビアとは仲がよかったな?」
「は…はい……」
おそらくあまり厳しい顔を見せることはないのであろうログナスの低い声に、周囲に集まった者たちの自衛団を中心とした男たちの多くが頷く。
「……あいつは、三歳になったばかりの幼児に……こちらにおられるターランド伯爵閣下が養子となさったアーウェン様に対して、殴る蹴るの暴力を加え、暴言を吐いたりウサギなどの小動物を惨殺する場面を無理やり見せたんだ」
「そっ…そん、な………」
「嘘…だろ……」
「………俺、聞いたことがある」
ボツリと誰かがそう零した。
その声の方にその場がいた男たちは顔を向け、ザッと人垣が割れた。
そこにいたのは、背の高い男たちに比べると貧弱な体つきをした二十歳前後の男である。
「お…俺ぇ…こんなに背ぇちっちゃいだろう?力も無ぇし、度胸も無ぇ……そんなこと愚痴ってたら、ゼイビアの兄貴が、『そんなもん、拾いっ子でも痛めつけりゃあ、自信がつく』って言って……なんたらいう男爵の奥方が産んだ不義の子を『男爵家の子』だって言ってたけど、あれは『拾いっ子』だったんだって。だから退屈な、女も抱けねぇような田舎村で犬っころみたいに投げ飛ばしてやったって……」
「……それで?」
「ヒッ……そっ、それで……そいつをその……殴られたり、蹴られたりしたら『おありがとうございます』って地べたに頭擦り付ける奴隷の礼を教え込んでやった…って……貴族が勝手に種付けして産んだ間違いっ子なんだから、死んだって問題無ぇから散々遊んでやった…って……そいで……」
「『そいで』?それから?」
「そ…そのガキが、女じゃなくて残念だった…って……男だったからさすがに犯すことができなくて……ガ、ガキ…ちゃんと喋れもしない三つ四つなら何されたって親に言えねぇだろうし、言ったところで信じてもらえない……間違いっ子なんだから、男でもいいから犯ってやればよかっ……」
そこまで言った瞬間に、男はログナスの拳で殴り飛ばされた。
「おっ、お館様っ!」
「ヒッ…ヒガッ…お、れ、あねぇ……おれあ…いった…んあ…ねぇ……っふ……」
自分が言ったりやったんじゃないと歯が折れた痛みを堪えながら訴えたが、ログナスの目から怒りは消えない。
その迫力から、ジリジリと町民たちは殴られた男を庇うことなく後ずさっていく。
「……お前は確かにアーウェン様を甚振った時にはいなかったかもしれない……が、理由もなく幼子を殴り飛ばしたと訴えが出ていたな……何故そんなことを急に始めたかと思っていたが、ゼイビアの話が発端か……」
ガタガタと震える男の尻の下には水たまりができていたが、誰も手当てを含めて助けてやろうとはしない。
「町のあちこちに鼠やら兎やらの首切りや皮剥ぎ死体が増えた時期もあったな……おい、隊長……」
代わって近づいたのはルアン伯爵家の私兵隊隊長である。
ログナスが近付くようにと指示しただけで全てを察し、男の襟首を掴むとズルズルと邸の裏へと引きずっていった。
その光景に衝撃を受けて動けない者がほとんどだったが、そっと暗がりに紛れてさらに動こうとした者たちがすべて拘束され、ログナスが指摘した事件に心当たりがあるらしいと、先に拘引された男と同じ目に逢う。
「誠に申し訳ありません……」
「貴殿の謝罪はもう…アーウェンが許したのだから、これ以上頭を下げてくれるな」
「ハッ……」
今やすべての町民が集まった感のある町長邸の前で、ログナスがまた『騎士の礼』を取るのを、今度こそ間違いなくラウドは手を差し伸べて立ち上がらせた。

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