96 / 410
第一章 アーウェン幼少期
少年は過去をまたひとつ昇華する ①
しおりを挟む
エレノアのような小さな子供ではなく、大人が泣くなんて、アーウェンには考えたこともなかった。
ログナスは大きな身体で包み込むようにアーウェンを抱きしめ、「申し訳ない」「ありがとう」と聞きづらい鼻声で繰り返しながら泣き続ける。
「……もうそろそろ、いいだろう?落ち着いたら、義息子を返してくれるかい?」
その声に頭だけ動かすと、義父が呆れながら微笑んでいた。
ログナスはズッと鼻を啜り上げながらアーウェンをもう一度ギュッと抱きしめると、優しく腕を解き、先ほどと同じ『騎士の礼』の姿勢を取る。
「失礼した。アーウェン殿には、我が部下が大変失礼な振る舞いをお許し…」
「許したのは、お前がその愚かな部下の代わりに謝ることだ」
「そっ、そうでした……えぇと……いや、愚かな部下を持った私をお許しいただき、誠にありがとうございます」
「あっ……あのっ……いえっ……」
ログナスがグッと頭を下げるのに驚き、また床に座り込んで頭を下げようとしたアーウェンを抱きかかえ、ラウドは義息子を膝の上に乗せた。
「もう今日はアーウェンはここから動いてはいけない。お風呂に入って寝るまで、父が抱っこし続けるからな!」
「と…父様……」
「うん?何だい?」
困った…というのと、恥ずかしい…の感情がないまぜになった表情で義父を見上げたが、アーウェンの目にはそれはもういい笑顔でご機嫌になっている顔が映るだけである。
そこには先ほどの怒りはまったくないように見えて、ようやくアーウェンも全身の強張りを解いた。
「……ロ、ログナスおじさん」
「ハッ!」
まるで部下のような返事をされて、アーウェンは戸惑い、ラウドは苦笑する。
この真面目な男はいつまでも変わらず、それゆえ責任の持ちどころ、処罰の沙汰を待つ姿勢、その考え方を曲げることができず、今は『罪人』として次の言葉を待っているのだとわかるが、どちらにしろターランド伯爵義親子としては、ログナスをどうこうしようと気はない。
「……と…父様……」
アーウェンとしては「もういいよ」と言ったのだから、本当に元に戻って欲しい。
なのに、ログナスおじさんは動こうとしてくれない。
困った。
ラウドはそうして自分と旧友を交互に見る義息子にどう答えようかと少しだけ考えたが、ふと根本的な問題を思い出し、ログナスに尋ねる。
「ログナス・ディーファン・ルッツ・ルアン!」
注意を引くために、あえて敬称はつけない。
「はっ……」
「お前のその『心当たり』は、本当にアーウェンに会ったのか?」
「ハッ……はっ?そ、そう…でした……」
そうなのだ。
この町にいるはずの『男爵領に行ったことのある男』は、サウラス男爵領の村とははっきり言っておらず、『揶揄った子供』が何歳で男児か女児かも話してはいない。
──もっとも幼児であっても、特に女児を蹴ったり殴ったりなどしたら、たとえその子が平民だったとしても国を護る兵としてはその資質に大きな問題があるとみなされるだろう。
「……これはどうしても『その男』に話を聞かんといかんだろうな……まだこの村で警護団や私兵として雇われているのか?」
「はい……いいえ、その……正規の兵というわけではなく、この町で災害などが起こった際に集まる自警団の者だったはず」
「見つけ次第、私からも話が聞きたい」
「必ず!アーウェン殿、ターランド伯爵閣下。本日はこれにて失礼いたします」
「分かった。本来ならアーウェンの体調が良ければ明日にでも発とうと思ったのだが……もう少しここで厄介になろう」
「ありがとうございます!」
ロフェナがさりげなく渡した熱めの湯で濡らした手拭いを受け取って、涙などで汚れた顔を拭いたログナスは決意を込めた顔で一礼し、キビキビとした足取りで面会していた部屋を出た。
ログナスは大きな身体で包み込むようにアーウェンを抱きしめ、「申し訳ない」「ありがとう」と聞きづらい鼻声で繰り返しながら泣き続ける。
「……もうそろそろ、いいだろう?落ち着いたら、義息子を返してくれるかい?」
その声に頭だけ動かすと、義父が呆れながら微笑んでいた。
ログナスはズッと鼻を啜り上げながらアーウェンをもう一度ギュッと抱きしめると、優しく腕を解き、先ほどと同じ『騎士の礼』の姿勢を取る。
「失礼した。アーウェン殿には、我が部下が大変失礼な振る舞いをお許し…」
「許したのは、お前がその愚かな部下の代わりに謝ることだ」
「そっ、そうでした……えぇと……いや、愚かな部下を持った私をお許しいただき、誠にありがとうございます」
「あっ……あのっ……いえっ……」
ログナスがグッと頭を下げるのに驚き、また床に座り込んで頭を下げようとしたアーウェンを抱きかかえ、ラウドは義息子を膝の上に乗せた。
「もう今日はアーウェンはここから動いてはいけない。お風呂に入って寝るまで、父が抱っこし続けるからな!」
「と…父様……」
「うん?何だい?」
困った…というのと、恥ずかしい…の感情がないまぜになった表情で義父を見上げたが、アーウェンの目にはそれはもういい笑顔でご機嫌になっている顔が映るだけである。
そこには先ほどの怒りはまったくないように見えて、ようやくアーウェンも全身の強張りを解いた。
「……ロ、ログナスおじさん」
「ハッ!」
まるで部下のような返事をされて、アーウェンは戸惑い、ラウドは苦笑する。
この真面目な男はいつまでも変わらず、それゆえ責任の持ちどころ、処罰の沙汰を待つ姿勢、その考え方を曲げることができず、今は『罪人』として次の言葉を待っているのだとわかるが、どちらにしろターランド伯爵義親子としては、ログナスをどうこうしようと気はない。
「……と…父様……」
アーウェンとしては「もういいよ」と言ったのだから、本当に元に戻って欲しい。
なのに、ログナスおじさんは動こうとしてくれない。
困った。
ラウドはそうして自分と旧友を交互に見る義息子にどう答えようかと少しだけ考えたが、ふと根本的な問題を思い出し、ログナスに尋ねる。
「ログナス・ディーファン・ルッツ・ルアン!」
注意を引くために、あえて敬称はつけない。
「はっ……」
「お前のその『心当たり』は、本当にアーウェンに会ったのか?」
「ハッ……はっ?そ、そう…でした……」
そうなのだ。
この町にいるはずの『男爵領に行ったことのある男』は、サウラス男爵領の村とははっきり言っておらず、『揶揄った子供』が何歳で男児か女児かも話してはいない。
──もっとも幼児であっても、特に女児を蹴ったり殴ったりなどしたら、たとえその子が平民だったとしても国を護る兵としてはその資質に大きな問題があるとみなされるだろう。
「……これはどうしても『その男』に話を聞かんといかんだろうな……まだこの村で警護団や私兵として雇われているのか?」
「はい……いいえ、その……正規の兵というわけではなく、この町で災害などが起こった際に集まる自警団の者だったはず」
「見つけ次第、私からも話が聞きたい」
「必ず!アーウェン殿、ターランド伯爵閣下。本日はこれにて失礼いたします」
「分かった。本来ならアーウェンの体調が良ければ明日にでも発とうと思ったのだが……もう少しここで厄介になろう」
「ありがとうございます!」
ロフェナがさりげなく渡した熱めの湯で濡らした手拭いを受け取って、涙などで汚れた顔を拭いたログナスは決意を込めた顔で一礼し、キビキビとした足取りで面会していた部屋を出た。
6
お気に入りに追加
781
あなたにおすすめの小説
十三回目の人生でようやく自分が悪役令嬢ポジと気づいたので、もう殿下の邪魔はしませんから構わないで下さい!
翠玉 結
恋愛
公爵令嬢である私、エリーザは挙式前夜の式典で命を落とした。
「貴様とは、婚約破棄する」と残酷な事を突きつける婚約者、王太子殿下クラウド様の手によって。
そしてそれが一度ではなく、何度も繰り返していることに気が付いたのは〖十三回目〗の人生。
死んだ理由…それは、毎回悪役令嬢というポジションで立ち振る舞い、殿下の恋路を邪魔していたいたからだった。
どう頑張ろうと、殿下からの愛を受け取ることなく死ぬ。
その結末をが分かっているならもう二度と同じ過ちは繰り返さない!
そして死なない!!
そう思って殿下と関わらないようにしていたのに、
何故か前の記憶とは違って、まさかのご執心で溺愛ルートまっしぐらで?!
「殿下!私、死にたくありません!」
✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼
※他サイトより転載した作品です。
悪役令嬢と言われ冤罪で追放されたけど、実力でざまぁしてしまった。
三谷朱花
恋愛
レナ・フルサールは元公爵令嬢。何もしていないはずなのに、気が付けば悪役令嬢と呼ばれ、公爵家を追放されるはめに。それまで高スペックと魔力の強さから王太子妃として望まれたはずなのに、スペックも低い魔力もほとんどないマリアンヌ・ゴッセ男爵令嬢が、王太子妃になることに。
何度も断罪を回避しようとしたのに!
では、こんな国など出ていきます!
3歳児にも劣る淑女(笑)
章槻雅希
恋愛
公爵令嬢は、第一王子から理不尽な言いがかりをつけられていた。
男爵家の庶子と懇ろになった王子はその醜態を学園内に晒し続けている。
その状況を打破したのは、僅か3歳の王女殿下だった。
カテゴリーは悩みましたが、一応5歳児と3歳児のほのぼのカップルがいるので恋愛ということで(;^ω^)
ほんの思い付きの1場面的な小噺。
王女以外の固有名詞を無くしました。
元ネタをご存じの方にはご不快な思いをさせてしまい申し訳ありません。
創作SNSでの、ジャンル外での配慮に欠けておりました。
[完結]いらない子と思われていた令嬢は・・・・・・
青空一夏
恋愛
私は両親の目には映らない。それは妹が生まれてから、ずっとだ。弟が生まれてからは、もう私は存在しない。
婚約者は妹を選び、両親は当然のようにそれを喜ぶ。
「取られる方が悪いんじゃないの? 魅力がないほうが負け」
妹の言葉を肯定する家族達。
そうですか・・・・・・私は邪魔者ですよね、だから私はいなくなります。
※以前投稿していたものを引き下げ、大幅に改稿したものになります。
戦いから帰ってきた騎士なら、愛人を持ってもいいとでも?
新野乃花(大舟)
恋愛
健気に、一途に、戦いに向かった騎士であるトリガーの事を待ち続けていたフローラル。彼女はトリガーの婚約者として、この上ないほどの思いを抱きながらその帰りを願っていた。そしてそんなある日の事、戦いを終えたトリガーはフローラルのもとに帰還する。その時、その隣に親密そうな関係の一人の女性を伴って…。
覚悟は良いですか、お父様? ―虐げられた娘はお家乗っ取りを企んだ婿の父とその愛人の娘である異母妹をまとめて追い出す―
Erin
恋愛
【完結済・全3話】伯爵令嬢のカメリアは母が死んだ直後に、父が屋敷に連れ込んだ愛人とその子に虐げられていた。その挙句、カメリアが十六歳の成人後に継ぐ予定の伯爵家から追い出し、伯爵家の血を一滴も引かない異母妹に継がせると言い出す。後を継がないカメリアには嗜虐趣味のある男に嫁がられることになった。絶対に父たちの言いなりになりたくないカメリアは家を出て復讐することにした。7/6に最終話投稿予定。
【完結】父が再婚。義母には連れ子がいて一つ下の妹になるそうですが……ちょうだい癖のある義妹に寮生活は無理なのでは?
つくも茄子
ファンタジー
父が再婚をしました。お相手は男爵夫人。
平民の我が家でいいのですか?
疑問に思うものの、よくよく聞けば、相手も再婚で、娘が一人いるとのこと。
義妹はそれは美しい少女でした。義母に似たのでしょう。父も実娘をそっちのけで義妹にメロメロです。ですが、この新しい義妹には悪癖があるようで、人の物を欲しがるのです。「お義姉様、ちょうだい!」が口癖。あまりに煩いので快く渡しています。何故かって?もうすぐ、学園での寮生活に入るからです。少しの間だけ我慢すれば済むこと。
学園では煩い家族がいない分、のびのびと過ごせていたのですが、義妹が入学してきました。
必ずしも入学しなければならない、というわけではありません。
勉強嫌いの義妹。
この学園は成績順だということを知らないのでは?思った通り、最下位クラスにいってしまった義妹。
両親に駄々をこねているようです。
私のところにも手紙を送ってくるのですから、相当です。
しかも、寮やクラスで揉め事を起こしては顰蹙を買っています。入学早々に学園中の女子を敵にまわしたのです!やりたい放題の義妹に、とうとう、ある処置を施され・・・。
なろう、カクヨム、にも公開中。
婚約破棄の後始末 ~息子よ、貴様何をしてくれってんだ!
タヌキ汁
ファンタジー
国一番の権勢を誇る公爵家の令嬢と政略結婚が決められていた王子。だが政略結婚を嫌がり、自分の好き相手と結婚する為に取り巻き達と共に、公爵令嬢に冤罪をかけ婚約破棄をしてしまう、それが国を揺るがすことになるとも思わずに。
これは馬鹿なことをやらかした息子を持つ父親達の嘆きの物語である。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる